野点 花南-Kanan Nodate-

最期に手に残るものが、何も無くてもよいのです。
あなたの記憶の中にさえわたくしが残っていられるのならば、
きっとわたくしは、それだけで満足してしまうのです。
……どうか最期には甘やかな夢だけを見せてくださいな。
わたくしが唯一ねがうのは、……いいえ、何にも。

Character

昔から、歌を歌う事が好きな娘であった。同じだけ、海が好きな娘であった。花が綻ぶようにあわくわらうかんばせと、鈴を鳴らしたようなかろやかなソプラノは、第一印象をより儚げなものとするらしい。その印象に相違なく、清らかで純粋な娘である。全身をモデルとして売り出すには些か身長が心許なく、足のみのパーツモデルとして時折活動をしている。けれどそれより重きを置いているのが歌を歌うことであり、パーツモデルとしてだけではなく音楽活動との両立を果たしたくて事務所を選んだ筋金入りである。けれどパーツモデルとして活動しているのと同様に、歌手としての活動もTV等では顔を出さずに行っている。あくまで画面越しでの顔出しをNGとしているだけで、CDのジャケット写真などは顔を出しているし、ライブなどを行う際も他のアーティストと同様に。メディアに顔を出さない理由が歌を歌うのは好きでも自分のかんばせを出して歌うにはまだ自信が持てないからときたので、音楽活動においては事務所内でも秘蔵っ子扱い。人より控えめなきらいがあり、自分よりも他人を優先してしまいがちではあるのだけれど、たまに妙なところで意見を決して曲げないことがある──それがいっとう発揮される先が幼なじみにも近しいひとり。ふと年相応に甘えたくなるとつい頼ってしまう、歳近で特別なひとりである。

Sample role

(るる、るりる。微かな歌声。るりる、らら。かろやかな歌声。風音に紛れたなら忽ちに飛んで行ってしまいそうなか細さは、誰に聞かせるつもりもない代物。──ふとさみしさを感じると、海辺の岩に腰掛けて適当な旋律をなぞることが多かった。生命の根源は海にて産まれたと教わったように、海に来るとやわらな愛に包み込まれるようで好きだった。本日抱いたさみしさは、平生のそれとは少しだけ毛色がちがっているけれど。)……今まで、こんなに苦しくなったことはなかったのに。(パーツモデルとしての仕事が舞い込んだとは、少し前に聞いた。ラインナップの全てを確認した訳では無いが好みの靴も何個かあったので、それは今度のMVで使用してもよいかマネージャーにお伺いを立てておこう。問題はそうではなく、モデル仲間からもたらされたひとつの噂であった──イメージモデルに、巷で人気の男性アイドルが起用されたらしいと。誰が起用されているかまでは仲間も知らないようであったけれど、今までパーツモデルの仕事はひとりばかりであったので、誰かと共演することなんてなかったのだ。アイドルと聞いて思い浮かぶのはとあるひとりであるけれど、別に彼だという確証もなければむしろちがう可能性の方が高い。世の中にアイドルを職業とした男性がたくさんいるのは知っている、その中のたったひとりが相手である可能性が低いことだって知っている。知名度で言うなら圧倒的に彼の方があることだって。)………ちがうの、……ちがうのよ。わたくしが、こんなにも苦しいのは、……わたくしのせいだもの。(誰かひとりへの感情に、特別と名づけてしまったせい。特別以外の誰かと共演するのに臆病になってしまっている、自分自身の弱い心のせい。相手には何にも嫉妬しないのに、自分が他の誰かと仕事を共にすることを嫌悪してしまうみにくい心のせい。かぶりを振って、膝を抱える。途切れた歌声は風に流され、何処かへと飛んでゆく。代わりに歌う旋律は、先までのものと全くことなっていた。彼が所属するユニットの中でも、特に気に入っているフレーズをなぞる。今は少しでも、彼の面影をなぞっていたかった──そうしてさみしさを打ち消したならきっと、本番の時にはさみしさを隠し通すことが、出来るから。)