どっちかなんてもったいねえこと言わんでもよ、
どっちも手に入れればいいべ。
そのための努力は惜しまねえ。
どんな大変なことだってやってやる。やり切ってやる。
だって、バレーもお前も、どっちも大事だ。
……それなのに、……どっちかじゃねえとダメって、なあ。
……どういうことだよ。
Character
岩泉一は、紛れもなく青葉城西高校排球部のエースである。「他校ならばどこでもエースになれる」と謳われる実力者たちが集う青葉城西高校にて背負うエースの名は伊達ではなく、パワー系スパイカーでありながらテクニックも併せ持ち、時に繊細な打ち分けだってして見せる――バレーボーラーとしての実力は申し分のないものであろう。特に、長年の幼馴染である主将・及川徹とは抜群の連携を見せ、そのプレーの完成度は阿吽の呼吸と称されるほど。然し乍ら、岩泉をエースたらしめるその本質は、岩泉一という人間の精神的な強さにある。岩泉は自らの信念を曲げることはなく、一度決めたことをやり通す強さを持った男だ。筋の通らぬことを嫌い、義理堅く人情に篤い。その唇は時に乱暴すぎる言葉を吐くが、決して嘘や惑いは紡がない。唇を割る言葉たちは真直ぐな正しさをはらんだものばかりで、それは時に他者を抉る刃にもなろうが、岩泉本人のさっぱりとした気質故か、時折見せる少年のような子供っぽさ故か、ともあれ友人は多い方である。対幼馴染に対しては理不尽な乱暴さが目立つものの、岩泉単体ではそれほど騒がしくしていることはなく、どちらかと言えばおとなしい方。粗雑に見えて存外気遣い屋であるとは、クラスメイトの談だ。さて、己にも他人にも厳しい岩泉は、そのストイックさに裏打ちされた自信ゆえに、時折驚くほどの傲慢を垣間見せる。二兎を追う者は一兎をも得ずなんて言葉があるが、それはたゆまぬ努力によって変えられる未来だと信じてやまぬ男である。そんな岩泉が残酷な運命によって二者択一を迫られた時に選ぶ回答は――きっと、神のみぞ知ることだ。
Daily
(それは麗らかな日差しが心地よい春の午後のことである。進級して早々の教室内は、新学期特有の浮ついた雰囲気でみたされていた。そんな中、幸いにも窓際の席(生憎出席番号の都合上前から二番目であるが)を手にした岩泉は、ほのかに暖かい日差しをうけてくぁ、とあくびをひとつ溢していた。春の日差しは心地よい。うつら、うつらと意識が夢とうつつの狭間を漂う。)んあ?(そんな岩泉の意識を浮上させたのは、つい先ほど購買から席へと戻ってきた同級生だ。男子高校生はよく腹が減るので、別にひるやすみじゃなくとも購買に行く輩はおおい。「なあなあ、岩泉、さっきそこで及川が告白されてたぜ。付き合うのかな」と紡ぐそれは明らかに面白がっている様子だった。)さあな。幼馴染っつっても四六時中一緒ってわけでもねえし、んなこと俺が知るわけねえべ。(呆れ眼で振り返ってやると、「そうだよなあ」とへらへら笑う同級生と目が合う。そして、笑みをかたどっていた彼の瞳が静かに岩泉のつりあがった瞳を捉え、ふと思いついたと言わんばかりに首を傾げた。「岩泉は彼女つくんねえの?」)………、彼女なあ。(――思い浮かぶ顔がないと言えば、嘘になる。恐らく自分には、好きな人がいる。もうずっと、好きだと気づいている人が。そしておそらく、うぬぼれかもしれないが、少なからず向こうだって己のことを憎からず思ってくれているだろうと気づいている。互いが両思いだと気づいていながら、それでも動かぬ理由はただ一つだった。ほそく息を吐きだす。ガシガシと固い髪の毛に覆われた後頭部を掻いた。)べっつに、俺は及川みてえにモテねえしよ。それに、俺、今はバレーでそれどころじゃねえから。どっちつかず、みてえになったら相手の女子に悪ィだろ。やるなら何一つ中途半端にはしたくねえし。(それは真実、岩泉が心から思っていることだった。「うわ、ストイックだな!」とはしゃぐ声はからかう色をはらんでいて、「ウルセーよ」と苦笑しながら返してやった。ちらりと窓の外に目を遣ると、体育なのだろうか、ちょうど思い描いた彼女の姿が目に入る。春の日差しに照らされたグラウンドが、どこかきらきらと輝いて見えた。瞳を細める。)………大事にしてえだろ。(ぽつりとつぶやいた声は、小さな小さなもの。だれの鼓膜も揺るがすことなく、ひっそりと、教室の喧騒に溶けて消える程度のものだ。ツキン、と瞳の奥が、人知れず痛んだことに、岩泉は気づかない。そして次の退屈な授業を終えたならば、告白されたと自慢気な幼馴染と共に、教室を出て、あわよくば彼女と言葉を交わそう。人知れず終わりが近づいている、つかの間の日常を楽しむために。)