霖雨
--極彩色のまぼろし--

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(空いた席を見るのも飽きた。)
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小戸森和奏
おはよ。…………ねぇネムちゃん、宮、今日も来てないの?(教室に入るなり目を向けるは、ここ数日主人を欠いた空席だった。ぽつりと浮いて見えること四日目、流石におかしいと自然眉を顰めては丁度席に着くところだったらしい友人へ問いかける。結果、少女の翳ったかんばせが何よりもの答えであった。次いで先に登校していたらしいバレー部の顔馴染みに尋ねてみても、詳しいことは分からないということしか聞けず言い様のない靄が胸中に立ち込めるばかり。あの男が何の理由も無しに学校を、部活を休むなんて有り得ない。風邪の方から願い下げられるような不遜な笑みを思い描けば、「やっぱおかしいじゃん」と零した。)………宮サムは来てんでしょ。ちょっと行ってくる。(もうそろそろホームルームが始まる頃合い、けれどじっとしていられなくて隣のクラスを覗けばその銀髪を捉えることは容易く。しれりと室内へ滑り込んだなら、普段あまり対話する事のない想い人の片割れへ呼び掛けた。用件を述べるも、彼も彼で詳細を語ろうとはしない。あるいは語れる程の情報を持ち得ていないのか。凪いだ眼差しからは何も読み取れず、靄が色濃くなる。歯痒さを誤魔化すべく唇を噛んだ。こんな気持ちを、一体いつまで、)…え、いや、えっ。窯目なに言っ、別に心配とかじゃないし!(「そんなに心配ならお見舞い行けば」と、追いかけて来たらしい彼に吠えつつも、一瞬よぎった選択であったことは確か。ちらりと見遣れば、彼によく似た相貌が薄らと笑みを浮かべていた。許可するとでも言いたげに立てられた親指、合わせて住所を走り書いたノートの切れ端を渡されたなら無情なチャイムが鳴り響く。時間切れ、意地を張り損ねた女の手には確りとメモが握られていた。)…………ここだ。(――茶道部は休みだしとの言い訳を胸に、放課後、その足は教えられた住所へと向けられる。緊張に駆け出す鼓動を押さえつけつつ深呼吸を一つ。ここまで来れば後はなるようになれと、門前払い覚悟でチャイムに触れた。応答があるまで後は待つのみ、緊張の面持ちで、頰に篭る熱もそのままに。じいっと設置されたカメラを見つめていよう。)
Published:2019/06/20 (Thu) 14:26 [ 5 ]
なん? イケメン拝みたいって? 照れてまうわー。
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宮侑
(当惑に揺れる瞳の色は、見慣れた琥珀色だった。過日――稲荷崎が見事地区大会優勝を果たし、ベストサーバーの座に宮侑の名が刻まれた日――、世界を煌々と朱金の光が照らす中ですごした時間は穏やかな中に幾つもの喜悦が浮かぶ幸福に溢れたものとなった。少女より手渡された緑茶の、苦味の奥にある甘みを確かに感じては「結構美味いもんやな。」と伝え、もしも少女がその後に予定を控えて無かったなら多少強引な口吻で以って"祝賀会"或いは"打ち上げ"と称した近隣のファミレスに誘う姿も見られたことだろう。別れ際には、IH優勝への決意を改めてその唇から零して、時折痛む瞳に目を瞑り、軽やかに手を掲げたりもしたはずだ。いつもどおり楽しかった。其れがその夜眠るまで男の中に在った感情。されど、斯様なる思いはその日を境に男の中から徐々に消失していくこととなる。翌朝、目測を誤ってか足やら腕を家具にぶつけることが多かった。そんな姿を見遣った片割れから「何とろくさいことしてんねん。」等というツッコミに簡単に沸点を迎える思考のままその太もも目掛け足を振るうも此方も空振り。学校に行けど板書は判読難く、部活が始まる夕方には天井から男目掛けて落下するボールの輪郭を何度も見失った。愈愈おかしいと部長に伝え、言い渡される通院義務。同日は既に診療時間を終えたころだったため、翌日の通院を誓い、帰路につく。そのときにはもう胸の彼方此方に穴が穿たれたような心地に苛まれ、焦燥ばかりが男の顔に宿っていた。そして、日が巡り、アラームより先、疼痛により意識を浮上させた折。二段ベッドの上は危険だろうと甘んじて下段に横たえていた体を起こし、床に足を着くも瞼持ち上げた先の世界は昨晩より更なる視認性を落として男の歩みを阻む。がたり。ふらついた足が肩口を二段ベッドの上段囲う柵へぶつかれば、忌々しげに響く片割れの声音がひどく明瞭に耳朶に触れた。「なんやねん。また今日も――、」不満を紡ごうとしていたのだろう口唇が不自然に止まる。「お前、どないしたん。それ。」と吃驚と憂慮を綯い交ぜにした言葉、当惑を滲ませる琥珀色に怪訝に顔を顰めるも、その所以はすぐに男の知るところとなった。)……、ッなんやねん。これ。(平素は数秒でたどり着く洗面所までの短い廊下を壁伝いに歩くこと数十秒。鏡面に映された男の眼窩には青菫の輝きが瞬いていた。先刻の事象が夢か現か確かめるために後に続く片割れを鏡越しに見遣る男の双眸には苛立ちが色濃く滲んでいたことだろう。「北さんに――、」携帯を操作するかのような所作を看取すれば、行動より言葉が早いと、荒々しい声で吼える。)やめぇや! 余計なことすんな、アホ!!(恫喝。口吻に滲む怒りと似て非なる憤りを察した片割れが、携帯を操作する指先を止めて男を見遣る。「そんなん言うてる場合ちゃうやろ。」至極真っ当な言葉に、鏡越しではなく直截の睥睨を向けるもその言葉の正しさを理解できる思考回路も残っているからこそ、表情は陰り、苦虫を噛み潰すかのように。)わかっとる。わかっとる……けど、ちゃんと分かるまでは皆には黙っといてほしいねん。誰にも。(そうして口外禁止の密約が結ばれてから数日。日毎暗がりを増す世界に辟易としながらも男は常に排球のボールにその指で触れ続けた。焦燥も狼狽もある。けれど、未だ絶望は遠い。ただ、ままならぬことが増えていくばかりの日々に苛立ちは募っていくばかりだった。そんな折。耳朶に触れる来客を告げるチャイム音。緩慢なる挙動でインターホンまで進めば、映された人影に息を呑んだ。)……、アホサム。(想起された片割れの姿に舌打ちひとつ。さて、如何様な応対が適切か――未だこの目を晒す心は定まらず、さりとて、ここで居留守決め込み帰宅を促すことも気が引ける。ゆえに。)奏ちゃんやん。ちょうどよかったわ。俺、今、外出られへんねん。せやから、お茶、買ってきてくれへん? コンビニまでの道が寂しいんやったら、通話しながらでもええし。(玄関前に少女の姿を留め置くのは少女にとって体裁が悪かろう、と。否、それも結局は後付で。単に少女の声を聞きたいという我欲がこんなときでも湧出するから。)
Published:2019/06/21 (Fri) 17:25 [ 10 ]
は〜〜?どこにイケメンがいるって?
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小戸森和奏
(唯本当に病に罹り登校出来ないだけだとか、プライベートな事情があって、だとか。この言い知れぬ不安が考えすぎであるのならそれで良い。けれど、誰も大丈夫だとは言い切ってくれなかった。片割れたるその人ですらその名を出した一瞬迷うように目を伏せたのだ、躊躇いの端を捉えてしまってはその後如何なる言葉を重ねられても素直に聞き入れることはできず、寧ろ心が更に細く削られるようで堪らなかった。門前払いされる覚悟は決めている。震える指先をスカートごと握り込み、応答を待つまでの間。ほんの数秒が永遠のようで、誰かを待つのはこんなにも緊張するものだったかと逃げるように思考の海に浸る。)…………宮?(チャイムが響き何秒過ぎたか。もう一度押しても許されるだろうか。そわりと伏せた睫毛が、ずいぶん久しい気のするその声に弾かれたように持ち上がる。ほろりと落ちた声が安堵に染まったのと同時、硬い表情も些かの柔さを纏うのだけれど。糸が緩んだ直後、いつもの調子で眉尻を吊り上げる。)奏ちゃんやん、じゃ、ないわアホ…!心配した、っていうか…………、………お茶でいいの?ついでに何か他に欲しいのあったら頼まれてあげてもいいよ。(声を聞く限り、特段体調が悪そうな様子は見られない。それでも外に出られないとは、一体どういう訳なのだろう。尋ねようと口を開くけれど、短い沈黙の末に選んだのは普段と変わらぬ尊大な物言い。機械越しに尋ねたところで、その相貌が見れなくては真偽を問うことまでは叶わないから。小さく溜息をつけば一歩後退り、スマホを取り出してはカメラへ向けて小さく揺らして見せよう。)寂しいのはあんたでしょ、……まぁちょっと距離あるから、話し相手になってくれるのはありがたいけど。起きてるのがしんどいとか、そういう体調のあれこれ何かあったら無理しないで休んでよ?(ここに来るまでで見かけたコンビニの方角へ爪先を向けると同時、呼び出したその名をタップする。間も無くモニターから少女の姿は消えるだろう。一人分の靴音を響かせながら端末を耳に押し当てて、コール音が途切れる瞬間を待とう。可愛げのない言い回しをしたものの、彼の声を聞きたいのは此方も同じだから。)
Published:2019/06/22 (Sat) 14:07 [ 15 ]
は~?稲荷崎一のイケメンを前によう言うわ。節穴なん?
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宮侑
(セッターは相手チームの選手を欺く技量も必要。視線で、表情で、声音で、言葉で。故に、演劇部部員には敵わぬものの、いつもどおりの声色を作る程度のこと造作も無かった。機械越しに響く少女の声色が憂慮を孕むものから一転、平素の其れへと変わったことを察すれば、自らの表情が少女には伝わらぬことに乗じてか、相貌に安堵が浮かぶ。くつくつと喉奥鳴らしては、少女の言葉を鼓膜にて受け止めて、久方ぶりに感ずるいとしさにやわい息を零した。)いや~、すまんすまん。けど、――ほぉん。 つまり。俺のことが心配で心配で堪らんから、逢いに来てしまったっちゅうことやんな。めっちゃかわいいとこあるやん。(機械越しであるからか、それとも、単純に視力を失いつつある瞳の限界ゆえか。モニターに映る少女の相貌に添えられた表情までを視認することはできないものの、平素の調子を取り戻した声色や、それが奏でる旋律によって、相対せずとも少女の心はなんとなく察せられた。敢えて揶揄るような言葉を続けたのは、それが一番「宮らしい」姿だと判じたため。)お茶でっちゅーか、お茶がええんよ。あとは、……月刊バリボーの新刊が売ってたらそれも頼むわ。今月俺の担当やねん。(隔月交代制で片割れと購入している情報誌。今月の担当が自分であったことを思い出しては、少女の優しさに甘えて注文をひとつ。して、ちらちらとモニター前部に少女の通信端末が映されるに至れば、同時に耳朶を揺らした言葉に笑声をひとつ響かせた。)誰が寂しがり屋やねん。ちょっと暇をもてあましとるだけや。……おん。体は元気やから心配ご無用やで。(そうして画面が暗闇に包まれて、ポケットに忍ばせていた携帯端末が少女からの繋がりの到来を身を震わせて通知する。通話開始をタップして、耳へと携帯端末を押し当てれば、先ほどと変わらぬ声で、いつもどおりを演じよう。)で。俺が休んどる間、クラスでおもろいこととかあったん? 学祭の出しモンとかそろそろ決める時期やろ。(そんな風に紡ぎながら腰を落ち着けるのはインターフォンの機械のすぐ傍ら。少女が戻ってきた折、少女を待たせることなく対応できるように。)
Published:2019/06/24 (Mon) 19:18 [ 20 ]
それは異議山盛りだと思う。学校全体なら他にいるでしょ、多分
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小戸森和奏
(機械越しに届けられるのは、いつも通りの彼の声。喉を鳴らして笑う声が聞こえれば愉快気に緩んだ相貌が思い浮かび、反射的に唇を尖らせた。「何笑ってんの」と不機嫌そうに言い返すはまるで何時かの昇降口でのやり取りのよう。変わらぬ調子過ぎて、連日欠席している事を忘れてしまいそうになるけれど、依然閉ざされた扉を見ては微かに眉尻を下げる。)なっ 何、ばかじゃないの、そんなんじゃないし!!(かっと炎が燃え上がるように勢いよく否定したものの、近所迷惑になるボリュームとなったことに気付いては口元を覆って周囲を見渡す。人気のない事に安堵すると同時、揶揄うような口調に何となく違和感があるような。穴が開く程凝視しても、機械は互いの声を繋ぐのみ。どこがどうとはっきり分からない事が歯痒くて、「けど、」と続きを紡ぐ声音も揺れていた。)あんたが体調不良とか……絶対おかしいじゃん。インフルエンザ流行った時とかもけろっとしてたし、怪我とかなら先生とか宮サムもそう言うだろうし、……気になったのは本当。突然押し掛けた上にお見舞い品とかも無くてごめん。(手ぶらである事を詫びては、彼の言葉に頷いた。任せろ、と拳を掲げて見せ投げた軽口に対し、軽やかに響いた笑い声。つられて此方も不安に張り詰めた糸が微かに緩むようだった。)はいはい、そういうことにしといてあげるって。構ってあげるからありがたく思いなさいよね。……なら良いけどさ。(言う程長くも無い道のりは十分もすれば目的地に到着するだろう。けれど僅かな間でも彼とつながっていたかった。インターホンよりもずっと近い距離で聞こえる声に不覚にも鼓動を速めつつ、他愛ない会話を楽しむべく僅かに歩調を緩めては考え込むように声を細く伸ばし。)ちょいちょいあったよ。一昨日の歴史の授業でね、山中が居眠りばれて当てられてたんだけど…その時「ええからジャムパンくれ!」って言いながら起きたもんだから、クラス中ぽかーんてしたとか。あ、昨日マキ先生が黒板に描いた織田信長がめちゃくちゃ似てて…あとで写メ送ってあげるね。(彼の居ない教室で起こった些細で平穏な出来事たち。笑声で紡ぐものの、彼もその場にいたならこういう時一緒に笑い合えたのだろうと思うとやっぱり薄淋しい。しかし、不自然に途切れた声は学祭とのキーワードに食い付くように再びその音を響かせるのだ。)喫茶系とかお化け屋敷とか…王道はやりたいねって感じでまだ決まってない。来週までに各自案を持ってこい~だってさ。執事喫茶とか候補に挙がってたよ、宮がいれば集客ばっちりだろうからって。(くすくすと小さく笑っては、到着したコンビニの自動ドアを潜る。入店を知らせるチャイムの音と店員の声にちらりとレジを見遣りつつも、スマホは耳に当てたまま。雑誌コーナーに立てば「新刊あった」と報告を入れて、ついでに「茶道部は浴衣でお菓子売ろうかって話してる。そうなったらちゃんと買いに来なさいよ。」と、そう遠くない未来を描く。この欠席もそう長くは続かない筈だ、だってこんなにも響く声は元気で変わりない。いずれ彼は学校に帰ってくると信じ、学祭では一緒に回れる事があればいいな、なんて淡い期待を抱く女は何処までも呑気であった。)
Published:2019/06/25 (Tue) 19:14 [ 23 ]
そんなら、俺よりイケメンな稲荷崎生あげてみ?
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宮侑
(火口から溶岩が噴出かの如く。刹那に声量を増した少女の様子が数日前まで続いていた日常の続きであるかのような心地を男へと齎し心地よい。くつくつと喜悦に揺れる喉奥は演技でもなんでもない無意識の代物にまで至っていたものの、「けど」と少女が続けた逆接とその後に続く憂慮孕む声色に、少女の声が耳朶に触れるたび疼痛訴える瞳も相俟って過日とは異なる立ち位置にあることを如実に示した。)けど?(さりとて、斯様な機微を悟られるわけにもいくまい。言ってみぃ、と続きを促すかのように少女が紡いだ接続詞をなぞるように男も紡ぐ。そうして紡がれる続きの旋律は、想い人に気遣ってもらってうれしいという素直な気持ちと、ほんの少しの申し訳なさと、そんな気持ちを抱きながらも玄関の扉を開けることを躊躇う己への居た堪れなさと、さまざまな感情を引き連れてきた。瞳のことを抜きにしたって機械越しでよかった。今の宮には、うまく笑えている自信なんて無かったから。)なんやそう言われると遠まわしにアホ言われてるように感じるんやけど……インフルについては、春高の時期とかぶる事が多いからちゃーんと予防接種して、マスクしてって、徹底抗戦敷いてるだけやで。風邪引くと北さ……部長に部活禁止令出されるからな。言うとくけど、俺が風邪引いたりせんのはアホだからやなくて、努力の賜物なんやからな。(怪我について触れぬのも、平素より体調管理を怠ることなく行っていると告げるのも、言外に少女が気にしているような病や怪我の類ではないと知らせるため。一方で、話題のすり替えを行っている自覚もあった。我が身に今このときも降り注ぎ続ける奇怪な変化を少女に正直に告げるわけにもいかなくて。この話題は仕舞いとばかり「そこは、ほら。物ちゃうくて、わたしの笑顔がお見舞い代わり♥とか言ったらええんちゃう?」なんて揶揄ってみせる。電話を介しての話題に、部活でも、少女や己自身のことではなくクラスに関する事項を選択した所以も同様に。直接に鼓膜を叩くかのような近さでころころと楽しげに響く少女の声音に耳を傾けた。眼前に広がる世界は輪郭を朧にしようとも、瞼を閉ざせば、まなうらに鮮明に少女の姿を描ける。)山中、こないだ購買で限定30個のジャムパンチャレンジ失敗して、めっちゃ凹んどったとはいえ食い意地張りすぎやろ。へぇ。マキちゃん先生の絵とかレアやん。おん。楽しみにしとるわ。(瞳を閉じ、まなうらに、或いは、脳内に少女が紡ぐ光景を描きながら、男の口唇からも楽しげな口吻が零れ落ちる。して、想像以上の食いつきを得られた話題に関しては、「どんだけ、やる気満々やねん。」なんて笑声を挟んでから。)ま。俺がいたら集客ばっちりっちゅうんは間違いないわ。サムとの格の違い見せつけたる。けど、せやなあ……(今の己が混ざれるとして、出来うる役目はなんであろうか。瞼を持ち上げ思索を巡らせること幾ばく。)……メンインブラックカフェとか?スーツ着て、グラサンして――みたいな。(視界の隅に映ったサングラスへと腕を伸ばしながらひとつの提案を。少女の声の背後より来店を告げるチャイム音を看取して、報告を受けるたびに「そらよかったわ。」と返答を。少女が購入してくれる新刊をどの程度判読することが出来るだろう。不意に芽生えた憂慮の心に、少女が紡いだ旋律がさわりと触れる。)せやなあ。……、見えるとええんやけど。(微かな声音で紡がれた言葉は無意識のうちに。懇願と不安に揺れる。)
Published:2019/06/26 (Wed) 18:47 [ 30 ]
………部長の北先輩。
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小戸森和奏
(柔く背中を押すように先を促され、思い切って告げたものの、カメラを見つめる瞳がとにかく気懸りなのだと訴える。「否定はしない」と普段の調子でしれりと言ってのける反面、胸の内はざわめいて仕方なかった。きっと、彼が余りにも“いつも通り”であるせいだ。原因不明の欠席、開かれぬ扉、けれど届けられる声音は教室で聞くのと同じ、彼のもの。)流石バレー馬鹿……。(半分呆れたように笑っては、思わずそう呟いた。けれどそれこそ、パズルのピースの一つである気がしてはっとする。)……その調子で体調管理、しっかりね。三年生になったら受験だし、私も見習おうかな。(普段よりも幾分か素直になった物言いの裏、ぐるりと渦を巻いた感情が影から小戸森に囁いた。――健康体で在るのが努力の賜物だと言うのなら。今のこの現状を何とするのか。浮上した疑念のままに口を開くものの、そこから零れたのは「は~~!?」と反発し噛み付く様な声。)そんなん私がやったら大事故じゃん、あんたに一生ネタにされるだろうし絶っ対やらない!(断固拒否との姿勢を声音に乗せたなら、追及を諦めようと息を吐いた。こうまでして『言わない』と決めている事を、聞き出す事は困難だろう。何より深く追求する事で万が一にでも彼を傷つける事は避けたい、必要があれば話してくれる事もあるだろうと、ものわかりの良いふりをしては手の中の端末から聞こえる彼の声に耳を澄ませる。湿気を孕み重たく纏わりついてくる空気から守るよう首筋を撫でながらぱちり、ゆっくりと瞬いては、教室で笑う彼の横顔を思い返した。)ほんとそれ、今日も結局失敗して今三連敗中、また夢に見るかも~~って嘆いてた。ね、もっと描いてくれたらノートも捗るのに。……うん。楽しみにしといて。(例えその場に居なくても、こうして話せばそれは互いの思い出だ。褪せた光景が再び彩度を取り戻すような感覚を覚えては、緩みっぱなしの唇から紡がれる声も柔くなる。片割れと張り合う台詞には思わず「どんだけ負けず嫌いよ」と揶揄うような色を添え。)………っふ、あははっ、ちょっとやだ、無駄に似合いそうで腹立つ!(脳裏に描くその姿は出来過ぎなくらいしっくり来て、思わず歩みを止めてしまったのだけれど、後を引く笑いを何とか押し殺すことに成功すれば入店する頃には何処にでもいる一人の来客といった様相であろう。お気に入りの緑茶のペットボトルと、おまけの焼きそばパン、最後に月刊誌を籠に放りレジに立つ。留学生だろうか、褐色肌の店員が告げた金額を取り出す為肩で抑えた端末は先程までよりうんと音を拾い届けてくれる。)え?………あっはい、ありがとうございます!(揺れていた。いつも凛と響くその声が、容易く掻き消されてしまいそうなくらいに。注意しなければ聞き逃してしまいそうな程に。慌てておつりと商品を受け取れば、店を出る。来た道を戻る足取りは心なし速い。何時も自信たっぷりなその人が滅多に見せない綻びを見逃したくは無かった。未だ繋がったままの通話の向こうで、ねぇ、と呼びかける。あんた、今、どんな顔してるの。)……見えるよ。(聞けない代わりに電波に乗せたその声は、思っていたよりも小さかった。ローファーの爪先から、前へ。顔を上げて言い直す。視線の先、網膜に焼き付いた宙を舞う黒衣と煌く金糸を描いては迷いを振り切り声を出す。)見える、っていうか見せる。……見逃したら、絶対後悔するんだからね。(無責任なことを言ったと思う、けれどもこう言い切りでもしなければ、電話の向こうの彼が霞んで消えてしまうんじゃないかと思ったのだ。)
Published:2019/06/28 (Fri) 20:07 [ 34 ]
北さんと俺はベクトルがちゃうイケメンやし。
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宮侑
(その他有象無象に対しては卒なくあらゆるを熟せる器用さを持するくせ、特別性を見出した対象に関してはひどく重い一途さを差し向ける不器用さが、そろりと顔を出す。さりとて、非日常が続く中に日常の欠片を散りばめすぎる危険性も一定程度認識はしていた。少女が語る通り、日頃の鍛錬の結果もあって宮侑という人間が体調を崩すことは稀なこと。幾日も休んだ挙句、見舞いに来てくれた少女にかけるべき相応しい言の葉は、己が紡ぐような揶揄の類ではないのだろう。けれど、他に何を紡げば良いのか。少しでも晒してしまったら胸中に渦巻く不安の靄が現実世界にも飛び出てしまいそうで怖かった。)それは何にも勝る誉め言葉やわ。(「バカ」だけであれば目くじら立てて不平不満を捲し立てるところではあるも、前置詞として「バレー」が付くだけで機嫌が下降することが無くなるのだから現金な話だ。画面に映る少女の双眸の変化に気づくこともなく、喜悦を滲ませた声音を響かせながら、続く言葉には簡素な応諾を示した。仮令、この時点で少女より、少女の内腑に芽生えた疑念を口にされていたならば、男は答えに窮したことだろう。けれど、幸いにも斯様なる事態は避けられる。噛み付くが如きの声音は耳朶を激しく揺らし、思わず鼓膜を抑えるように手のひらにて耳を覆った。「うっさ!!」同じくらいの声量でこちらも負けじと声を張り上げる。)それは振り切れ具合なんちゃう? 変に恥ずかしがるから中途半端な出来になってしまうねん。羞恥も何もかなぐり捨てて、「どや。私の笑顔すごいやろ!」くらいな勢いで言ったら案外うまくいくかもしらへんで。(なんとも適当な助言を唇に乗せながら、男は紡ぐ。インターフォン前の床にはラグは敷かれていなくて、ひやりと布越しに伝わる温度は冷たい。他方で、徐々に熱を帯び始めた端末より伝わる温度は、少女へと向ける恋情が如く、あつかった。)あいつ諦め悪すぎやろ。ちゅーか、運無さすぎや。サムなんざ、5回連続くらいでゲットしとるで。次俺が学校行ったら、目の前でパン貪り食ったろ。(片割れとは常に競いあって成長を遂げてきた身。ゆえに、揶揄の色を受けながらも「あいつに勝っていいんは、俺だけや。」なんて冗談交じり、本気交じりの言葉を紡ぎだす。途端、脳内に繰り広げられるスパイク音。寂寞と焦燥はいついかなる時も意識のすぐ裏に控えていて、時折斯うして心の柔い部分をつついてくる。その度心に疵が増えていくことを感じてはいたが、今日ばかりは意識を陰らす必要もなさそうだ。ころころと鈴が転がるような声が近しい距離から聞こえてくる。)ま。俺ともなるとなんでも似合ってしまうからな~。奏ちゃんがあの格好するとちんちくりんになってしまいそうやけど。(余計な一言とはまさにこのこと。少女の言葉につられるよう楽し気に声音紡がせて、そののちは買い物を続ける少女を電話越しに見守ることとしよう。ほかのことに注力していると認識したが故に、心が緩んでしまったのやもしれない。吶とこぼれた音は無意識のもので、少女よりの聞き返しを経て漸く宮自身も己が何を口にしたのかを認識した。音から察するに相手は会計時――下手に気を遣わせることがなければいい。身勝手な懇願は、刹那、意図せぬ形で実を結ぶ。気づかわしさに満ちた旋律ではなく、頼りがいすら感じてしまう強い言葉。瞬間、唇は音を忘れるも、数拍を置いて飛び出したのは、まずは観念したかのような笑気だった。)……っふ。 はは。そうやな。うん、せやわ――俺はメンインブラックよろしくクールに決めて、絶対見に行ったるから、お姫さんみたくとびきり可愛らしい恰好で迎えてや。(そんな折、ぽろん、と手に収めた携帯よりLINEのメッセージが到着した知らせが鳴る。見やれば片割れからの帰宅予定を告げるもの。このままならば、少女が宮宅に到着するのとほぼ同着になりそうか。)サムからもうすぐ帰るっちゅう連絡はいったわ。もし、途中で会うたら荷物持ちにしてくれたらええから。もう時間も時間やし、奏ちゃんは今日はまっすぐ帰り。来てくれて、ほんま、ありがとう。(そうして男は少女との対面を果たすことなく、ありふれた日常を演じたまま、今日という日に終止符を打ちたがる。けれど、もしも。少女が強く片割れたる青年に男との対面を願えば、片割れは承諾を紡いだ後、少女を家に招き入れるだろう。但し、その場合には、狼狽と焦燥を浮かべた相貌を僅かに晒して、すぐさま自室へと逃げるように身を隠す男の姿が結ばれるはずだ。)
Published:2019/07/01 (Mon) 15:48 [ 40 ]