惚れた方が負けだなんて、よく言ったもんだよね。ほんと参りました。
……というわけで俺はもうとっくに白旗振ってるんだけど、
そっちも素直になってくれてもいいんじゃない?
夢中にさせた責任とって。ね。
Character
松川一静という男が個として注目を浴びることは少ない。輝かしいキャリアがあるわけでも無ければ強烈なスパイクやサーブといった武器を持ち合わせているわけでも無いからだ。しかしながら、最上級生としてこれまで積み上げて来たものは確かであるし、その実力はレギュラーとして恥じないもの。頭の回転が速く、観察・分析における能力値が高いことといかなる場面でも冷静さを失わないのが強み。同年代よりも大人びた風貌に感情が顔に出にくい性質が相まって、黙っているとその威圧感は部内一と言えるかもしれない。しかしそれはあくまで見た目に限った話。老け顔だの制服が似合わないだの言われがちながら好物はハンバーグ、軽口は煽りふざけた茶番には乗ってなんぼ。中身は周囲と何ら変わりない、唯の普通の男子高校生なのだ。日々の優先順位は部活に寄せつつも、本分である学業を疎かにする事は無い為成績はそこそこ。勉強、部活とバランスを取りつつの充実した日々だったがしかし、その均衡が今まさに、たった一人の少女のお陰で崩れかけているとはチームメイトにもまだ秘密。しかし、あくまで同級生としての距離感で、けれども意識してその人へ接触を図っている為か「まっつんさ~最近あの子とよく話してるよね」と目敏い主将からいよいよ指摘を受けるように。ばれるのは時間の問題ともいえようが今はまだ飄々とした様子でアヒル口を尖らせ惚け続けている。
Daily
彼女?(教師不在の自習を良いことに程良く騒めく室内、そこで繰り広げられる話題の大体は色恋沙汰に収束すると言っても過言では無い。課題として出された問題は友人と協力し合って粗方解き終えた。それで気が抜けたのだろう、引き続き別教科の勉強をするでもなく、机を突き合わせたままだったそのクラスメイトが投げ掛けてきたのはそんな「恋人」に纏わる質問だった。)お前ね、最近自分に彼女が出来たからそれ自慢したいだけだろ。(惚気に付き合う義理は無い。教科書を捲り、予習でもするかとシャープペンシルを握り直した松川の淡白な対応にブーイングが飛ぶ。簡単に引き下がるつもりはないのか、「バレー部モテるじゃん!」「何で作んないの?」と追及の手は緩まない。勉強しろよと言っても聞く耳持たず、なんでなんでと繰り返すその人へ故意に大き目な溜息を吐いたなら、ペンを手放し頬杖をついた。)いやそりゃ、作れるものなら作りたいけどさ。流石にこればっかりは俺一人でどうにか出来るモンでもないでしょ。向こうさんの気持ちもあるわけで。(平素突き出し気味な唇が更にきゅっと前に出る。交際に発展させるには双方の気持ちが重要なのだと説けば、少しは分かってくれるだろう、と、思ったのだけど。「…じゃあ好きな人は」「いないよ。」諦め悪く続けられた言葉に被せた否定。眉尻をほんの少し下げて見せれば、物言いたげな面持ちで、けれども口を噤む友人。今度こそこの話は終わりと、薄らと笑みを浮かべてみせる。)まぁ何よりも、俺が今はバレー一筋ってのもあるんだけどね。恋愛なんて考える余裕も無いよ。……ほら、明日の一限数学じゃん。出席番号的にこの辺お前当てられるんじゃない?(教科書の例題を指で指し示せば、「ヤベッ確かに!」と良くも悪くも単純な彼は真摯にノートに向き合うように。集中し始めたのを確認すれば自分も再びペンを手に取り自習再開。)………。(それから暫くして、黒板の上に掛けられた時計を確認がてら、騒めく室内を自然な仕草で見渡してみる。ほんの一瞬だけ向けた視線の先。密かに心奪われているその少女の様子を伺っては、『バレー一筋だなんてよく言う』と微かに口角を釣り上げた。)ま……それとこれとは別ってことだねぇ。(零した呟きは終業を告げるチャイムに掻き消される。手早く帰り支度を整えれば、通り道がてら迎えに来てくれたらしいチームメイトから呼び掛けられる。今行くと手を挙げ荷物を手に取れば、すれ違うクラスメイトに別れの挨拶を投げつつ。特別であるその少女に柔く「また明日ね」と告げれば同じような挨拶が帰ってきた。たったそれだけでもこの後の部活も気合が入ると言うもの。今はまだそれだけの関係だけれどいつかは、なんて。そんな考えが万が一にも悟られぬよう、いつも通りの平坦な表情を浮かべたなら体育館へと歩き出すのだった。)