兄を喪ったあの日よりずっと、僕は世界に問い続けてきました。『何故貴方は僕を生かしたのですか』と。
枯葉が散り、雪が積もり、蝶が舞って。……四季がひと通り過ぎ去った頃から、半ば諦めていたけれど。
僕は今、漸くその答えに辿り着きました。――……愛しています、御姉様。僕の守るべき尊い御方。
僕は……須和葵衣は、貴女と出逢う為に。貴女に恋をする為に、今日この瞬間までを生きてきたのです。

Character

すらりと伸びたしなやかな四肢に女性の平均を遥かに越えた身長、時に男性とも間違われる程の低音を響かせるアルト・ヴォイス。平素はシニヨンをサイドへ寄せた形なれど、艶めく射干玉は下ろせば腰元まで届いて。若かりし頃にはモデルとして活動していた母に似た顔立ちは女性的な雰囲気を纏うが、内面を含めて総合的に判じた時、須和葵衣と云う娘は間違い無く”少年的”だった。生まれは代々多くの医師を輩出してきた須和一族の直系に当たる家の長女にして、須和総合病院の後継者候補の筆頭。一族初の女性理事長の誕生となるであろうとまことしやかに囁かれ、一族内では将来を有望視されている身。その立ち居振舞いは紳士然としてモットーはレディ・ファースト、全ての女性は丁重に扱わ れるべきであり、又扱わねばならぬものと自らに課している。己に対してそう云った扱いをされることは厭うているが、社交の場へ出掛けた際などには避けられぬものだから、終始困った様な笑みを浮かべて。目立つ事を苦手としてはいるものの、生来持つ正義感や責任感に突き動かされて、穏やかな気性からは想像もつかぬ大胆な行動へ出ることも稀に有。――然し。中学時代の須和葵衣を知る者が今の彼女を見れば、皆口を揃えてこう云うだろう。"まるで亡くなったお兄さんのようだ"、と。花洛学園入学以前の彼女は、然して珍しくも無い普通の娘であった。高い身長と低音の声をコンプレックスとし、小柄な体躯や鈴鳴りに似たソプラノ・ヴォイスに憧れを抱いて。生来持つ気質は変わらねど、レディとして扱われれば素直に喜色を示す様な普通の娘。変化の切欠は、ひとつ年上の兄・須和衛の事故死。中学二年生の夏、兄妹が揃って所属していた弓道部の活動を終えた夕刻の事。彼女の眼前にて須和衛はトラックに撥ね飛ばされ、死亡した。後の調べで判明した事に因れば居眠り運転によるアクセルの急な踏み込みが招いた事故だ、彼女に兄が救えた筈も無かったけれど。如何して直ぐ目の前で起きた事故に、全く責任を感じずにいられようか。『 何もできなかった』と云う自責は軈て『何故己が生きているのか』と云う思いへ繋がり、何時しか彼女は亡き兄の代役を務めんとするかの如くその立ち居振る舞いを真似る様になった。そうして大切なひとりの死から立ち直れぬままにそのひとを演ずる傍らで、彼女は、須和葵衣は己のいのちに意味を求め続けている。何故"わたし"は生きているのですか。何故"わたし"が生きているのですか。どうか"わたし"に意味を下さいと、――切に。

First Love

積極的に恋愛をしようと云う気持ちも、したいと云う気持ちもありません。ですが興味は確かに存在しています。……貴女も、ご存知でしょう?玉眼症と呼ばれる病の事を。決して死に至る様な病ではありませんし、発症する年代や性別も限られていて……発症するトリガーも特殊ですから、急ぎ治療法を必要とするものではありませんが。医師を志す身として、如何にも気になってしまって。……ひとりの人間としても、興味はありますよ。人体を変質させてしまう程の強い想いに、身も心をも焦がされるって、どんな心地だろう。叶うなら僕も、感じてみたい。感じて、……いっそ焼き尽くされてしまいたい。それ以外の何物も、考えられなくなってしまう様に。