ブーゲンビリアをあなたに

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弐.春はディミヌエンドに
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東雲華映
(あの日口にした砂糖菓子よりも甘く、胸裡に残響する鼓動はまるで毒か麻薬のよう。約束を取り付けてからのたったの7日間、彼女と重ねる逢瀬も約束事も、何もはじめてのことなんかじゃない筈なのに。運命の人。さも乙女たちの好みそうなジンクスに人知れず踊らされる稚さが、隠したくても隠しきれない上機嫌に滲んでしまえば、気難しいお転婆落第生とて随分と扱い易い日々だったろう。星を眺めては暦を数え、ひとときに邪魔の入らぬよう気懸かりとなりそうな悪行のたぐいはお休みして。彼女の隣が相応しいよう、彼女の運命として正しくあるよう。生まれてこの方覚えのない信仰心の、向かう先といえばたった一人に違いない。けれど結局我慢のきかないつま先が、逸るままにぱたぱたとはしたなく駆け出してしまって、ぴたっと揃うのは見慣れた「東路」の掲げられた一室の前。迎えに行くわ、とは言ったけれど。呼吸を整えて、ノックを数度。)おねえさま、わたしですっ!(急くこころのままに声を上げてしまってから、約束の時刻より早かっただろうかと一抹の不安がぷくりと弾けて、それ以上は紡がぬまま、彼女が顔を出すまで待ての姿勢で扉を見詰めていた。物音を感ずれば逐一、今日とて髪に彩りを添えるリボンが犬の耳よろしくピンと立つ。きらめくまなこでお出迎え。)ごきげんよう、おねえさまっ。わたし、わたしね、今日をとっても楽しみにしていたのよ!……急がせてしまった…?(燥いでその両の手を掬って、惜しげもなく笑んだ先から、遅れて礼節に欠けた所業に思い至っては、しゅんとしてまるい眸を伺い見た。落ち着きない応酬を踏み越えて、)うふふ、デートだわ。(いざ行かん、巷で噂の写真館。)
Published:2018/11/26 (Mon) 17:57 [ 10 ]
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東路茉
(花霞は目くらまし。あまりに眩い眩いと彼女のことを見つめていたからか、それとも横着して粉砂糖のついた指が目許を拭ってしまったか。何にせよ日常の一時の中で大して大事と感ずるまでもない微かな痛みは、まなこを静かに蝕んでいる。しかしながら自覚はない。今日も少女は甘いものと可愛いものが大好きだった。)まあ、誰かしら。(“わたし”なんていっぱいいて分からないわ。くすくすと意地悪がとぼけた調子でつぶやくものの、爪先も視線も自ずから扉へと向かい、刹那の間は瞳を閉じて呼吸を止めた。まなうらの彼女は笑顔と期待に満ちている。きっとこの先で待つ本物も同じなはず。同じなら嬉しい。だって私も、そうだもの。)わあ、一段と元気ね、良かった。ごきげんよう、華映ちゃん。(今顔を出した朝日みたいにぱぁっとあかるく、跳ね回りそうな溌剌さにぱたたと瞬きをしてくたくたに煮込まれた林檎みたいな笑顔を向けた。くるくる変わる表情に追いつけないから、あれ?なんて小首を傾げつつも、勢いのままされるがままだった指先は丁寧に繋ぎ直した。離れるつもりは毛頭ない。)二人っきりのでぇと、だものね。(ふふふ、と勿体ぶって溜めるように宣った言葉は、擽ったく細まる眼差しが彼女を捉えながら。過日の誘いを思い起こせば、嬉しい誘いに一も二もなく頷いたけれどその実噂程度の知識は微々たるもので、改めて彼女と行くために知ろうとしたお話では──)お稲荷さん、ミルクホール、蔦の絡む“ようかん”──…とってもお腹がすくわ。(ことことブーツの足音は子気味よくかろやか。言葉の意味を取り違えて、敢えて辿るは食い意地ばかりの発想に正直な口唇。自ら結ってたわみのある三つ編みは東路の緩みがちの佇まいの証左であり、それでも絶対に忘れない風呂敷包みのふくよかな丸みは本日のおやつだ。待人が来る前に用意周到、待ち焦がれる時間を挟めるのは大抵彼女の時だけで、お陰で早々と多くふたりになれる。時間は少し早いから、先ずは約束の写真館へと足を向けるけれど、)華映ちゃんはお散歩は好き?私は、お休みしながら歩くのが好きなの。(稲荷神社の鳥居の向こう、木漏れ日が降り注ぐ境内を指差して笑った。「日向ぼっこがはかどりそうよね」あまりに呑気な東路の歩みが、はたして散歩の体を成すかは別として。)
Published:2018/11/28 (Wed) 09:34 [ 11 ]
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東雲華映
(幾度の出会いを経たって、性懲りもなく咲き零れる花を想起させる顔ばせは、今日とて心悸に逸るままご機嫌を描き出すばかり。有り触れた御挨拶の常套句だって、なにより尊いひとときの始まりの合図と代われば無二の福音として耳朶を揺る。あまいあまい笑みに殊更浮かされて、時おり当の彼女さえ置き去りするに難の無い性分は、けれど自ら齎したぬくもりが返されるように結ばってしまえば途端忘れ去られたしおらしさを宿す有様で、駄目押しの声色に瞬間の硬直。ああ、心の内側が忙しい。)……めいっぱいひとりじめしてくださいな。華映のこと。(蕩けるよな心ごと明け渡して、口にする心積もりは然しながらお互い様のそれだ。不思議な洋館、写真館。運命の相手と撮ったのなら、とびきり綺麗に映るという奇術の写真。そんな迷信がなくとも、この眸にはいつだって、その姿はいっとううつくしく映じられてるっていうのに。さてその判別はつくのかしらと、甚だ春めいて色惚けた思考をあそばせながら、繋いだ手を揺らす傍らに惹かれる視線を彼女へ向けていたけれど。)ふ、…ふふふっ。おねえさま、朝ご飯は食べていらして?まるでおねえさまと居るときのわたしみたいなこと仰ってるわ。(戯けて震わす笑声に溶かすは即ち概ね同意の旨である。「お昼はお稲荷さんかしら?」、さも思案げな指先を顎先に添え神妙を形作っては、無計画の旅路も忽ち光彩に染まってゆく。)お散歩?大好きよ!何にも捕われない自由な時間だもの。(さて少女の称す自由とやらが、身から出た錆に等しい柵を放棄した先の束の間の安寧と等号するは連想に易いが。穏やかに凪ぐ視線の先を飴色が追い掛けて、はた、と瞬き。)とってもおねえさまらしいわ?一人のお散歩よりもずっと、おねえさまと一緒に過ごす静かな時間がいっちばんすきっ。(手放しで懐いた犬のように、見えない尻尾をぱたぱたと振るみたいに爛漫とした面差しで、示された指の先へと繋がるままの腕を引いて誘う。)ね。せっかくだもの、お参りしましょ?(彼女の希求を満たしたがる口吻に、据えるは変わらぬ貪欲だ。)
Published:2018/11/29 (Thu) 15:32 [ 12 ]
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東路茉
あらっ、忘れちゃいけないわ!いつものおやつは、私のためのおやつよ。(食いしん坊は筋金入り。あくまで“お裾分け”の体をして半分こをするおやつの時間は、一人では多すぎる量を用意するに至る理由こそ秘密だ。「ただ偶然、華映ちゃんの好きなものを持っていたりするの」悪戯っ子の得意げな顔は、彼女との往来の邂逅を心待ちにしている裏返し。口実も約束も最早“会いたいから”ってそれだけで済んでしまうと察しつつも、お手紙に乗せる誘い文句も面と向かって紡ぐ口説き文句さえ、恋心を寄せる想いを吐き出すのに必要なことだからやめられない。)ふふふ、道草はここだけだよ(ほやんと緩んだ頬が是の返事をして、促される通りに歩みは鳥居の先へ。神社のぐるりを見つめては向かう先は少しだけ道を逸れた。繋ぐ指先は解かないまま、「うれしい、」と眦を細めつ、なぞる過日の誘い文句。)嫌いな写真も写ってくれるのだものね?華映ちゃんの好きなものが、私のことで増えるならこんなに素敵なことはないなあ。(えへへと笑う散歩道、“楽しい”を振りまく子犬の如きまぼろしを見たなら、隣ではしゃぎまわるのは容貌は随分と幼い東路の、見目通りの少女じみた風采だろう。袖を振り振り、長い御髪こそ尻尾みたいに揺らしつつ。)お稲荷さん、お揚げは甘い方が好き?それとも、出汁のふっくらしたのがいいかなあ。(護りの狐の像に「あなたは?」と問い掛ける戯れ付き。境内を辿る石畳は陽射し柔らかに、ぽつぽつと木陰の斑点模様を映し出す。柔らかな気持ちのまま、御前に立ちカランとお鈴を鳴らすのは賽銭を投げた前か後だったか。拍手をすると手を離さなきゃいけなくなるのが寂しくて、されども作法にあやかって──ええと、一礼二拍手だったっけ。もたもたする忘れん坊は人の倍は時間を掛けつつも、祈りは静かに唱え終え、顔をあげる時には反射で隣の少女を探した。)………お写真、きれいに撮ってくれるといいねえ。(願いはどうしたって、愛しく焦がれた“運命”を信じずにはいられない乙女心が先だった。)
Published:2018/12/01 (Sat) 13:12 [ 13 ]
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東雲華映
うふふ、それならわたし、おねえさまとのおそろいをまたひとつ見つけてしまったわ。(衒いなく語られる平生の内実を調子良く自身へ結び付けてしまう悪癖にも似た前向きは、彼女のやさしさに形作られた傲慢に違いない。揃いの項を指折り数えたくなるような情操は彼女に対してしか知り得ない機微だった。付された戯れの音色にだって、)偶然?いつも?ほんとうに?(きょろりと眸をまるくして、ぽぽんと投擲する疑問符は元より返答なんて欲していなかった。その証拠に、喜々ばかりを宿す口許が、声より先にほころんでしまう。)ならそれってきっと、運命って言うんだわ!(風説の伝承に甚だ感化された言い分を、さも100点満点の回答を告げる口吻で押し遣るのは疑い知らずの無邪気さだけを孕んだ顔ばせ。放った希望をいつだって柔らかく絹の指先で掬い上げてくれる声色を知っていたから、「はぁい」なんて間延びしたお返事は、うれしさだけで出来ていた。写真だって早く撮りたいけれど、いまこの瞬間にしか紡げないふたりの時間だって何より大事だ。よくばりの胸裏を隠しもしないで、軽やかに石畳を渡る足音が二人分。その足取りは今ばかり自由自在で、きっとどこにだって行けた。年上のはずなのに、まるで同い年みたいな風情で舞い踊るかわいい人を見詰める双眸は恋しげに細められる。遊ぶような所作に倣い石像に耳を澄ませては、)まあ、大変!こちらの子はお出汁が好きで、あちらの子は甘いほうが良いって言ってるわ?(どうしましょう、なんて困ったふうに首傾げる口振りは白々しく、さてどちらも欲した強欲が昼食選びの指針と成り得るかは兎も角。お参りのお作法はついこの間母様に咎められたばかりだから、「二礼、二拍手、一礼、なのよっ」だとか横合いから自己勝手な得意顔で覚えたての知識を宣いながら、からころと鈴の音を響かせる折ばかりは静粛に。陽だまりよりもあたたかな指先と彼女の笑顔に寄り添って、願うことなんて、そんなに多くはなかったから。祈る少女の横顔を眺めるひとときはあっただろうか。美しい黒曜を迎える。ええ、って肯う花唇は言うに及ばず。)変なお顔をしていたら、10年先で笑い飛ばしてさしあげてよっ。(彼女ならどの瞬間を切り取られたってそんなこと有り得ないって盲信のもと、さも当然の未来を唄う声は滑稽だったか。)きれいに決まっているわ。わたしとおねえさまが一緒なんだもの。(例えばこの目に映るように。信じて疑わない運命へ共に、ふたたび指先をつかまえたのなら、今度こそ目的の場所へと歩き出そう。)
Published:2018/12/03 (Mon) 12:59 [ 14 ]
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東路茉
運命……それか、華映ちゃんの胃袋を掴むことにかけては、私、天才なのかもしれないわ。(ふふんと鼻高々な口振りは戯れの範疇を出ないけれど、掴みたいのは胃袋のそれだけじゃないからこその今である。自らが心をこめてこしらえる美味しい幸せはさることながら、東路茉をこそいっとう好きでいてほしいと思う願望が可愛がる指先に熱を込めて仕方がない。)うふふっ、じゃあどっちも食べてみないとばちが当たるねぇ。(軽やかな応酬に期待通りとも以上とも言える芳しい反応に機嫌よく。どちらもふくよかな香りを立たせるには違いないが味蕾がほころぶような優しい味の後に、射止めて離さないような濃い甘さの二つの策略は如何様に陥落の一手となるのだろう。少なくともまずは頃合いの美味しいお食事処に立ち寄って、果ては学び舎でのお弁当に登場するまで。)……うん、そのときの華映ちゃんの笑い顔のために体を張ったことにしよう。(ふたりの写真を未来に覗き込む穏やかな想像をまなうらに映し出して、おどける唇は調子がいいことばかりをのたまう。有難くも作法の教えは隣から飛んできたから、ぎこちないながらも神前に対して無礼を働かずに済んだこと。「華映ちゃんはいい子だねぇ。」は、東路の甘やかしが裏付けるゆるい評価に加えて、東路の前ではきちんと“いいこ”を成していた彼女の姿でもあった。悪戯っ子も駄々っ子も存じていても、彼女の真っすぐなまばゆさがいつだって東路のひかりだった。──所変わって、女二人のとろとろとした歩みの先に桃色の花弁が彩られるリースが目印としてふたりを誘う。重厚な扉はほのかな緊張に合わせてゆっくりと開かれ、中のあたたかなランプの光が出迎えた。写真館とはこういうものだったか。こんなにも心がざわつく不可思議な高揚感をもたらすものだっただろうか。何だかどうにも堪らなくてきゅ、と引き結んだくちびるからは何も出てきやしなくて、僅かな沈黙の後に「いらっしゃい」とかけられる声のたおややかさに、漸く止まった時間が動き出す。写真館の店主の噂は本当で微笑み細くなる眼差しのひかりが異国の色とも違う青であることに気付いては、ぱちりとまなこを二度三度瞬かせた。それでもお利口さんに当初の目的達成すべく始まった準備には大人しく従いつつ。──レンズが見る四角い世界の中で、繋がった手のひらを握る力は少し強めた。たったふたり、彼女とわたし。大好きが詰まったちっぽけな世界は四角く切り取られひとつの形に収まる。心臓のふちを柔らかな羽の先で撫でられるような、むず痒い衝動を抑えてくすぐったくってはにかんだ顔ばせは綺麗とはいえずとも、嬉しいをぎゅっと詰め込んだ幸せな顔には違いない。)カメラの向こうにおいしいもの、あった?(ふくふくと笑うその理由をおそろいの好きなものになぞらえたなら、返答次第ではこの先のデートの行き先も目星がつこう。さりとてきっとふたりして、"あなたがいるなら"を唱えて笑うやわらかな時間が待ち受けている筈。)
Published:2018/12/08 (Sat) 11:51 [ 17 ]