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(宵月のカーテン・コール) |
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![]() 月島蛍 |
(紛れもなく現実だった。入院手続きは恙無く呆気なく、己のする事と言えば家族の手を借りて荷を纏めるぐらいで、簡易的な檻に閉じ込められてしまえば、元より二つに一つと据えられた選択を選ぶ以外に何が出来よう。自身の無力さなんて此処数日で嫌って程向き合わされて、二度と直面するまいと頑なな意思で忌避して来た挫折と絶望が、消毒液の臭いを纏って白い小部屋に揺蕩っている。 もう疲れた。唯でさえ根性無しの烙印賜る動向とて、人知れずの抵抗を幾度も行使して、二兎を得る方法を何度苦慮したって、理不尽を前にこの手が掴めるのはたったの一つきりだ。彼女を巻き込むまいと一人抱え込んだくるしみは、彼女への想いで出来ていた。)……都築?(最早ほとんど映らぬ双眸を、反射的に物音の方へと寄せる。『いつ見舞いに来てくれる訳?』なんてさも居丈高な物言いは唐突にトークアプリ画面へ投擲され、結局話があるからと呼び寄せたのは此方の方だった。朝も夜も曖昧な空間だから、彼女の都合が何時であろうとそう関係のない話。よもや視力矯正の意味も無くなった黒縁はベッド脇のラック上へ黙して久しく、平素晒す事のない素の侭の目を凝らす癖の所作で眉間を顰める様は不躾に映ったかも知れない。眸が変容していること以外に然したる異常は無くて、家族が付きっ切りという訳でも無いから、案内の看護師が扉を閉めれば予定調和の二人きり。「……座れば」、って口先だけで促しておいて、傍らに椅子があるのは知っていたから、何処を見るともなく隠したがっては鼻先を逸らす。)ごめん、気持ち悪いでしょ。(似合わない病院着も、真白いベッドも、光沢を放つと言われている双眸の有り様も。出来ることなら彼女に見せたくなかった。それでも、このふざけた幕を下ろすには、彼女がいないと駄目だった。)僕の目、今はもう全然見えてない。心配掛けたくなくて、黙ってた。(隠しても仕方のない段まで及んで漸く口にする事実の断片は、何時になく素直でらしくない。手を伸ばした先、輪郭ぐらいは判別出来るから、叶えばその両眼を覆うようにして翳そうとする。泣くかな。泣くだろうな。予測に易いから、可笑しさが擽ったく胸裡に転がって、心臓が切なく強張った。)別に誰に心配されようと気にならないけど、……君だけは別だったんだ。(幾度も延命を夢見たこの花の息の根を、もう止めなければならない。吐息を噛んで、静かに囁く。)都築、好きだよ。……ずっと好きだった。(それは懺悔にも似た響き。) |
Published:2019/07/08 (Mon) 19:45 [ 10 ] |
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月島に舞台は似合わないでしょ。やっぱコートじゃないと。 |
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![]() 都築円佳 |
(紛れもなく現実だった。どれだけ泣こうと喚こうと、変わらず朝はやってくるし憎らしいほどの晴天は都築のことを照らし出す。何度夜をこえても解決策は見つからず、どうしようもない現実とともに時間ばかりが流れていった。彼は今、あの病院に入院しているという。都築はその原因を知っている。直接の原因になった人は知らないけれども、)…………はあ。(いつもならば迷わず見舞いに向かっただろう。でも今回ばかりは、なんと言って慣れの前に姿を現していいか分からず、さらにどんな顔をしていいかもわからず、真実を知るのが怖いような気もして、メッセージを送る程度に留めていた。そうやって無意味に逃げ回っているところに彼からメッセージを貰ったものだから、心臓がはねた。もう逃げられない、と、そう思った。)……ん。(足音に気をつけて無駄にコソコソしてしまったのは未だに彼に対してどう振舞っていいか決めかねているからだった。けれど、自らの存在はあっさりバレてしまう。こうなるともう観念するしかなくて、促されるまま傍らの椅子に腰かけた。)入院するって、……大丈夫?具合、どう……?(努めてなんでもない風を装おうとして失敗する。上擦った女の声に、彼の声が重なった。喉が詰まる。)っ、……きもちわるくなんか、ないよ。(かろうじてそれだけ声に出した。そして、彼の言葉を聞く。病状は思った以上に酷いらしい。美しい瞳はきらきらと光を反射し、あまりにも憎らしかった。唇をかみ俯く。――そして、決定的な瞬間がもたらされる。彼が言葉を紡いだ瞬間、まるでこの病室だけ時間が止まり、自分たちふたりだけが世界から切り離され、取り残されたかのように錯覚した。)ぁ、(例えばこれがもっと早くに――発症前に告げられた言葉であったなら。この上ない幸福感を都築にもたらしたに違いない。けれど、今はそれは、絶望の宣告にほかならなかった。真っ青な空が病室の窓から覗く。憎らしいほどに美しい空は、都築がバドミントンを失った日のそれとよく似ていた。)つ、きしま、……な、んで、(正しく理解した。彼の病を引き起こしたのは自分だ。気づいた瞬間、涙が止まらなくなった。溢れるそれが彼の手を濡らす。)なんで、いつも、いつも、こうなるのお……!(強くなることが楽しくて仕方なかったバドミントンは怪我によって永遠に失われた。初めて思いを実らせた恋も、相手に遊ばれていただけと言われ手酷く捨てられた。いつも、何かいいことがあった時に、この上なく悪いことが起きる。今だってそうだ。2人は両思いなのに、なのに、)月島、の、ばか。……ねえ、あたしね、知ってるよ。月島の、目。いま、見えなくなるかどうかの瀬戸際に、あるんでしょ。…………あたし次第で、未来が変わっちゃうんでしょ。(彼の手に自らのそれを重ねることは出来るだろうか。叶うならば、そのて。強く握りたい。縋るように、強く、強く。) |
Published:2019/07/11 (Thu) 04:58 [ 17 ] |
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随分殊勝な事言うね。都築らしくない。 |
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![]() 月島蛍 |
(視力以外にはさして問題も無いけれど、大丈夫じゃないから肯定は出来ない。こんな時でも真っ直ぐな彼女に少し居心地が悪くなって口を噤む。液晶越しの攻防も、結局叶わなかった過日の面会も、幾度も機を得て完全に元の色がわからなくなる程変容を遂げてから漸く顔を合わせるに至ったのは臆病に違いなくて、こんな日が何時か来るんじゃないかって心のどこかでは思ってた。だからいっそ、気味の悪い顔貌を前にして嫌いにでもなってくれたら良かったのに。)……僕は気持ち悪いと思うけど。(そんな駄目押しだってきっと無意味だと解して尚。彼女の否定が本音であれば性質が悪いし、優しさならば残酷だ。本来であればもっと、きっと、日常的な一場面で、こんな現実感から切り離された牢獄の如き空間で口にすべきじゃないその声は存外音にしてしまえばあっさりとした響きを帯びていて、我ながら冷静さに嫌気が差した。叶えられるなんて思ってない。どんなに理性で現状を俯瞰したところで、彼女に向けられた数多の感情を忘れられる訳無いのに、それでも此処で、彼女の想いだってこの恋心諸共殺さなくちゃならない。残酷なことをしている。それでも、知らなかった慕情ひとつに人生を賭せるほど向こう見ずの馬鹿にはなれないし、彼女の小さな両肩に、この先の人生全てを背負わせる覚悟も勇気も無い。いくら大人びていると評されたって、どうしようもなく、無力なだけの餓鬼だった。)………、ごめん。(当惑に揺らぐ声色が、静寂のもと、震える呼気すらただしく耳朶を揺らすのだから、視力が低下している分他の機能が過敏になっているのか。明瞭に見えずとも、苦しいまでの情動は、見るよりも明らかだ。)都築、……ごめん、好きだった。誰よりも。(翳した掌が拙く彼女の輪郭に辿り着けば、溢れるしずくを親指で拭う。そんな所作も意味無いぐらい、次々落ちる涙はきっと正しく恋心だった。彼女が過去失った大切の片鱗だけ知ってる癖に、悲劇を繰り返す口吻は懺悔と言うより抱え切れない情の吐露。知ってる、と口にした事に大して驚きもしなかったのは、あの日此処に来ないことに思うところがあったから。如何にして知り得たのかまでは知らぬものの、取るに足らぬ程度の違和感が腑に落ちる心地を覚えて、観念とばかり息を吐く。)――…そうだよ。ホント馬鹿馬鹿しい。都築の返事次第で、僕は一生視力を失うらしい。それがホントかウソかなんて、誰が決めるんだろうね。(重なる体温は少しつめたい。この期に及んで睦み合うような触れ合いに意味が無くとも、今だから抵抗はしなかった。頬から下ろして、彼女の手の内へ。)だから、 聞かせて。ちゃんと、都築の気持ち。(見据えて言う。出来るだけ躊躇わないように、苦しまないように。)僕の事なんか好きじゃないって、言って。 |
Published:2019/07/13 (Sat) 18:44 [ 24 ] |
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ほら、そろそろ淑女っぽさもいるかなあって。お淑やかに見える? |
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![]() 都築円佳 |
(きちんと言葉を紡げていたとは思わない。けれど、惑いに満ちた都築の言葉への返答と思しき謝罪の音は、彼が正しく都築の気持ちを理解していることを意味していた。ボロボロと零れ落ちる涙を止めることが出来ないのが情けない。)も、やめて、よ……。(涙を止められないまま力なく紡いだのは、繰り返された愛の言葉への返答だ。夢見ていた。彼が見知らぬ誰かに恋していることを。そして玉眼症によって恋に破れた彼が、都築のもとへとやってきてくれることを。けれどそれが叶わぬことを、彼の紡ぐ過去形が告げる。下瞼に触れる親指はあまりにも優しく、その優しさが痛くて痛くて仕方なかった。ぐっと唇をかみしめる。)っ、なんで、……っ!も、やだよ……あたしを、えらんで、くれたら、よかったのに………っ(何がセーフかなんか 解らない。けれど言わずにはいられなかった。「誰が」を言わなければセーフだろうか。彼の視力は守られるのだろうか。ぐっと唇をかみしめる。すがるように握った手のひらの力を緩めた。「バレーじゃなくて、あたしを選んでくれたらよかったのに」――ほんの一部を切り取って空気に乗せた。言わなかったのは、彼にとって本当に大切なものを、都築が信じていたからだ。)――月島、の、ばあーーか!(そっと手を放し、今度は彼の胸板に手を当てる。とん、と軽い力で彼の胸を押した距離をとるようにして、俯けていた顔を上げる。高校に入って出会った演劇。失ったものを埋めるかのようにのめり込んだそれ。まだまだひよっこの自分は大女優には程遠いけれど――不肖・都築円佳の、ここ一番の大舞台だ。涙にぬれた表情を笑みでかざる。震える声はきっと神様だって見逃してくれるはずだ。)あたし、月島なんか、好きじゃない。すきじゃ、なかった。(声が震えた。呼吸が詰まった、言っている途中でぼろぼろ涙がこぼれて落ちた。嗚咽が零れて、真白の病室にこだまする。舞台に立っていったらブーイング待ったなしの、あまりにもひどい大根ぶりだ。それでも、意地でも台本からははずれない。これが今の自分に出来るせいいっぱいだった。)月島なんか、バレーでも、全国でも、いっちゃえばいいもん……!(うえええん、と子供のように泣き出した。「ずっと応援してるもん……」と儚く続いた言葉だけが、台本から外れた本音だった。) |
Published:2019/07/16 (Tue) 23:18 [ 32 ] |
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