天春 洸-Honoka Amagasu-

世界5分前仮説って知っている? 哲学の一つなんだけど、
全て与えられた状態で始まるのならば、私達の価値って何だろう。
私は、所与のものはそのひと個人の価値ではないと思うんだ。
それは云わば容れ物のようなもので、最初は中身も洞に過ぎない。
そこを優しく温かなもので満たす為に、私は手を差し伸べてる。
つまりね。全部自分自身の為なんだよ。……ふふ。 幻滅した?

Character

モデルという職業に関わっていれば、外見について誉めそやされることなんて日常茶飯事だ。時には憧憬を向けられることすらある。けれど、天春は他者から外見を褒められることを苦手とした。それは、謙遜とは程遠く。そして、きっと他者に伝えれば奇異なる視線を向けられるだろう理由。俯瞰的に見て──光に透ける髪も、海を閉じ込めたかのよな瞳も、すらりと伸びた手足だって──均整な、価値が見いだされるべき美なのだと思う。けれど、それを己自身の価値に嵌め込まれることがどこか気持ち悪かった。あれもこれも全部借り物のような、作り物のような、紛い物のような感覚が常に思惟の根底を這いずり回る。だからこそ、天春は自らの価値を別なるものに求めることとした。それこそが他者とのかかわり。正確には、「他者に何をしてあげられるか。」という関わり方である。その為、日頃の天春はそのミステリアスな見目に反して社交的かつ友好的。内外問わず、全てのひとへと手を差し出し、求められればそのすべてを惜しみなく差し出す。そのくせ、自分からは他者に何も求めない。誰かに頼る等以ての外と言わんばかりに全てを一人で熟してみせる。斯様な振る舞いにより、一部のアンチからは皮肉を込めて「貴族さま」なんて呼ばれることもあるけれど──「ノブレス・オブリージュ」程見当違いな指摘も無いだろう。彼女は、「何も持たない」からこそ泡沫と消える縁にすら縋っているのだ。

Sample role

(7cm。手に持つiPhoneの半分にも満たない数字が世界中の女の子に魔法をかける数字なのだという。天春自身にスポットを当てれば、“きれいになる”ということに然したる興味を抱いている訳ではないけれど、眼前のモニターに映る撮影データを見れば、成程確かに、と納得を覚えてしまうものだ。風に舞うフィッシュテールのスカートより、すらりと伸びる足は見事な脚線美を描いている。7cmの華奢なヒールによって支えられたことにより、足の甲が視界へと晒されることとなった帰結──相も変わらず平素通りの客観的な思索を巡らせながら、カメラマンと共に1枚、1枚、本日の仕事の出来を確かめていたならば、機材の調整を終えたのだろうアシスタントの女性がひょっこりと脇より顔を画面へと覗かせた。 あ。やばい。 そう思ったのと、彼女が唇より言の葉を奏でたのは果たしてどちらが先だったろう。『わぁ! 素敵。やっぱり洸さんは綺麗ですね~。』 画面より持ち上げられた視線は天春の蒼玉へと向けられる。)ハルさんの腕が素晴らしいんだよ。素敵な人に師事できてよかったね。(相貌には穏和な笑みを刷り、わずかに持ち上げた口角を以て返礼とし、口上は別なる方向へ。有体に言えば、話題の転換を図ろうとしたのだが──『うちの先生はそりゃあ一流ですけど、写真家だけじゃ綺麗な写真は撮れませんよ!』 たった一言で目論見は見事に瓦解する。とはいえ、本日仕事を共にするカメラマンは天春がモデルの世界へと足を踏み入れてから多くの仕事を共にした勝手知ったる仲のひと。ハの字を描きかけた天春の様子を見て、短く呼気を吐き出したのならばアシスタントのお団子頭へと大きな手を乗せ言葉を制止するとともに、「そういえば、」と分かり易い助け舟を出してくれた。続く言の葉は、天春がイメージモデルを務めるCherry-pickの新ラインSavneHAVに男性モデルも起用されるというもの。元より若者世代に絶大なる人気を誇るブランドであることに加え、最近では多くの雑誌に取り上げられている新ライン。更に、天春がイメージモデルを務めているモデルとくれば、この場における話題としては最適解だろう。『恋を纏う靴でしたっけ。ふふ! カップルみたいに撮影することがあるかもしれませんね。誰が起用されるか、もう知ってるんですか?』)私もまだ知らされていないんだ。ただこのとおりモデル業ばっかりでイベントにおいて気の利いたことも中々言えない口下手だから、できればそういうのが得意な人がいいなぁ、とは思ってるんだけど。Cherry-pick関連ならハルさんが担当するんだろうし、ハルさんの方が知ってるんじゃない?(謝意を籠めた視線を旧知のカメラマンへと向ける。ほろほろと柔く緩ませた相貌は安堵に満ちる。変化は微々たるものであっても何度もファインダー越しに覗き込んだ青年であれば容易く察してしまうだろう。相変わらずだな、と呆れ交じりの視線を受けながら、カメラマンとアシスタントのやり取りを静かに見守る。”恋を纏う靴” ならば、ヒールの高さなんて関係なしに女の子に魔法をかけて仕舞えるのだろうか。ちりり。秘めた情動が焦げ付く心地。叶うなら。然う、もしもの話。決して口にすることないけれど、瞬きと同時、まなうらにただ一人の姿を刻めた。)