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肆.スピカが流れた日 |
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![]() 東雲華映 |
(まるで物語の王子様のように。囚われのお姫様を救えるのは自分だけだって、根拠も無い確信を使命感に挿げ替え奔走する足音の自己勝手なこと。会いに来てくれてうれしい。彼女がそう言うのなら、何度だって抜け出し月光の路を歩んだだろう。生来単純ばかりで形づくられた機微が、彼女にばかり染まり向くのは何も今に始まったことではなくて、罪滅ぼしにも似た口実を得たなら余計、咎められようと彼女の時間を欲しがった。視力の低下を現実として映じる瞬間を幾度迎えようと、胸裡を蝕む悲痛はその深度を増し行くばかりで、何に引き換えても守りたいと感ずる情動は果たして禁忌か純情か。不穏ばかりを纏っておよぐうわさ話の尾ひれと背びれを取っ捕まえて、藁にも縋る指先が手繰り寄せた手掛かりは言うに及ばず、気難しい少女の神経を逆撫でするに容易な内実であったけれど。ばら色の思い出が未だ鮮やかに息衝く夢路の石畳を駆け抜けて、過日潜った戸へは寄り道無くば記憶よりも随分早く到達しよう。呼吸を整える間も惜しんで、リースの飾り気を排した無機質な扉を叩く。出迎える二対の虹彩に相対して、今以て初めて、その呪いを解しては、はっと息を飲んだ。運命に取り組む様相で、気丈な双眸が怯まずに見据える。)……教えて。その不思議なひとみと、呪いのほんとうを。……どうしても、救いたいひとがいるの…。(はじめは喫驚を模していた、自然とは遠く幻想的な色彩を惑わせ、言い淀みながら語られるそのこたえ。)──…恋?(初恋。大切なもの。元凶と明け渡された事象はひどく曖昧で、それこそ物語のような噺だ。)なぁに、……恋、って。(硬直した心臓を確かめるみたいに、胸元へ強張った指先が皺を刻む。何もことばの意味を解さぬ訳でもないのに、呆然となぞらえた口吻はこぼれ落ちて消えていった。「ありがとうございました」、と、今更過ぎる猫を被った風情で外行きの謝辞と共に恭しく頭を下げては踵を返す。ぽつり、ぽつりと、ひとりで歩む帰路は、となりに身馴染んだぬくもりがないだけでこんなにも寒い。)…………はつ恋。(つめたい鼻先が曇天を仰ぐ。いつだか授業で触れたこと。落書き帳にひとしい書物に刻まれていたこと。遠い世界のお話で、乙女たちの空想のような単語が、彼女の胸を焦がしているのだとしたら。それが、もし、自分以外に向けられた情操なのだとしたら。)いやだわ……。(しゅんと萎んだ声色は、誰の耳に触れるでもない。考えたこともなかった。自分は彼女が大好きで、彼女も自分のことをかわいがってくれていて。小さく狭い世界にふたり、いつまでだって寄り添えることができたなら、それだけで幸いだった。そんな浅はかで、どこまでも傲慢な願いに名前をつけるのだとしたら、 ねえ、これが恋なの?)──……おねえさま…。(あなたを救えるのはわたしだけ、なんて。なんて傲慢。) |
Published:2018/12/16 (Sun) 00:01 [ 24 ] |
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