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(神様。) |
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![]() 高梨藍 |
(「わたし、絶対行くから。本選。」「うん。お互い頑張ろうな。」――恋い慕う青年の真剣なまなざしに背中を押され、たがいの健闘を祈り別れたあの日から、数日後。少女もまた彼に続くように、運命の日を迎えていた。全日本ピアノコンペティション予選大会、仙台会場。移動やリハーサルも含め、平日2日間学校を休んで挑んだ少女の初戦。演奏曲の雰囲気に合わせた、スモーキーダークブルーのチュールレースに雫のようなスパンコールをあしらったAラインドレスの裾を握りしめていた高梨藍は――審査員が読み上げた通過者のエントリーナンバーの中に自身の番号を確認し、膝から崩れ落ちそうになった。)~~~っ、はぁ~~……っ!(まずは一勝。大きく長く息を吐く。次はセミファイナル。その次が、いよいよファイナル――本選だ。予選通過は堅いだろうと言われていたとはいえ、指先が最後の鍵盤を離れるまで真のところは分からない。納得のいかなかったフレーズもあっただけに、結果に素直に安堵した。)――……やったよ。まっつん。(張り詰めていた緊張の糸が切れるや否や、脳裏に浮かぶのは彼のおだやかな笑顔。バレーの邪魔にはなりたくないし、本選出場を決めたときに正式に招待したくて、逐一の結果報告ラインはしないと決めていた。明日会えるし。直接伝えて、びっくりさせたいし。もっとも共通の友人である写真部の少女が応援も兼ねて撮影に来てくれていたから、彼女のインスタグラムに載ったふやけた笑顔でピースサインをつくる少女の姿を見れば、本選への道がつながったことは想像に難くないのだけれど。――斯くして、同志からの称賛の言葉を楽しみに3日ぶりに登校した朝。少女のこころは、予期せぬ形で裏切られることとなる。)――……。来て、ない?この3日間ずっと?(聞けば少女が仙台入りしたまさにその日から今日まで、彼も登校していないというのだ。体調不良?日頃からトレーニングを欠かさぬ彼が?どうにも信じがたく、特に彼と仲の良い桃色の髪の青年のクラスまで訪ねて行けば、入口で主将と鉢合わせた。――持ち合わせた情報量は、わたしとさして変わらないということか。)………。(「今日帰りに見舞い行くっしょ。じゃコレ渡しといてくれない?」試合風景を記録したDVDだというそれを受け取ったことで覚悟が決まり、少女は今、彼の自宅を訪れていた。チャイムを鳴らす指が震える。寝てたらどうしよう。体調悪いのに気を遣わせたくないから、玄関先でちょっとだけ話してすぐ帰ろう。応答までの数十秒が、気が遠くなるほど長く感じる。ぎゅう、と鞄を握る両手に力がこもった。) |
Published:2019/06/20 (Thu) 00:27 [ 3 ] |
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神様と流れ星、どっちの方が願い叶えてくれると思う? |
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![]() 松川一静 |
(少女から貰った可愛らしいパッケージの点眼薬は、既に中身の三分の二が減った状態で机の上に置かれていた。目に違和を覚える度に手に取ったというのもあるけれど、気を紛らわせるためというのが一番の理由。鈍くもしつこい痛みは赤みがかった雫が伝う瞬間いくらかましになったものだから、気休めに多用していたのだけれどいよいよそれでも誤魔化せなくて、今度眼科にでも行くべきかと思った矢先のことだった。起床して見上げた天井、部屋から続く廊下、洗面所――目で追い辿るもの全ての線が曖昧であるのは、未だ眠気が瞼にぶら下がっている所為だろうと思っていた。冷水で顔を洗い覚醒した意識の元、指先に引っかけたタオルを引き寄せ水気を拭えば、鏡の向こうで淡く透き通った緑光がちらついた。耳の奥で血潮が流れる轟音が響く。)……なんだよ、これ。(幾ら目を擦ろうと視界は不明瞭のまま、不自然な二つの光だけが此方を見つめていた。乾いた喉の奥から剥がれ落ちるような声で呟いたなら、鏡に触れる。腰を折り鼻先まで近づいてようやっと、それが自分自身の双眸である事に気付いた。朝食できたよ、遅刻するよ、何しているのと立て続けに重ねられた母の声が遠くなる。瞳は痛み、全身が流行病にかかったかのように熱く――それでいて指先ばかりはひやりと冷たかった。)…………つまんねぇ。(――それから。学校とコーチ、主将へはそれぞれ欠席の連絡を入れ病院へ向かったはいいものの、すぐに結果は出ず今は唯待つ事しか出来ない。時の流れが永遠にも感じた。感覚だけは鈍らせまいとボールに触れ続けてはいるけれど、視界が明瞭になる事は無く不都合ばかりが目立つ日々はストレスが溜まるばかりでいい加減参ってしまいそうだった。今日は何日だったろう、そういえば彼女はそろそろ大会の予選じゃなかったろうか。本当なら教室で直接聞けるはずだったのに、なんて思っても仕方のない事だとは分かっていた。けれど、理解を示すのと納得できるかどうかはまた別問題だ。リビングソファに背中を預け目を閉じたなら、抱きかかえたボールを撫でた。瞼を持ち上げ、依然ぼやけた天井を見上げる男の相貌には峻険さが浮かんでいた。両親とも不在、屋内にいるは自分一人。だからこそ、普段は押し込めた感情を意識して隠す必要も無いと、歪む唇を噛み締めた。)……?(そんな沈黙を打ち砕いたのは無機質なチャイムの音。この見た目で出る訳にも行かないしと留守を決め込むつもりだったが、念の為にとモニターだけ確認すればどくりと心臓が脈を打つ。)高梨……?(顔を近づけ、少しでも視界を確かにすべく目元に力を入れたなら、そこに映るは間違いなく想い寄せる少女であった。久しく脳が回転を始める。けれど、選んだのは最適解では無く、)――高梨、よくうち分かったね。(自らの尊重。彼女の声が聴きたい。笑顔が見たい。じわりと込み上げた眼の痛みよりも、焦がれる想いの方が大きかった。此方の声を届けたなら果たしてどんな反応をしてくれるだろう。見逃さぬようぎりぎりまでモニターに近付き凝視しながら、声音ばかりは何時も通りを装った。) |
Published:2019/06/20 (Thu) 23:59 [ 8 ] |
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……、ふたりだから両方おねがい出来るよ。仏様も厄払いも行こ! |
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![]() 高梨藍 |
(お嬢さん、去年も仙台予選にいたでしょう。いやあ見違えた。指導者を変えたのかい。――なんの競技にも熱心な常連客はいるもので、結果発表を待つ演奏者ひしめくロビーで声をかけてきたのも、毎年このコンクールを楽しみにしているという初老の男性だった。「去年はもっと大雑把で元気な演奏だったよねえ」と笑われたなら、おじさまったらよくご存じで、と照れ笑いを返す。――ほんとうに。少女は内心で言い添えた。飛躍的に技術が上がったわけではない。今更体型変化による影響もない。ただ、ひたむきで優しくて、すこしだけずるい青年に恋をした。奏でるおんがくに彩りと繊細さを手に入れて、こうも音色が変わるものなのかと誰よりも驚いたのは他でもない彼女自身だ。そうしてこの楽器の奥深さを感じるにつれ、ピアノがもっと楽しくなった。こころとからだは繋がってるんだ。それってバレーも同じなのかな。登校したらそんな話もしたいと、思っていた。)――……あ、(ラインをするべきだった。そんな当たり前のことに思い至ったのは、チャイムに指が触れたその瞬間。咄嗟に動きを止めることもできず、来訪を知らせる機械音は少女の意に反してくっきりと鳴り響いた。無意識に息を詰めて待つこと数秒。応答がない。やっぱり寝てるのかな。もしかしたら病院に行っているのかも。メモだけ残して明日出直そうかと、レターセットを探る指を鞄の中に伸ばしたそのとき――焦がれていた声が、少女の耳朶に触れた。)! まっつん!(ぱっと勢いよく顔を上げる。インターホン越しに青年の在宅を知ることが叶えば、朝の教室で顔を合わせたときにそうであるように、へらりと素直に破顔した。聞こえた限りは平素と変わらぬその声色に安堵して、カメラらしき場所に向かい親しげに手を振る。問いかけにはうん、と小さく頷き、持っていた紙袋を掲げてみせて。)花巻に聞いたら、住所教えてくれたんだ。DVD預かってきたの。「先週話してたやつ」って言えばわかるって。――急に押しかけてごめんね。わたし今日、今週はじめて学校行って……まっつんが3日も休んでるって聞いてびっくりして、……来ちゃった。(明るく話し始めたものの、後半になるにつれ、不安げに揺れる声。ほのかに潤んだあめ色の瞳を画面越しに彼にまっすぐ向けてそう言えば、叱られた子どものようにしおらしくうつむいた。ばか。急に訪ねても迷惑なだけじゃん。自分が逆の立場なら、寝癖やら出しっぱなしの日記やらにあわてる姿が容易に想像できる。男とはいえ彼だって同じではなかろうかと今更猛省しても遅いけれど、せめてこれ以上の負担にはなるまいと、)………ポスト、に入れておいても、だいじょうぶ?(なるまいと、顔を合わさず帰る意向を示すのは言葉だけ。上目がちにレンズを見つめるその表情には、往生際の悪い少女の本音が滲んでいただろう。)………。(――会いたいな。と。声が聴きたい。笑顔が、見たい。ほんのわずかな時間でも。他人にも自身の気持ちにも、とかく嘘の吐けない少女である。その願いが、青年をどれほど傷つけるのかも、知らずに。) |
Published:2019/06/21 (Fri) 18:16 [ 12 ] |
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なるほど、二倍か。あとは教会とか?てか一緒に行ってくれるの? |
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![]() 松川一静 |
(ボールを撫でながら考える。今後のこと、バレーのこと、彼女のこと。ぼやけて滲む天井を睨み付けるのにも疲れ目を閉じたなら、見慣れた教室を瞼の裏に描き出す。つい数日前まで、当たり前だった日常を思い返す。変わる事なんて無いと思っていた。当たり前のように過ぎ行く日々は、より一層色鮮やかな幸福に染まるのだろうと信じていた。“絶対”なんて無いと分かっていたくせに、いとも容易く平穏は崩れ去るのだと思いもしなかったのだ。――念のためにと移動のお供にスマホは手放さずにいたけれど、この数日は殆ど弄る事は無かった。欠席を心配する仲間たちからメッセージが届いていたようだけれど、トーク画面を開こうともそこに記された文字を読み解くことは今の男にとっては中々の難題であるものだから、結果どれにも返信出来ずにいる。いい加減何かしらの反応を返さなくては見舞いだと言って直に訪ねて来かねない。何だかんだで気の良い桃色の短髪青年の顔を思い浮かべては、今日辺り何か一言でも返事をしようと目を開けた。)……ほんと、何なんだろうな。(瞬きをする度。微かに芽生える期待はその都度踏みにじられる。もう何度か瞬きを繰り返せば、視界は徐々にクリアになるのではないだろうか、なんて、ありえないと思いつつも願ってしまうのだ。)やっほ、……あぁ、あれか。丁度受け取る予定だった日から休みだったからなぁ。(話しながらも、瞬いて、目元を擦る。人がいるとは分かる、映りこんだそれが何か紙袋らしきものであることも。けれどそれを確かだと判別できない事が悔しくて堪らない。機械越しでも伝わる明るさに、つい数日前までは当たり前だった日常を感じて意識せずともその声音は柔らかさを帯びた。果実のように爽やかで瑞々しいその両眼も微かに細められ、きらりと光る。)……気にしなくていいよ。ありがたいし、むしろわざわざ悪いね。(此方の事情を気遣ってか、しゅんと萎んだ声音。ぼやけた世界に滲み広がったあめ色が揺れる。落ち込む必要は無いんだと言い聞かせるように優しく告げては、壁に突いた掌を握り込んだ。)………や、もし万が一の事があったら及川に怒られちゃうので。今ドア開けるから、ちょっと待ってて。……あ。あと、俺見ても笑わないよーに。(そうしてくれと、頷くつもりだった。考えずとも人前に出られる状況じゃないとは分かるし、明らかに異質な見目が彼女の瞳にどう映るのか考えると恐ろしい。それでも、彼女に会いたかった。自分でも思っていた以上に消耗していたらしい精神が冷静さを乱してしまったのである。ぷつりと通信を切れば、後戻りはもう出来ない。慎重な足取りでリビングのテーブルがある場所まで戻り、父のサングラスを手に取った。己の目を見る度に家族の動揺が伝わってくる為、異変が起きた初日に借り受けたものだ。これならば目の色はばれまいと食事の際などにつけるばかりだったけれど、こういった時の万が一の為でもあった。壁伝いにゆっくり進みながらそれを装着し、ドアの前に立つ。試合開始直前にも似た緊張に、手探りで見つけた内鍵を開ける指が微かに震えた。)……お待たせ、高梨。ほんとごめんね、ありがとう。(ドアが開く。その向こうにいる彼女のぼやけた輪郭を見てまずはそう、一言。つんと突き出た唇は微かに弧を描く。) |
Published:2019/06/24 (Mon) 02:00 [ 17 ] |
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うん。わたしのおねがいでもあるから。全部行こ、片っ端から。 |
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![]() 高梨藍 |
(「返事ねぇのよ。熱でぶっ倒れてるかも。……あーいや全然ダイジョブ、な」「そだね~なんなら俺たちが行くよりまっつん元気出るかも。及川さん悔しい!」「てなわけで、よろ」。今朝がた交わした、3年3組での会話を反芻する。両者とも口調は大したことないとばかりに軽やかだったけれど、所在なさげに机上をすべる指先や髪をいじる仕草を見れば楽観視できない事態であることは明白だった。実家暮らしの高校生だから困ることはないだろうが、少しでも気晴らしになればと道中のコンビニに立ち寄る。こういうの、よく購買で買ってるよね。これ、好きって言ってたよね。記憶のなかの彼に尋ねながら、見舞いの品を選んでゆく。そうして最後――レジ横に積んである漫画雑誌に目が止まった。クラスの男子生徒たちが回し読みしている姿を毎週のように見かけるそれ。本日発売の文字にちいさく微笑んだ少女の伸ばした指が、彼をまた一歩深い絶望へ押しやるなんて、どうして想像出来ただろう。)あは、花巻もそう言ってたよ。忘れず持ってきたのにって拗ねてた。(彼の声色が、花がほころぶようなさりげなさで和らぐ。上背と顔つきから誤解されやすい彼の、ふとした瞬間にこぼれる笑みが、自分をやさしく見つめる瞳が、少女はとても好きだった。扉の向こうにあの笑顔が見えた気がして、少女の声も楽しげに弾んだのだ。"いつもみたいに"。)まっつん………(こちらを慰めるようにことさら甘やかに響いた声に、ふるふると小さくかぶりを振る。彼の言葉に甘えてしまいそうになる自分は、ほんとうに弱くてずるい。訪ねたこちらが気を遣わせてどうするんだと叱責する自分を、わがままを承知で会いたいんだと幼子のようにむずかる自分が押しのける。ドア開けるから、と告げる彼の言葉を聞けば、どうしたって素直に、うれしかった。――それにしても、)……?うん、わかった。(通信の途切れる間際、言い添えられた言葉に首を傾げる。わざわざ念押しするなんて、変なの。いつものように雑な茶番でじゃれ合おうという意味だろうか。笑うなって、つまり笑ってねってこと?不思議に思っている間に内鍵を探るかすかな音を耳が拾い、少女は自分が演奏直前と同じくらい音に敏感になっていることに気付く。舞台の中央にたったひとつ置かれたピアノ。その最初の一音に触れるときのような、ざわざわと落ち着かない気持ち。)ま、っ――………。………えっ?(対面、そして絶句。くるりと瞳が見開かれたまま、たっぷり数秒、少女の動きは固まった。予想のはるか上をゆく小道具の登場に、咄嗟の反応ができるほどの反射神経はない。脳内をあちらこちらへ飛び跳ねるばかりでひとつの言葉も繋げられない思考回路を必死にめぐらせ、やっとのことでしぼりだした声で紡ぐのは、)………め、ど、したの…? ……あっ。もしかして、まぶしいと痛いやつ?(そんな、やけに冷静な問いかけだった。いつだったか結膜炎の酷いのを罹った母親が、目を開けてすらいられないとサングラスを着用していたことがあったから、彼もその類いかと思ったのだ。先日の試合観戦の折、疲れ目だと目元を押さえていた彼の姿も、強く印象に残っていた。) |
Published:2019/06/24 (Mon) 20:43 [ 21 ] |
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何か悪いね。けどちょっと楽しみだな、二人で出かけるって思うと |
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![]() 松川一静 |
(耳は聞こえる。声は出る。だからこそ交わす事の叶う他愛ない会話。弾んだ声音が耳朶に触れたなら、記憶に残るその笑みを重ねて此方も同じように口角を持ち上げるのだけれど、一瞬たりとも同じ色を映す事の無いその相好を見逃すばかりの今が酷く腹立たしいのも確か。彼女の口ぶりにチームメイトを想起しては、苦々しい声が喉を震わせた。)わ~目に浮かぶ……。後でラインしとくわ。(――実際、そろそろ連絡を取らなくてはならないと思っていた所だった上に今日彼女を此処へ向かわせてくれた件もある。文字を打つより電話の方が良いかと頭の隅で考えつつ布石を打ったが故、彼女の不可思議そうな了承にて通信は途切れる。すり足で進むは、短い様で果て無き道にも思える住み慣れた自宅の廊下。基本的に怪我や病気と無縁だった事もあり、体調が原因で生活に支障が出る何てことはこれが実質初めてかもしれない。壁を支えに、躓かぬよう慎重に進んでいく。色のついたガラスの所為で余計視野は狭まるけれど致し方ないと言い聞かせ、今はとにかく扉を開け彼女に何て言うかだけを考えるのだ。今にも閉ざされそうな視界と指先の感覚頼りに掴んだ鍵を捻れば容易くドアは開くだろう。その向こうより入り込む陽射しと彼女の姿を見た瞬間、緊張ともう一つ、抱き続けた想いによる感情が心臓を跳ねさせる。)びっくりした? だから言ったでしょ、「笑わないでね」って。(慣れた愛称が引っ込むほど朱劇的だったのかと思うと何だか申し訳なさも感じて、漏れ出た笑い声は仄かに苦々しい。ミラー加工の施されたティアドロップ型のサングラスは父の若い頃に購入したものだと言うだけあって何処となく古臭いデザインである、こんな時で無ければまた年齢詐欺だとネタに出来ただろうが今の男にとっては大事なものなのだ。暗い視界では彼女が浮かべた表情の細かな機微まで見分ける事は難しいけれど、漸くと絞り出した声から推察するのは容易い。)んーっと……そう、そんな感じのやつ。痛いし、見た目も結構痛々しい事になってるから、見せられない状態で。(何と言い訳したものだろうとぐるぐる周回していた思考が、彼女の言葉に結びつく。嘘と本当を織り交ぜるのは苦手じゃない。考えるよりも先に動いた唇はさもそれらしい事を、普段の調子を心がけつつ淡々と並べて見せた。そうして最後には「今検査もしてて、俺も詳しく聞いてないからよく分かんないんだけど」と結べば追及からの逃げ道も完成だ。)……心配かけててごめんね。大丈夫だからさ。(そう、大丈夫だ。薄ガラスによって彩すら欠けた、けれど尚いとしい姿を前に自らにも言い聞かせるように紡ぐ。それから差し出される前にと差し出した手。うっかり受け取り損なうことを防ぐ為にと、彼女がその指先に袋を引っ掛けてくれるのを待つつもりで。) |
Published:2019/06/25 (Tue) 22:56 [ 24 ] |
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ご利益巡りデート、渋いわぁ(笑) …でもわたしも、たのしみ。 |
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![]() 高梨藍 |
(花巻も及川も優しい男だ。ぶぅぶぅと文句を言いながらその実、親友の身を案じていることは痛いくらいに伝わってきた。責める気持ちはもちろんないけれど、彼を慕っている同士という立場上、どうしても体育館で帰りを待っている部員たちの肩を持ってしまう。「うん、連絡してあげて。王子もションボリしてたよ。」頼むねとでも言いたげな声音で、ここへ来る勇気をくれた青年たちにせめてもの恩返しを試みる。)……び、びっくりした。サングラスは予想してなかった……(素直に頷いた。開かれたドアの向こうに、数日ぶりに顔を合わせる彼。その双眸はミラーレンズに守られ窺い知ること叶わず、見えるのは自分の驚いた顔ばかりだ。おだやかな声音と弧を描く唇から、微笑んでいることは分かる。分かるけれど、なぜだか無性に不安だった。言葉がなくとも、こんなにも伝わるものなのか――あの夕暮れ、少女にえもいわれぬ高揚感をもたらした事象が、逆もまた然りであったことを少女は知る。視線が絡まないことで、こんなにも“見えなく”なるものか。言ったでしょ。ちいさく笑ったその声が、さみしそうに聞こえるのは気のせい?無慈悲な硝子に阻まれ、彼のこころがぼんやりと霞んでしまったような感覚に襲われる。少女は窓の外を見る猫のごときまるい瞳を、彼を守るふたつの雫の奥へと向けた。願うように。)そうなんだ……。痛いし、不便だよね。わたしの母もなったことあるんだ。(本当の混じった嘘を見抜くのはむずかしい。自分と違って感情を隠すのが上手な彼の言葉なら、なおのこと。不自然な言い淀みもなければ、素直にその説明を信じるだろう――否、)……、早く治るといいよね。(信じることを選んだと表現した方が正しいか。気の毒そうに控えめな微笑みを浮かべて応じたその内心で、本当は違和感を覚えていた。けれど頭の片隅で冷静をつかさどる少女がつぶやいたそれを、臆病とわがままがふたりがかりで黙殺したのだ。――先生も花巻も及川も、くわしい理由は知らないと言っていた。単なる一過性の目の不調なら、だれも聞いてないなんてこと、あるのかな。)……友だちのこと心配なのはあたりまえだよ。これ、DVDね。先生からプリントも預かってきたから、一緒に入って――あ。そういえば課題が1個出てるんだった。まっつん、書くのとか大変なら手伝おうか。(差し出された手を見れば、その意図を汲んで紙袋を手渡した。DVDと数枚のプリントのみが入ったそれは軽いから、取り落とすこともないだろう。連絡事項を伝えながら、「まっつんは免除かもね」と前置きしつつ課題についても簡単に説明を。それからもうひとつ、今度はビニールの袋を掲げてみせて)こっちは、わたしから。お菓子とかジュースとか、調子乗って買いすぎちゃった。(漫画雑誌について言及しなかったことに深い意味はなかった。見れば気付くはずだから。こちらが言わずとも「おっ今週のじゃん」なんて笑って、気が利くねと褒めてくれることすら期待していた。袋の中身を判別できないほど視力が落ちているなんて思いもよらなかったのだ。その数百グラムの認識の差が、彼の危惧した取り損ねという事態を引き起こす可能性にも、当然思い至らない。) |
Published:2019/06/26 (Wed) 13:43 [ 28 ] |
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でも最近そういうの流行じゃん(笑)履歴のマップとか作ろ。 |
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![]() 松川一静 |
いやいや、予想されてたら流石の俺も吃驚するわ。……ど?似合う?(縦に揺れた動きに合わせて顔の前で手を振ればそのまま顎を擦っておどけて見せた。平然と、何時も通りに。此方を見つめているらしい彼女の瞳が一瞬くっきり見えた気がしたけれど、そう思った時には再び視界はぼやけ、濃淡のついたモノクロームへと逆戻り。この間まで覗き込めていたその色を失いかけているという現状を再認識すれば、貼り付けた笑みが微かにひび割れ剥がれる。)まぁ、ね………それほんと?高梨のお母さんも大変だったねぇ…。どのくらいで良くなったの?(思わず漏れた沈鬱な響きを拭い取るように一息置いてから、何気ない世間話の体で話題を繋ぐけれども、普段よりもずっと控えめな彼女の声音には、目だけでは無く心臓も痛むようだった。嘘はついていない、表現を変えただけである。けれども彼女は――他の誰でも無い彼女だからこそ、きっとその違和に気付いている。か細く紡がれた見舞いの言葉にへらりと口元を緩めては、「ありがと」と告げるに留めた。何も言えなくてごめん、信じてくれてありがとう、そのどちらも言葉にするには至らない。周知の病であれば、もっと他に言いようもあったろう。うつるものでもあるまいと、安心させるべく撫でる様にあめ色の髪に指を絡ませたかもしれない。けれど、熱っぽく痛む瞳は視界を覆い彼女との距離感を狂わせる。手を伸ばしたとしても空を切り、結果余計に心配をかけるような危険は冒せない。だから代わりに、ゆるく握った拳を掲げて大丈夫だと言外に告げるのだ。)そうだね。………友達に恵まれて、俺は幸せ者だなぁ。……んや、だいじょーぶ。そこまでひどくないし、後でやっとく。免除だったらありがたいけど、流石にそこまで甘くみてはくれないだろーなぁ……。(はーあ、とわざとらしい溜息をついて肩を落として見せたなら、腕全体に神経を集中させる。ぼやけたシルエット、告げられた内容量、感触。即座に計算式を組み立てて適切であろう力加減で受け取ろう。ひょいと小脇に抱えては危なげない手つきでミッション達成出来たことへの安堵を、課題への憂鬱から漏れ出た溜息と合わせて吐き出した。)わー、さんきゅ。何から何まですまんね、これは本選の応援行く時のこと考えないと……。(鼓膜を叩くビニールの音に神経を尖らせ、膨らんだそれの中身をイメージする。一度成功したのだから、次もきっと大丈夫だ。心の準備をしながら白くぼやけたそれを受け取るべく指先を伸ばした。)…………っ!(持ち手を引っかけた勢いで握り込む筈だった。けれど想像していたよりも重たかったそれはあっけなく男の手を離れていく。しまった。そう思うと同時どしゃ、と鈍い衝突音が響くのだ。)………。………やべ、手滑った。(ショートした思考を必死に再起動させて漸く言えたのはそんな苦しい言い訳。不自然に伸ばしたままで硬直していた腕を引き、小さく溜息をつく。「俺ってばうっかり~。」と未だ硬質さの残る声音で零してはサングラスを押さえつつ改めて、袋を拾い上げた。見えやしないのに中身の確認をして、唇は微かな弧を描く。否、貼り付けると言う方が正しかった。それから、努めて普段通りの柔さで彼女の名を呼んだなら。)ごめんね、そろそろ親帰ってくる頃だから…今日の所はこの辺で。来てくれて助かったよ、ありがとう。(困ったように眉尻を下げて肩を竦めよう。即ち、これ以上の追及は受け付けられません、ということ。) |
Published:2019/06/27 (Thu) 21:34 [ 31 ] |
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流行り押さえてる(笑) ねことふくろうにも寄り道したいな! |
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![]() 高梨藍 |
うーん、……ぶっちゃけ、似合いすぎ。(――やっぱりまっつん、今日、変だ。まばたきを重ねるごと強まっていく違和感に、少女もまた平素の調子が出せないでいた。口先で軽妙なやりとりを成立させながら、上澄みだけを掬っている感覚が拭えない。少し古びたデザインのサングラスは妙に格好がついていて、おどける様子も茶番劇に付き合ってくれるいつもの彼、なのだけれど、)うん。通勤の車で気付いたから、結構あせったって。高梨母は……1週間くらいだったかなぁ。薬が効けばすぐ治ったよ。だからまっつんも、きっと平気だよ。(部活もあるしね、とは、なぜだか言えなかった。気安く言ってはいけない気がした。大丈夫だからと何度も念を押され、課題の手伝いもやんわり断られてしまえば、これ以上の深入りはしない方がいいという気もした。なんだか今日は、いやに勘が働く日だ。そのどれもがまったくの見当違いならどれほどよかったか。大袈裟なんだからと彼がわたしの杞憂をからかう未来が、ほしかった。ほしかったのに。)―――ぁ、……っ!(床に叩きつけられた雑誌の乾いた悲鳴を聞いたとき、違和感はひとつの可能性に行き当たる。もしかして――見えて、ない?サングラスで光を遮断しても、ほとんど何も?それは――母の症状とは、一過性の症状とは違う、もっと重篤な病気ではないのか。さぁっと背中を冷たいものが駆け上がる。突然の欠席。事情を一切知らない彼ら。今検査もしてて。言及されない袋の中身。これまで訝しんでいた個々の事象が、束になって少女の不安を煽る。なぜ急に。なぜ彼が。なぜ、なぜ、――なぜ、こんな大切なときに。次々に湧き上がる疑問に絡めとられ、いつもどおりを装いながら袋を拾い上げる彼をただ見つめることしか出来なかった。本当は話をしているのもつらいほど痛みがあるのかもしれない。そんな状況でも笑顔をつくり、あの日の約束を忘れていないとばかりに口にしてくれる彼。想いを寄せる相手にここまでされて、冷静でいられる女がいるだろうか。)っ、(今日はこのへんで。おひらきの言葉を聞いて、反射的にからだが動いてしまった。無言のまま片方の手で彼の洋服の裾を遠慮がちに掴み、反対の手の指先で、そうっと彼の手に触れる。大きくて力強いてのひら。不意にやさしく髪をすいて、頬をかすめて、わたしのこころを忙しくする悪戯なてのひら。控えめに、けれどたしかに深い恋情の熱をはらんだ指先を、彼の手に重ねる。小指に触れる。ゆびきりげんまん。あの日ふたりで奏でたやさしい旋律が、脳裏に響いた。)まっつん。(名前を呼ぶ。ていねいに、ていねいに。そうして少女はほとんど泣き出しそうな声で、それでも無理矢理笑顔をつくって、)―――待ってるね!本選で。(だれよりも大切な青年との約束が果たされることを、ねだった。cantabile 歌うように、giocoso おどけて、affettuoso 愛をこめて、笑え。大切な人が落ち込んでいるときは、一緒に揺れてちゃだめなんだ。恋心を宿したあめ色のひかりで、彼を信じる短い言葉で、そのこころを慰めてあげたいと、願う。はしゃいでじゃれつくのとは違う意思を持って自分から彼にからだを寄せるなんて、初めてかもしれない。25センチの身長差はこちらが背伸びしただけでは到底埋まらないけれど、これまでよりは少女を近くに感じられるはずだ。それでもなお青年の双眸に嵌った宝石は、彼女の輪郭を曖昧に滲ませるのだろうか。)………、こちらこそ、調子悪いのにお邪魔しちゃってごめんね。(長居を詫びる言葉をひとつ落とせば、名残を惜しむようにゆっくりと、そのからだを解放しようと。さあ、あとは明るくまたねと言って、この扉を閉めるだけだ。がんばれ、わたし。舞台袖に下がるまで、顔にも声にも、笑みを絶やすな。) |
Published:2019/06/28 (Fri) 20:08 [ 35 ] |
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いいよ、折角だし行きたい所に行こう。二人で沢山。 |
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![]() 松川一静 |
でしょ?これでアコギ持ったらめちゃくちゃ様になると思うんだよね。オザキとか歌ったりしてさ。(一言焦らしてからの同意。砕けた物言いも間の置き方も、取り上げて可笑しなところは無い。けれどそれが上辺だけのものだとはよく分かっていた。何時もの二人ならこの辺りできらきらと弾けるような笑い声が響く筈なのに、互いに何処か様子を窺っているような調子が消しきれない。虹彩を覆った淡緑は二人の間に引かれた友達としての境界までも覆い隠してしまったようだ。噛み違え始めた歯車をどう修正すべきだろうかと考えても、バレーの戦略とは異なる対人関係、更には特別恋い慕う相手を前にすれば、正解なんてすぐには出て来る筈も無く。結果のらりくらり、場の雰囲気に身を任せては、柔い笑みで閉じた唇が開かれる瞬間余計なものまで溢れ出ぬよう注力する。)それは焦るわ、一歩間違えたら大事故じゃん。ほんと無事でよかったよ、………うん。ありがと。また学校行けるようになったらさ、今度は高梨が勉強教えて。(それは期待だった。朧に霞んだ彼女を見つめ、疑問符を取っ払って希うことで、未来をより強固なものと出来る気がしたのだ。今はペンを握っても読み解く事の困難な文字となる可能性が高い。無様な姿を晒すだけになる、けれど再び登校できるようになれば。いつかのように二人で過ごせるかもしれない。そんな淡い期待は、男の胸を膨らませる一方で眼をまた僅かに曇らせる。彼女の不安を吹き飛ばしてやる余裕を剥ぎ取って、自分を繕う事に必死にさせる。――結果、悲鳴にも似た吐息を追って落下の衝撃による歪な音が嫌に大きく響いた。ほぼ垂直に落下したお陰か中身がぶちまけられた様子が無いのは幸いであったろう、けれども薄氷の如き平常には幾多の罅が入り、取り繕うには遅すぎる。彼女は、男の身に異変が生じている事にとうとう気付いてしまったに違いない。それでも尚『いつも通り』を装う自分に何も言わないまま、視線ばかりを注いでいる。現状は余りにも滑稽でみっともない。こんな所見せたくなかったし、二人きりだというのに、これ程一人になりたいと思ったのは初めてだ。ぼやけた視界が一層熱く滲みかけては、痛む瞳を閉じた。強く、強く。)……た、(服を掴まれた事に気付けば硝子の向こうで目を見開く。呼びかけた名を飲み込めば、重なり絡んだその熱を追う様に視線を落とした。見えずとも感じる、細くとも力強い、美しい旋律を紡ぐその手の温もり。二人で契った茜色の約束が浮かび上がる。彼女が自分を呼ぶ声はひどく優しくて、それだけで、ありふれた渾名はとびきり特別な響きのように思えた。)――……待ってて。絶対、行くから。その時俺が持ってるのがどんな色の花束か、楽しみにしててよ。(拾い上げた袋をそっと足元に置いたなら、空いた手を彼女へ伸ばす。望めば腕の中に閉じ込める事も叶う距離、けれどその手は頬を包むに留まった。濡れているのかとも思ったそこは柔く暖かく、雫が落ちる気配は無い。今にも見失いそうだった希望を照らす、少女の笑った顔。もう何度も目に焼き付けた其れを思い出しながら輪郭をなぞり、腰を屈めて距離を埋めた。もうあと数センチかで額が触れ合うやもしれぬほど近付き目を凝らせば、その瞳の底で輝く光を拾うくらいは出来ようか。所々滲んでいるとは言え、随分と久方ぶりに見たような気がするいとしい少女の相貌に心の底から笑みを浮かべよう。不安も恐怖も憂鬱も、今だけはすべてに蓋をして。)…ううん。ありがと、高梨。(彼女がそうしてくれたように此方も又、想いを込めてその名を呼んだ。不意に背筋を這う焦燥は身の内に潜み続けているし、蓋をした感情はどうせその内にまた顔を出すに違いない。けれど彼女の存在が、前を向かせてくれるのだ。惜しむのは同じとゆっくり腕を降ろし、顔を上げる。それが男に出来る最大の返礼だから。)気を付けて、またね。(瞳は終ぞ隠したまま、けれども何時も通りにと唇には笑顔を浮かべた。ひらりと振った手はきっと、扉が閉まり、靴音が遠くに消えても、暫く下ろせない。) |
Published:2019/07/01 (Mon) 21:48 [ 42 ] |
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行こう。たくさん!履歴マップ、思い出で埋め尽くそうね。 |
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![]() 高梨藍【〆】 |
あは、オザキ?相変わらず自ら渋い方に寄せてくよねぇ。(ふふ、と小さな笑みをこぼしながら、なんとかしなくちゃという焦りに胸を急き立てられる。このぎこちない空気をどうにかしなくちゃ。欠席を余儀無くされている、当事者である彼が明るく振舞ってくれているのに、エネルギー満タンのおまえが暗くてどうする。頭では分かっているものの、それに上手に対処できるほど、少女はおとなではなかった。「ね。事故しなかったから笑い話になってるけどさ。」当たり障りのない会話。伸ばした手が空を切る感覚に、歯痒さばかりが増してゆく。だからこそ、)………っ、うん、もちろん。ちゃんと先生できるように、授業すっごく真剣に聞いとく。(彼の描いた未来のふたりに、すがりつくような強さで応じるのだ。今度はわたしが。そうなったらいい。きっとそうなる。検査の結果は全然異常なくて、彼は元気に登校してきて、おはよう、よかったねって笑い合うんだ。「成績上がっちゃうかも」なんて言い添えた明るい声音も、前を向いていれば病など蹴散らせるはずだと信じる少女の心が反映された結果だろう。直後に無慈悲な重力によって、ふたりで必死に繕ってきた平穏が打ち砕かれたとしても。)――……。(少女もまた、重なったてのひらに視線を落とす。慈しむように、柔らかな和音を奏でるときのように、その骨ばった手を撫でる。ねえ、今、どんな気持ちでいる?かっこ悪いなって思ってる?わたしはそんなの気にしないよ。もしも落ち込んでいるのなら、手伝えることがあるのなら、力になりたいって思うよ。伝えたいことはたくさんあって、けれど言葉には出来なくて、触れた指先に心だけを載せた。「はんぶんこできたらいいのにな。」俯いたまま、ぽつり呟く。こうしていることで、元気を分けてあげられたらいいのに。右目か左目、片方だけでも代わってあげられたら。子どもじみた考えだ。けれど少女の声は、心からそう願っている真剣さを帯びて、静かに響いた。)――……、……うん。ありがとう、まっつん。……お花、すっごく楽しみにしてる。(たくましい腕がこちらへ伸びてくる瞬間は、いつだって心臓がどきどきと跳ねる。頬を包みこむてのひらの熱が心地好くて、力強く請け負ってくれた声が優しくて、こころがふわっとほぐれてゆくのが分かった。かんばせをなぞるその長い指先はともすると、少女の震える睫毛を掠めるかもしれない。友だちの境界線の、内側。双眸は見開かれ、あめ色に宿った恋心は一層強いひかりを纏う。心臓が破裂しそうだ。それでも視線を逃がすことは決してせず、少女はまっすぐに青年を見つめつづけた。さわって。もっと。感じて。見えなくても。ここにいる。わたしは、ここにいるよ。まっつん。)―――、………!(彼女のこころの呼びかけが、届いたのかは分からない。けれどたしかに今、彼が微笑んでいるのが"見え"た。彼から埋めてくれた距離、ふたりを隔てる薄い硝子の向こうで、やわらかく細められたあの涼やかな瞳が見えた気がしたのだ。――高梨。あまやかに響く声に、抱きしめられる。今日はじめて彼のこころに触れられた気がして、少女もまた頬をばら色に染め、心から幸福そうにはにかんだ。緩慢な動作で離れる腕。自身と同じ名残惜しさを見てとれば、その瞳はより深い愛情を滲ませた。)………演奏、楽しみにしててね。まっつんにね、――だれよりもいちばん、まっつんに聴いてほしい曲、弾くから。(声で、笑顔で、あの日の約束で、バレーに向き合う真摯なまなざしで、わたしの背中を押し続ける大好きなひと。きみがいたからこそ完成したあの曲で、わたしもきみを支えたい。挑むような瞳で誓いの言葉を彼にささげるその表情は、使命を知った戦士のそれに似ている。「っ、じゃあ、またね!おだいじに。」そう言って手を振ったときには、平素のようにへらへらとした彼女に戻っていたけれど。――家路に着いた少女の足取りは、始めはゆっくりと。けれど徐々に速度が上がり、走り出すまでにさほど時間はかからなかった。駅までもう少しのところで、下りてきた遮断機に足止めされる。両のてのひらを膝につき、肩で息をするその瞳に、けれど涙は溜まっていなかった。頭の中で、呪文のようにくりかえす。信じる。信じよう。きっと大丈夫だ、わたしのピアノも、彼の目も、ふたりの未来も、ぜんぶ。神様。それはあまりにも強欲だと、あなたはわたしを嘆いたのだろうか。――ぐいと顔を上げ、暮れゆく西の空を見上げる。燃えるような夕焼けが、なぜだかひどく、さみしかった。) |
Published:2019/07/03 (Wed) 08:53 [ 45 ] |
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