幸せなんてね、何処に転がっているかわからないものでしてよ。……きっかけだっておんなじだわ。
たとい恋に破れたとして、けれども其れが不幸ともかぎりませんもの。
……うふ、なんてね、世迷い言ですわ。
それより貴女…服装が少し乱れていてよ?…うふふ、直してさしあげますわ。

Character

須藤彩子の名を知る下級生からすれば、彼女はそれこそ“お姉様”じみた女であろう。長い黒髪はきちりと切りそろえられ、浮かぶ笑みは何処かミステリアス。不可思議な虹彩の瞳に吸い込まれるようだと言われたこともあったように彼女は記憶している。けれども須藤彩子が1年生の折、同じクラスであった者からすれば、彼女の変貌は驚くべきものだったのではないだろうか。真面目な根暗が服を着て歩いているかの様であった時代の彼女を知るものは、今では少数であろう。――須藤彩子は、この特別な学園において、特別な出自を保たない。今でこそ見目も雰囲気も上流階級の子女と言わんばかりのものであるけれど、中流階級というよりも一般家庭、其れも少しだけ貧しい部類に入る様な家に生まれ落ちた娘であった。時折降り注ぐ父の暴力、両親の離婚やら学費の問題から高校に通えないかもしれないという不安やら、家庭環境に些かの問題があったことは否定できない。逃げるように勉強に打ち込んだ結果、中学では上々の成績を収め、きらびやかな世界に憧れた女は教員にちらりと話を聞いた花洛学園へ、特待生制度を利用しての入学を決めた。全寮制ということもあって、大嫌いだった外界との繋がりがある程度切れるのだと、ホッとしたのもつかの間。通う生徒達と、自分自身との埋め様のない違いに酷く悩んだ日もあった――高校1年生の頃の話だ。鬱屈した内面に卑屈を引っさげて、けれども唯一の取り柄だと自認していた真面目さだけは失わぬように勉強に打ち込み続けていた。そんな折であったとある3年生に焦がれ、恋をし、破れ、今に至る。あの日優しくしてくれた人は自分を恋しい人として見てはくれなかったけれど、突き放すこともしなかった。優しいままで居てくれた。その人が卒業し、須藤彩子が2年生になった頃。新年度に登校してきた女の姿はすっかり変わって今のような、長い黒髪を靡かせて、ほんの少しくすんだ色の珍妙な虹彩を持って、ある種淫靡に笑う物となっていた。あの日あの人がそうしてくれた様に、誰にも分け隔てなく優しく接する須藤彩子は、そうして出来上がっている。

First Love

うふ、そうねぇ……お恥ずかしいお話なのですけれど、昔の私…この学園に入ったばかりの私は、本当に地味で、どうしようもない女でしたの。ですけれどねぇ、そんな私にも、優しくしてくださるお姉様がいらしたのよ。……ええ、そう。そのお姉様が、私の初恋のお方よ。地味で目立たなくて、其れこそ卑屈ですらあった私にすら、とってもとっても優しくしてくださったの。その当時はねぇ、私、愚かな女でしたから、私だけにいっとう優しくしてくださるんだわ、なんて勘違いしていましたのよ、うふふ。……好きよ、って伝えた時のお姉様の顔!うふふ、ひどいものでしたわ。でもねぇ、お姉様、とっても優しい方でしたから後輩としては大切って仰ってくださったの。それで全部悟りましたわ。道ならぬ恋のお話は、これでおしまいでしてよ。