涙雨
--コペルニクスの夜べ--

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(こいのなきがら)
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鹿目舞花
(常より忙しないつまさきだけど、今日は特にそわそわ落ち着かなくて仕方がない。急く情操をどうにか押し殺して、放課の鐘を待つ。元より厭う勉学からの開放の旋律は毎度福音に違いないけれど、教室を一目散に飛び出す上靴が向かう先は今日に限って違っていた。予めキャプテンには頭を下げて欠席の許可を賜って、何より夢中な部活動を蔑ろにする事へ後ろめたさも拭えないけれど、だって今日ばかりはそれどころじゃない。検査結果が出る日と聞き出した過日、思い返せどその都度懲りずに心拍数の上がる心地はその日の出来事に付随するけれど、兎も角定められた日付を待ち侘びた数日だった。解明されて、治療法が解って、きっと彼の視力も回復する。今までどおり、同じ体育館でバレーが出来るようになる。筋金入りの楽観思考は綻びに頓着出来よう筈もなく、希望の一日になると信じて疑ってもいなかった。廊下は走っちゃいけませんの標語を駆け抜けた昇降口、下校生徒で賑わう下駄箱で見知った顔に遭遇するのも道理だけれど。「鹿目!」、正々堂々呼び止められれば、無視する訳にも行かぬ性状は素直一辺倒。)窯目?どしたのなんか用??あっ部活ならサボりじゃないかんね!!(よく似た響きを口にするのは今でこそ慣れたものだけれど、幼少期から成長するに連れ下の名前から変わっていった。変移の時期こそ苦労したものの、現在ではこうして違和感無く呼び合えている。年月の深さから見ても恐らく逸る動向は明け透けだったろうに、今になって一緒に帰ろうなんて言い出すのだから、多分に浮かび上がる無知な疑問符は、自分と彼以外禄に見えちゃいなかった。)いーけどあたし病院だよ、方向逆じゃないっ?(小癪な意図など擁さず純粋な配慮は、「俺も同じ方行くから」に一転愚直な憂心が転げ出て、大丈夫が唇を割る前に、「鹿目はアイツだろ?」なんて突如図星突かれては「ん゛っ……、そ、だけどっ……」思わず舌先とともに焦燥の足取りも失速した。時折そんな素振りはあったけど、此処最近は特に彼の話題を振ってくる。その度露骨にとぼけ倒してるから、致命傷には至っていない筈。急にしおらしくなった徒行を彼に並べて、帰路を共にすることなんて今更珍しくもないけれど、随分と久方振りだったから空白が訪れない程度にはあれやこれやと話題が踊る。いつかの帰り道みたいに少しでもこの時間を引き延ばそうとする姑息とか、声色ひとつひとつに翻弄される複雑な内心が無いからこそ快活な声色はご機嫌に跳ね回る。通学路の小路で、不意にその足が止められるまでは。)? 何、(二、三歩の先導で振り返っては無防備な符号がぽこんと落ちて、問う口吻が遮られる。色々言ってた気がするけど、――「俺、お前のことが、好きだ。」投擲された声を最後に、全部忘れた。疑問符が増大して、言葉として脳に辿り着く前に、)へっ?!?!!ぇ、……んなっ、 だって、い、今までそんな、……そんなの、…………っ、(みるみるうちに顔貌が赤く染まる。心臓が破裂しそう。紡ぐべき音を探すくちびるが戸惑っているうちに、「返事、今じゃなくていいから!」との勝手な幕引き捨て置いて、進行方向へ走り去る背を、呼び止める事が出来なかった。)~~~っ知らないよ……(彼の想いも、向けられる視線も。知らない。今まで知ってたそれじゃない。それと同時に、なんで今なのか、って、なんとなく解ってしまった。筒抜けの恋心が予測の域を出なくとも、恥ずかしいやら情けないやらで視界が回る心地だ。好きって難しい。心臓を落ち着かせて、息を吐いて、それでもこの足は歩き出さなきゃいけなかった。ぐるぐるまわる脳裏も結局は何を考えたって彼のところに行き着いてしまって、嵐の如き混乱に苛まれた胸の内側は、彼ばっかりで出来ていた。早く、会いたいなぁ。)

(うるさくて騒がしくて、どこにいたって聞こえるその声が好き。見上げたら見下ろしてくれる背丈が好き。無神経に見えてちゃんと力加減を知ってる大きなてのひらが好き。太陽にも負けないぐらい、夏の陽を思わせる笑顔が好き。変貌を遂げて尚、一切欠くことのない精彩を放つひとみだって好きだ。 病院内、浮かれた足取りがぴたりと止まった。病室だって受付で聞いて、色付きリップを塗り直して、あとは彼に笑って、お疲れさま、って。)………っ、 ふ、ぅ゛、(穏やかな声が聴こえた瞬間。彼のことだって、理解した瞬間。飲んだ息ごと、両手で蓋をして漏れないように潜めた。鈍器で殴られた衝撃で足が竦んで動けない。そして訪れる静寂の中で、鈍足の理解が追い付いて漸く、気付けば涙が次々に落ちてきて止まらない。――なんで。なんでなんでなんで。神様、どうして、彼を選んだの。視界が滲む、力が抜ける。物陰にしゃがみ込んで、声を押し殺して止めどない落涙だけを見つめてた。美しい瞳。光を受け付けない。単語を反芻する胸裡で、だいじょばないかも、って、しょんと眉の下がった愛しい顔を思い出す。身の丈に合わないぐらいの恋が、溢れて、もう、なんにも見えない。彼も今こんな感じかな、って、場違いな思い付きは怒涛の思惟の端っこで。)……木兎、……~~っ木兎、ぉ、(初恋。その相手が誰かだなんてまるで検討もつかなくて、それと同時に自分のせいかも、って危惧も漠然と押し寄せてきた。想えば想うほど涙はちっとも止まらなくって、会いたい気持ちが会っちゃいけない気持ちに負けてしまったら、結局彼の病室には行けなかった。治って欲しい。コートの中でスポットライトを浴びて、燥ぎ回る彼が見たい。そんな彼をずっと見ていたい。この段に至っても手に負えないぐらい。どうしようもなく、木兎のことが、好き。)
Published:2019/07/06 (Sat) 21:45 [ 14 ]