雨夜の月
--糸引く雨と恋模様--

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(二人で進んだ道の先に。)
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宮侑
(宛てがわれた病室は白い箱庭のようで、葬送のための待合室のようでもあった。白――清廉なる色を見て、斯様なる思索を巡らす所以は、男の主観にあるのであろう。医師より病名を伝い聞かされ、根治は難しくとも症状の進行を少しでも遅らせるための入院への承諾を求められた時には平素顔に貼り付けられる軽妙な笑みは消え失せていた。二兎を追う者は一兎をも得ず。ならば、一兎を選んでみせよ。排球なる輝かしき目標を前にした時点で唐突に突きつけられた残酷な神よりの問いかけに、絶望に似た心地を覚えることはあったけれど、さりとて、選択に際して悩むことはほぼなかったのだから、己の底意地が透けて見える。それでも、ずるずると、世界が狭まるのを感じながら数日を徒に過ごしたのは、手放しがたきを感じていたからだろう。要するに、聞き分けのない子供の主張と同じだった。)……、久しぶりやなぁ、奏ちゃん。(昨晩、片割れが見舞いに来た際に男は自らの携帯端末を差し出し、少女への伝言を送るよう指示を出す。「明日、17時頃、学校終わったら見舞いに来て欲しいねんけど。」内容は簡素で、特にスタンプを押すような気遣いもなく。暗転させた携帯を差し出す片割れの気遣わしげな視線には気づくことが出来ぬまま、その夜は静かに幕を下ろした。そうして、約束のとき。男の瞳は最早意味を成さず、物音のみを頼りに視線を向け、言葉を紡ぐ。青紫の瞳に、少女の姿が映っては、きらり、と美しく輝いた。)……、よう見えへんくても、奏ちゃんが居るって思うと嬉しいもんやなぁ。これが惚れた弱みってやつなんやろか。(視線は一度シーツへと落ちて、唇からは笑気が零れる。賢い少女のことだ。これまで散りばめた好意と恋情の欠片から、きっと、己が誰を好いているかなど当の昔に気付いていよう。傲慢な思索はこんな日にも現れて、もう一度少女が居るだろう位置を見た。)知っとったと思うけど、俺、お前のことめっちゃ、世界で一番、好きやったよ……和奏。(初めて呼ぶ響き。最初で最後。この身を焼き付くさんとする恋情を声に乗せて、けれど、願うは二人の未来では無かった。君は、いま、どんな顔をしているんだろう。笑っている?怒っている?泣いていないといい――滴る涙を拭うことは今の男には出来そうにはないから。静かに願いながら、男は泣き笑いの様相で、愛しい人の名を呼んだ。)
Published:2019/07/08 (Mon) 09:24 [ 7 ]
ずっと一緒に歩けたら良かったのにね。儘ならないなぁ、人生
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小戸森和奏
(その病について知った時。美しくも残酷な病が果たして彼に何方を選ばせるのか、本当は気付いていた。本来であれば、自分から告げるべきなのだろうことも。彼を想うなら、真に正しい選択をするべきだ。頭で理解していても、どうしたって感情が伴わなかった。まるで子どもだ。“もしかしたら”“奇跡が起こるかもしれない”ありえない希望を探し求め、両手に抱えた想いを捨てる覚悟が出来なかった。立ち竦んでしまってから数日経ったその夜、届いたメッセージを見てもすぐには返答を返せなかったのも、まだ決心がつかなかったためだ。頷きたくない。会いたくない。)……でも、そんな事、言ってられないよね。(「わかった」と簡素な返答を送信しては糸が切れた人形のようにベッドに倒れ込む。我儘を言うのは今日が最後。彼とのトーク画面を開いたままの端末を強く握り締め、目を閉じた。――そうして迎えた朝は、憎らしい程の晴天であった。彼がいなくても平然と過ぎていく一日は余りに退屈で味気無く、彩に欠けた時間。それでも、放課後が来るのが怖かった。教師の声を聞き流し依然空いたままの席を盗み見ては、目の奥が熱くなる。――私が、罹れば良かったのに。もう何度呟いたか知れぬ独り言を胸の内に零したなら、普段よりもずっと白地の目立つノートの上でぱきりとペンシルの芯が砕けた。)……ほんとにね。この間は、すっぽかしちゃってごめん。(約束の時間に病室のドアをノックする。静かに室内に足を踏み入れたなら、視線の先にあった輝きに息を呑んだ。よく知る深い琥珀色とは全く異なる、まるで夜明け前のような青紫。けれどその美しさの代償として、彼の視界は夜闇に捕らわれている。音を頼りにしている様子にその事実を再認識すれば、思わず強く指先を握り込んだ。)……ッ、…………ばかじゃないの。(何時もの茶化した物言いでは無い、心からの言葉。誤魔化しも撤回も無いそれに、友人としての境界線が掻き消える。咄嗟に返した憎まれ口の語尾は微かに震えていた。彼の想い人が誰か確証は無く、けれど材料は十二分に揃っていたしきっと自分だと確信していたからこそ、やはりとすら思わなかった。それでも、聞き慣れた、けれどいつもよりも弱々しく聞こえる笑い声に胸の奥が握り潰されるようで、たった一言返すだけで精一杯。俯きたいのを堪えて一歩踏み出した。手を伸ばせば触れられる距離で視線を交える。一瞬たりとも見逃さないように、彼を網膜に焼き付ける為に。)……知ってる。(スカートの端を握り締めた。小さく息を吸い込んで、なるべく平淡に言ってのけるけど、瞬きした拍子にじわりとその相貌が滲んだ。)知ってるよ。……けど、過去形って事は、……“そういうこと”なんだよね。(口角を吊り上げる。乱雑に手の甲で目元を擦って、一呼吸ずつ置きながら。震える唇を必死に動かして、何でもない事の様に言葉を紡いでいく。)……そっちも、知ってたと思うけど。誰よりも、一番、………わたし、侑のことが、大好きだった。……バレー馬鹿なあんたが、好きだった。 これから、大事な大会あるんでしょ。入院なんてしてる場合じゃないじゃん、……ッ、私なんか、忘れて……が、んばれ。(情けなく濡れて震えた告白。それでも辛うじて笑みを模った唇は仄かな明るさを声音に纏わせた。彼の未来を照らすべく心に刃を突き立てて。終わりにしよう、この恋を。)
Published:2019/07/09 (Tue) 22:53 [ 13 ]
失敗は成功の糧やっけ。次は、上手くやらんとあかんな。
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宮侑
(玉眼症。その病のトリガーは「初恋に落ちること」であると云う。斯様なる医師からの説明を受けて、真っ先に抱いた感情は「ならば、なぜ、今更。」というものだった。冷静さを欠いた男の相貌は平素の軽薄な笑みを張り付けた化かし合いが得意な狐のものとは程遠く、心に蔓延る猜疑を色濃く映していたのだろう。医師は、促されもしないのにこれまでの玉眼症の症例を統計的に説明する。これまでの症例に照らせば、初恋に落ちた直後に症状が現れるものもあれば、思い人を得てから少なからずの時間を経て発症する例もあった。宮の場合は、後者であったというだけの話、と。未だ、解明されない奇病である一方で、トリガーが「初恋」であるということは確固たる事実であると、そう告げる言葉は絶対の自信に溢れていて、専門家の言というよりも、経験者の言の重みが見て取れた。初恋が原因。裏返せば、この思いを抱くことが無ければ、今頃、体育館にて片割れとともに飽きもせず排球を追いかけられたということだろう。それでも、少女に恋をしなければよかったとこの恋を悔いたことはなかった。少女に恨みを抱いたことも無ければ、当然、己が代わりに少女が罹患すればよかったのに何て物騒な発想を抱くことも一度だって。)――ん? ああ、気にせんとってええよ。あの日は、来てもろても俺、たぶん、逢われへんかったし。奏ちゃんから連絡きとったのに気付いたのも随分後やったから。(少女の謝罪の由にすぐに気づくことができなかったのは、男が紡ぐ通り過日は他者を気にかけ、慮るまでの余裕を持してはいなかったから。絶望の淵に孤独に立ち、暮明ばかりが青紫色に映えていた。ひら、と手を振る所作は先日までと変わらず軽やかに。少女の心に負担を強いぬように、口吻までも軽妙に――等と、余裕めいた態度を貫けたのも、この日捨てなくてはならない思いを吐露し、少女よりの言を賜るまでのこと。ひとつ、はらりと落とされる心からの二文字。ふたつ、少女によって詰められた二人の距離。みっつ。おそらくは男の意を介してのことであろう震えた声色で紡がれる「過去の」話。”そういうことなんだね。”と物わかりの良い言の葉は、己にとって都合の良いものの筈なのに言い知れぬさみしさを連れてくる。)やって、過去形にする他ないやんか。(己へと鼓舞を紡ぐ少女の言とは裏腹に、男の相貌からは笑みが消え、くしゃりと崩れた。斯様に情けない姿を晒すまいと視線はシーツへと落とされて、ぽつねん、と言葉が落ちる。)バレーもできんくなる。だからと言って、お前のこと幸せにすることだってでけへん。誰も幸せにならん想いなんか仕舞いにする他ないやんか。なあ。(天秤にかけたとき。まず一番に排球の存在が思い浮かんだことを男は否定はしないだろう。さりとて、それだけではなかった。恋を選んだとして、その先。盲目となった男が如何にして少女に幸せを齎せようか。この手で愛しい女を幸せにする自信がちっとも沸いてこなくて。だから、)下手糞も、中途半端も嫌いやねん。やから、仕舞いにしようと、思ってん。和奏。俺にとって大事だったんは、バレーだけとは違うって、それだけは勘違いせえへんでな。(己の幸せを願う愛しい少女へと、さいごの我儘を紡ぐ。)
Published:2019/07/10 (Wed) 19:41 [ 15 ]
うん、有名だよね。……次って?
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小戸森和奏
(口調も、仕草も、全てよく知る彼のまま。唯その瞳ばかりが見慣れぬ色に染まっている。一度視線を絡ませたならそのまま惹きこまれそうな美しさは、また一つ、彼にあって自分に無い物となった。今になって思えば兆候は随所に見られたのに、どうしてこうなるまで見落とし続けていたのだろう。ひらりと視界を過ぎった指先を目で追いながら、想像する。その痛みを。絶望を。)………そ、っか。でもそりゃそうだよね、入院の手続きとかでばたばたしただろうし。(唯そう頷き返すことしか出来なかった。その胸の内を察する事の出来る所以を口には出来ず、そっとそのかんばせを見上げる。平気そうに言いながら、裏で彼はどれほど苦しんだことだろう。己は看護師の言葉を聞いただけだけど、当事者である彼はその仔細を知ったはずだ。この先の人生か、一時を焦がした恋情か。突き付けられた選択肢は余りに酷なもの。それでも、彼の為選ぶべきは何方か確信していたから、終わった事として紡がれた告白にだって反論することはなかった。絶望の淵に立つ彼の手を引きたい、再び前を向いて欲しい。好いた人の幸福を祈るのは当然だ、例えそれが互いの心を引き裂いてしか得られないとしても。)………っ、ぅ、……っわかってる、けど。(張り詰めていた糸が切れるように笑みが消え、その裏で握り潰されていた彼の本心が覗く。零れた涙を拭い見据えた先で視線が交わる事は無かった。切な声音は、疑いようのない彼の本心だろう。こんな事でもなければきっと、聞くことも無かったのだろう。唇を噛み、じわりと滲んだ涙が零れるのを堪えて最後まで耳を傾ける。そうして最後、我儘で結ばれたなら堪え切れずに手を伸ばした。彼の頬を両手で包み込む。そのままでも構わない、けれど叶うならば、シーツへ落とされた視線を掬う様に“こっちを見て”と指先に力を籠める。)ッ、馬鹿、大馬鹿ッ!どあほう!(星の様に煌く瞳を真っ直ぐに見つめ思わず飛び出すがままに紡いだ罵倒。心臓が捻り潰されそうで、指先は微かに震えた。それでも、言わずにはいられなかった。恋心に突き立てた刃は栓となり傷を塞いでいる。引き抜くまでは、まだ、わたしのものだ。)誰が幸せにしてくれ、なんて頼んだのよ。私の幸せは、あんたなんだよ……。侑が、傍にいてくれるなら、それだけで幸せなの……!(バレーに打ち込むあなたが好きだった。けれど、それだけじゃない。双子の片割れとじゃれ合っている姿だとか、黒板を見つめる横顔。自分よりもずっと大きな背のくせ、笑うと何処か幼く見えるところ。意地悪で、けれど優しい己を呼ぶ声。並んで歩いたあの日、分かち合った甘さも二人だけの放課後も、誰が何と言おうと少女にとって至上の幸福だ。頬に添えた手を下ろしそのまま胸ぐらを弱々しく掴む。震えてつっかえる声を何とか繋ぎ合わせ、唇に乗せた。)何が中途半端は嫌いや。 やったら、最後までバレーが俺の恋人やって顔しとけ。勘違いなんてさせとけばいいじゃん、折角、わたし………っ侑の迷惑ならんよう、良い子にならなきゃって……っ。(ずるい。本当にずるい。用意していたシナリオは、彼のたった一声で塵と化す。二人で幸せになりたかった。貴方の幸福の一欠けらになりたかった。終わらせたくなんて、ない。声に出せない我儘の代わり、少女の嗚咽が室内に響く。)
Published:2019/07/11 (Thu) 23:49 [ 21 ]
あほ、おま.......そんなもん。察しろや、ニュアンスで!
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宮侑
おん。医者も教師も「先生」っちゅう奴は、なんであないに説明が下手なんやろな。訳分からんことばっか言われたわ。(ふは、と乾いた呼気を吐く。少女に同意を求めるかのような旋律ではあったが、実際、少女よりの回答はどちらでも良かった。思索は循環するかのよに同じところを廻り続け、その度に男の心を抉り取っていく。少女と言葉を交わし、久方ぶりにその――随分と曖昧となった輪郭であったとしても――愛おしい姿を映じてから、疼痛を訴え始めた瞳を認識すれば、はらりと散る恋の花弁がまなうらに映し出された。己が選択の正しさは揺るがない。さりとて、正しいことを選んだからと言ってそれ以外の全てを瑣末なものと切り捨てられる程大人でも無かった。我儘で傲慢な少年は、終局に立って初めて、これまで隠し続けた弱さを晒す。逆接の後、まず感じ取ったのは両の頬を包む温もり。その持ち主は誰かと思案を巡らすまでもなく、愛しい少女のものだ。引き寄せられるままに視線は上方へ注がれて、白より転じた世界には栗色に輝くふたつの宝石が座していた。瞬き、後、耳朶に触れる強い声。その声音が少しずつ掠れていって、頬より離れた温もりは男の胸元に行き着き、襟元にくしゃりと細かな皺を刻んだ。)……頼まれな、幸せにしたいって思ったらあかんのか。(襟元を掴む少女の指先を解くような所作の後、避けられなければ、その華奢な手首を掴む。言葉の終点と同時に、きゅ、と握った力はもしかしたら痛みを与えてしまうかもしれなかった。)好きな女を幸せにしたいなんざ、男として当たり前の感情やろ。それが生まれて初めて好いた女やったら尚更じゃ。(声量が増した。青紫の瞳は、真っ直ぐに少女へと向けられて、心に居座る感情の全てをあらいざらいぶちまけた。)そこに相手の想いを汲むような余裕なんてあらへん。そんくらい、お前のこと好きなんやから、仕方ないやろ。……、お前の方こそ、迷惑とか、巫山戯たこと抜かすな、ボケ。(瞳から光が失われる度、言い知れぬ恐怖に苛まれた。けれど、それを少女のせいだと、思ったことは一度だってない。この感情を抱かねば良かったなんて、ただの一度だって。)勘違いされたまま、それでいいって終われる程度の感情な訳ないやろ。(ど阿呆。と、今度は少年が少女へと罵詈を紡ぐ。理性と本能と、恋情と不安と、絶望と痛みが綯い交ぜになって、心は制御不能一歩手前だった。)けど……それでも、――俺は、どうしたって、バレーを捨てることもできへんねん……なぁ、和奏――両方手にしたいなんて思ったことは、そんなにあかんことやったんやろか。(助けを乞うかのようにか細い声が、少女の耳朶に触れては消える。)
Published:2019/07/14 (Sun) 02:34 [ 28 ]
えー。分からんなぁ。言葉にしないと、ねぇ?
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小戸森和奏
いや、単純に……聞き慣れない言葉とか多いから、理解するのに時間がかかるってだけでしょ。先生はちゃあんと分かりやすく話してくれてるはず。(思わずそう反論してしまうのは、「先生」という単語に対し黒板の前に立つ教師の背中が浮かんだから。加えて、言い返せるような他愛ない話題となれば、何時もの二人らしさをも取り戻せる気がして。とは言え、少し前ならば「勉強不足じゃない?」なんて煽りを付け足せたであろう台詞がそこで途絶える辺りまだまだ調子は取り戻せていない証だけれど。空調の利いた真っ白な部屋。真っ白なシーツ。飾り気の無い室内着。――どれもこれも似合わない、と。素直にそう思った。熱気に満ちた体育館で、黒衣を纏って駆け回る姿が脳裏を過ぎる。コートの中で、己が知る限り最も楽しそうに笑っていた彼を、頂点を見据えた強い眼差しを、美しい青紫色の向こうに描き出しては奥歯を噛み締めた。この恋を捨てる事、それが今、自分に出来る最も正しいことだと理解している。それでも、初めて触れた熱を。重なった視線を。愛しいと思う気持ちが溢れてやまない。隠し事の上手な彼が見せた弱さを、抱き締めてあげられたなら良かったのにと、思わずにはいられない。)誰もそんな事言っとらんやん。(彼の服を掴む指先から力が抜ける。解く様な仕草に抗う事も、掴まれたその手を振り解くこともしなかった。重ね合わせれば一回りも大きい掌は、容易く手首をぐるりと掴んで繋ぎとめる。その力強さに思わず眉を顰め、小さく息を漏らすけれど言葉を発する事は無かった。這うような低音が、視線を向けられると同時に大きくなる。荒々しく紡がれる言の葉に心がきゅうっと締め付けられて、ぽろぽろとまた幾筋もの雫が頬を伝う。幸せにしたい。当たり前だと言い切る強さに、手離さなくてはならない筈の恋情が質量を増す。細く情けない嗚咽ばかり漏れる唇は涙に濡れて、何か言おうにも思う様に声が出ない。一度引き結び、強く唇を噛むけれど、それでも少女の声は小さく震えた。)もう、十分、幸せにしてもらってるわ、ばか…。今この瞬間だって、しんどくてしんどくて仕方ないのに……っ、あんたの本心、やっと聞けた、って、……あほみたいに嬉しい…!(無論こんな風に言い合いたかった訳ではない。二人それぞれが夢を追いかけた先で、何の代償も無く、満を持して伝え合えると信じていた。けれど先程のように、綺麗に纏められ終わらせたのでは無いそのままの言葉が聞けて良かったとも思うのだ。)………ッ、侑の方こそあほや……。(露わになる。幾重にも鍵がかけられ、隠されていた彼の心。少女を切り捨てるなど容易いものだろうと思っていた。比べるまでも無く、きっぱりとは行かずとも割り切った後の傷は浅かろうと。今まで聴いた中で一番小さい彼の声へ、そんな訳無いと頭を振った。)本当に駄目な事なら、世の中の半分以上があんたと同じ、綺麗な目になってるよ。……だめなことな筈、ないよ。………多分、侑はバレーの神様に愛されてん。才能あるし、学校一のイケメンだし。与え過ぎたから、差し引かれたんじゃないかな。(天は二物を与えないし、二兎を追う者は一兎をも得ない。才能あふれる彼を愛したのが神様だとするならば、きっと嫉妬したのだろう。排球に注ぐ以外の心を向けられた少女へ。そうでも思わないと、堪らない。手首を掴む彼の手に自身のを重ねたなら、彼の名前を呼んだ。優しく、丁寧に。愛を込めて。)――……侑。 大好き。こんな風に、人を好きになる気持ちを教えてくれてありがとう。……好きになってくれて、ありがとう。(出逢えて幸福だった。世界が輝いて見えた。貴方の事が眩しくて、愛しかった。それは紛れも無い事実だから。)……ずっと応援してるよ。バレー、頑張れ。(――どうか、己に与えられた分だけ彼にも幸福が降り注ぎますように。再び彼が、光り輝く舞台に向かって走れますように。一番近くの特等席を立った少女には、その背中を後ろの端で見守っている事しか出来ないけれど、せめて誰よりも強く願う事を許してほしい。)
Published:2019/07/16 (Tue) 22:32 [ 30 ]
奏ちゃんは鈍感ちゃんやからなぁ。…来世に期待っちゅうことや!
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宮侑
(思い返せば。少女のやさしさに甘えてばかりの日々だった。好意や恋情をちらつかせるくせ勿体ぶって、少女からの想いに気付いていながら素知らぬふりを貫き通す。けれど、心が物欲しさを感ずれば、戯れに染めた指先や視線で少女の姿を追って、青き春を自分勝手に堪能するばかりの日々。そうして、斯様なる甘えたな性分は、今このときも少女が前に晒されていた。堪え症のない性情が、少女の言の葉を皮切りに男の未熟な面を赤裸々なものとする。コートの上であれば咄嗟に、そして、器用に的確にしうる状況判断すら難く。この状況を転じさせるために必要なものは何一つつかむことができなかった。暗闇が広がる世界の中、ぼんやりと描かれる輪郭の少女――涙に濡れる声を聴きながら、上手くその表情を想起させられぬのは、少女が泣いた姿を一度だって見たことが無いからだ。男の纏う衣を握る指先より、するりと、力が抜ける。代わり、触れ合うこととなったその肌は潤いに満ちて瑞々しく。ささくれの一つ見当たらぬ指先は細く滑らかで、簡単に包めてしまうその華奢な掌に性差を感じさせた。平素であれば、その挙動や表情より、力を加減することだって出来ただろうに――視えないことは、斯様に簡単な判断すら鈍らせる。恋は盲目。ゆえに、いとおしい女の所作一つ汲み取れやしないなんて、なんと滑稽だろうか。耳朶に触れるか細き声音。次いで手首に降り注ぐは、温かく優しくもどうしようもないほどに悲しい心の欠片だった。)………、……お前は欲が少なすぎやねん。知ってもらうんやったら、もっと……――(男の心に触れられることができたことのさいわいを語る少女の口吻に、男は一度青紫の眸子をまあるくしよう。その後、時間をかけて紡がれた言の葉を咀嚼すれば、嚥下と同時に、は、と短く呼気をこぼした。その頃には、男の相貌には淡い笑みすら形作られる。呼気は笑声には至らずも、笑気を帯び、心すら先刻までの荒天より転じ、凪いでいた。道しるべとなったのは、少女の声音。少女の旋律。行き先を定めし羅針盤の針は、青紫に輝く少女への恋心であり、少女からの優しい感情だ。空いた手を少女の頭があるだろう位置へと差し伸べる。随分と暗闇に包まれた世界ではあるが、未だ、輪郭程度であれば察することが叶うから、惑うことも、迷うこともせず、指先は少女の髪をそっとなでるだろう。)差し引いて、一番大切なモン持ってくんやから、神様っちゅうのは、大概性悪やな……、けど。お前と逢えたんも、神様のお陰っちゅうんなら、トントンやろか。俺な、――こんなんになっても、お前のこと好きになったこと、後悔したことないねん。和奏と逢えたこと、人生で一番の良いことやって思ってるんやで。大概やろ。(そうやって、己の手を握る少女の指先に応えるように、今度は少女に痛みが走らない程度の力をそっと込めた。その存在を確かめるように、言葉以上にいつくしむ様に。耳朶に触れ行く少女の言葉は、やさしさに溢れていて、心の柔らかな部分をそっと撫でていく。呼ばれた名は、至高の響きを帯びていた。初恋に終止符を打つのが、感謝の言葉だなんて本当に。なんて――)和奏。(応えるように、男も少女の名を丁寧に奏でる。屹度、もう二度と奏でぬだろう、世界で一番いとおしい三文字を。これから手放す恋心すべてを以て、優しく、柔らかく、結ばれぬ恋にせめて最後に色を添えるように。)お前も、ちゃんと幸せになり。いい女なんやから。(たとい、この縁が結ばれぬとして、男と少女を結ぶ糸の色が赤ではなく青紫の其れだったとして、今この時ばかりは紛れもなく二人の心は繋がっていた。この後の人生において、男が再び恋心をその胸に抱くことはあるだろう。けれど、少女を超える存在は決して現れぬ。結ばれぬ恋でも、実りは確かにあったのだ。青紫のひかりはいつだって男の中で輝いて、少女の姿をまなうらへと映し出す。小戸森和奏。男の人生に於いて唯一無二の導となる、恋や愛を超えた先に坐す幸せの名だ。)
Published:2019/07/23 (Tue) 10:01 [ 38 ]