涙雨
--コペルニクスの夜べ--

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(願うはただひとつ)
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茂庭要
(検査結果が出る日、病院へと向かうのにカラーコンタクトとサングラスで隠した目元でより歪み狭まった視界のため、親に手を引かれながら歩いていれば聞こえて来たのはよく知る彼女の名前。視界が不自由な分、他の五感が鋭くなっているようで耳敏くなっている聴覚を刺激した彼女の名前を呼ぶ男の声。そして続いて聞こえた告白の言葉に素直に凄いなと感心する。彼女とのあの穏やかな時間を壊したく無いことと、部活を天秤にかけて未だに足踏みする自分とは違い彼は一歩踏み出したのだ。その事に胸に込み上げて来るのは、羨望と嫉妬なのだと、久しく感じた燻る思いに小さく笑う。監督と副主将にだけ伝えた現状と検査が出る今日の予定は部員達には隠されている事だろう。カラーコンタクトで隠した瞳は未だに時折痛みと熱を持つのだから困ったものだと、まるで他人事のように考えるのは常に冷静に物事を見るようなポジションであったからだろうか、なんて。先日の彼女との会話を思い出せば早くただの疲れ目であったとーそうではないと分かってはいるがー報告して、あの日常に戻りたいと強く願えば胸のうちが暖まるようで、緩く目尻が下がる。暗くなっていく景色の中、煌々と輝く建物の前、最早見えぬ星を見ようと空を見上げてから自分も一歩踏み出す。さて、待ち受けるのはどんな結果だろうかと不安を圧し殺して前を向く)―――そう、ですか。(通された診察室で聞いたのは、瞳が宝石化するなんて、まるで夢物語のような病気だ。そう思えたのは隣で泣き崩れ、医者を問い詰める親が居たからか。ふわりふわりとした思考は現実を感じさせずに居たけれど、「視力は取り戻せる」という言葉に声の方向へと顔を向ける。そうして告げられたその言葉に親は喜び、自分はほぼ絶望と感じた。彼女が原因だなんて、と思うけれど彼女のみ見ろとでも見えぬ存在に言われているのか。検査入院をするのだと言われれば仕方なしと受け入れ、恐らく他の患者にも配慮した結果、個室を与えられたようだった。暗い室内で、病院へ入る時と同じ空を見あげ―見えない。バレーが好きで、あの仲間たちともやれる最後の機会なのに、何故今自分はここにいるのか。まだまだやりたいことも教えたい事も沢山ある。二口にも青根にも黄金川にも、ボールを上げて、またあの熱の中に――と夢想して、かつて応援席で見た彼女の姿に笑みを浮かべ)………それでも、亀井さんに会いたいって、思うのはおかしいのかな(初恋だと、医者が言っていた。そうなのだろう。見えぬことと彼女の存在を天秤にかけ、どちらか選ばなければこの緑に染まって行く瞳は光を失うのだろう。絶望の足音は聞こえている。自分が迫られている選択も理解している。それでも思うのはただひとつ。「俺で良かった」何故自分なのかという思いもあるが、決して悲観しての言葉じゃない。他の大切な誰でもなく、自分だけならばいいと思ってのこと。楽しそうに笑う仲間の姿と中庭で会う彼女の穏やかな姿が瞼の裏に浮かぶ。あの笑顔の中に入れなくなるのも、彼女との時間を過ごせなくなるのも考えるだけで身を切られるような痛みを覚えるからこそ)どっちも手放したくないなぁ…。(頬を伝う涙はなんの涙だろうか。流れる涙を軽く拭って、母に買って貰った彼女が学校で愛飲しているミルクティーを手に取り一口、口に含めば優しい甘さと紅茶の薫りが広がる。どちらを選んでも自分はきっと後悔をするのは分かる。だから、選ぶのなら―誰を傷付けてしまうのか、考えなければならないのだ。それが何よりも恐ろしい)
Published:2019/07/06 (Sat) 00:08 [ 12 ]