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壱.いとけなくとも戀の花 |
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![]() 東雲華映 |
(退屈とは死に至る病だ。そう長くもない人生に於いて悟った教訓のひとつが、子守唄の旋律を奏でる担任教師の呑気な顔貌を映じては脳裡を過ぎってゆく。こんな風に一様にきゅうくつな箱へ閉じ込められている間にも、健やかな花々は咲き誇る瑞々しさを擦り減らして行ってるというのに。小賢しく物知った様な双眸は詰まる所、常と据えた反骨精神のもと、授業内容の理解を放棄しては暇潰しめいた物思いに耽っていた。ノートを取る振りをして筆を走らせるのは、玉椿の捺された一筆箋。ふまじめの極み。)茉姉様へ。放課後、お茶室にて、お待ちしております……、と、("お手すきであればいらしてください かえ"と綴って小さく折って。怠惰な娘が箱庭の番犬に咎められたのが、手紙を仕舞った後で良かった。昼放課が幕を開けるなり、最上学年の階の隅へと足を踏み入れて、彼女の同級生へ「茉姉様にお渡しくださるかしら」と口先だけで畏まっては図々しく伝書鳩を担わせた。顔を見たらきっと燥いで彼女の時間の多くを欲してしまうから、記した時間にお預けだ。待ち侘びて放課後、数多の退屈を踏み越えた踵は、ひと気も疎らな渡り廊下のその奥の棟、畳作りの一室にて。乞うた姿を映じるや、)おねえさま!(暗い色ばかりを燻らせる眸子が春を憶えて瞬いて。自室の如くの立ち振る舞いで、部屋の奥へと促そう。)先日ね、美味しい玉露を頂いたの。おねえさまに召し上がってほしくて……、(なんてこれまた自室に招く口吻で事も無げに紡ぐけれど、その実、提出物遅れのペナルティに茶室掃除を宛行われたって残念な現況は問われれば衒い無く答えるだろう。ともあれ。「というのが建前。」強かな皮切りを悪戯に吐き出したら、)おねえさまのこと、独り占めしたかったのだわ。(それは常に変わらぬわがままだった。湯を沸かそうと、水場へつま先を向ける。) |
Published:2018/11/15 (Thu) 11:44 [ 3 ] |
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![]() 東路茉 |
(記憶は脳裡におさまって、あえかに胸裡を脅かす毒のようなものだ。桜の天蓋を仰いで淡桃の光景が愛らしい姿をより映えさせる。くるくるといとけない所作のひとつをとっても、麗らかな召し物の袖をくるりとひるがえすたび、ほのかなつむじ風が引き起こした花霞が少女の足もとをくらませた。学業の余白に、したたかに割り込んでくる夢うつつ。茉のちいさなお花ちゃんは今日もかわいらしい。学友より宛てがわれた便りを欣喜の隠しきれぬとろけた笑みにて礼とともに受け取ったなら、お昼どきの空きっ腹に甘い、お誘いの文字をなぞる。たっぷりと味わうひと時を挟みて、茉のかんばせには少しの憂い。あら、あらあら。)お返事をしたためる時間がないわ。(はて、困った。──ややして、焦れ焦れと普段の万倍も長く感じた午後の授業をこなし、桜模様が散りばめられた白紅の風呂敷を抱えて約束の地へ。)御機嫌よう、東雲さん。お待たせしてしまった?(玄関先での挨拶は、これからの時を期待するからこそ慎重に繰り広げられる。別段咎められることを厭う故でもなく、とっておきを最後まで残しておくじれったさがより一層甘さを引き立てる塩加減となればよい。あおい畳の嗅ぎ慣れた香りにほのかな香ばしさが混ざるのは以前に点てられた茶の残り香だろうか。)まあ!素敵な贈り物があったのね。ふふ、遠慮したらばちがあたってしまうかなあ。それとも、華映ちゃんに怒られてしまう?(ほにゃりとくだける言葉尻は、ゆるやかな時の流れにほだされて彼女の前では特に緩みがちだった。付け足される独占欲のひとかけらが、はたして「わたしも。」とささやかな返事を甲斐甲斐しい背中に返したら、次の反応は如何なるか。引かない嬉しさの波に微笑みさえも消えないまま、持ち込んだ風呂敷は膝の上において大人しく腰を落ち着けておく。正座のかたちはすんと伸びた姿勢の先、まなざしは少女を追いかけてばかりだ。) |
Published:2018/11/16 (Fri) 01:12 [ 4 ] |
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![]() 東雲華映 |
(心待ちの足音ひとつに、ぱあっと喜色散らす双眸は斯くも解りやすい表情筋のもと。厳かなご挨拶が耳朶を揺るなり、ハッと神妙な緊張感が走ってしまえば脊髄反射で背筋が伸びる。)ごっ、御機嫌よう!……って、あら?(彼女の背後をひょいと覗いて。ふたりの逢瀬を見咎める第三者の影も見当たらねば、間抜けな瞠目をぱちりと落とす一瞬、)もぅ、お戯れなんだからっ。(模したふくれっつら、は刹那にて瓦解。ぷはっと笑気へ挿げ替われば乗せた異議とて戯れの延長と知れよう。)待ってなんていないわ、来てくださって嬉しいっ。(ぴょこぴょこと彼女の周囲を追随する足取りが懐っこく、ほっぺたは笑みのかたちでふくふくと弛むばかり。)華映が怒ってばちを与えてさしあげてよ!それにわたしがおねえさまに手向けたいってわがままだもの。謙虚が美徳だなんてうそだわ?(今日とて学院の教えを無碍にして止まぬ自由気ままな口吻は、恐れ知らずの不遜をつむぐ。寮の勝手によく似た水場にて、レバーを捻ったら火が灯り、ヤカンの水を沸々とあたためる。例えばこのこころが、彼女を前にして熱を帯びてゆく速度と同じように。しおらしさの欠片もない足先が右往左往と忙しなく、私物のごとく備え付けの茶器を手繰って並べる傍ら。同意を示すたったのひと言で、甘やかに跳ねる心臓は、彼女と共にする時間のなかでままあることだった。思わず視線だけで振り向いては、欣喜に染まされ綻びきった頬がそこにあっただろう。次の句に代わるようにして、火に掛けた湯が鳴き声を上げた。ひとみが手元へと戻されて、急須へさらさらと茶葉を落とす手付きは慣れたもの。)……わたし、今日はね、おねえさまにおねだりがあるのよ。(湯を注いでは白く湯気が揺蕩う。急須の中で透明が緑色をうつすまで、他愛のない応酬が空白を埋めるように。)聞いてくださる?(盆に乗せた茶器を彼女の眼前、座布団の備えられた机の上へと置きながら、自身も対面へ膝を折る。) |
Published:2018/11/19 (Mon) 01:57 [ 5 ] |
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![]() 東路茉 |
(はなやぐ顔貌にざっくりと短いかろやかな毛先が動きとともにちらほらと舞う。春にほころぶうさぎのようにてんで落ち着きがなく、そんなところも愛らしい。少女の所作ひとつに、ふふ、とつられて零す笑みの欠片とて、ふたりの吐息に溶けゆく色鮮やかな花びらみたいにひらひら漂って和やかな空気を彩った。態とらしい驚きにまるめられたまなこが、笑った名残のまなじりを引きずったまま、)ごめんなさい?謀ったつもりはないのよ、でも……その調子じゃ今日もいたずら遊びしてきたみたい。(おとなの目を怪訝に警戒する威嚇の姿勢、巡り会いからひととせ過ぎても変わらないお転婆が姉さん顔をしたがる茉のやんちゃ心も刺激してばかり。少女還りして駄々を捏ねてみる一面が増えたのは、この少女にあこがれて、なんて本人には未だ知らさぬ秘め事として含み笑いは口の端に弛たわせた。)まあ、……それはたいへんね。華映ちゃんのお怒りはどうやって鎮められそう?(勿論、こんにちお呼ばれしたお茶会にて主宰の少女のお告げには従順に従う体ではあるものの、例えば特別なお願いでもあればうっかり二つ返事で聞いてしまいそう。穏やかな想像に耽ってきちきちと目まぐるしく働く姿をのんびりと見つめてしまって、手伝いを申し出る塩梅を逃したと知れば、こそこそと土産の袋を手繰った。)お誂え向きね。なにをおねだりするつもり──と、その前に。(ふに、と彼女のさくら色の唇に桜を宛がう悪戯。甘い砂糖を押し付けたら、口唇から溢れる言葉もずいぶんと甘ったるくなる。春花のかたちの和三盆は和紙がみに包まれた紙箱の中、お行儀よく並んだそれらをふたりの間に置いてささやかなお茶請けに。)おやつの時間にしましょ。せっかく、華映ちゃんとふたりなのだもの。(あなたのおいしいお顔がいっとう好きよ。ゆるみきった表情が呑気な提案をして、玉露のあおい匂いが飲み頃を告げた。) |
Published:2018/11/19 (Mon) 07:54 [ 6 ] |
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![]() 東雲華映 |
(たとえば引いた一定ラインから決して立ち入らせぬ同級生に同様の口吻を振り翳されようものなら、戯れとて容易に機嫌損ねる横暴は視野も心も狭量な地の性分。今や癇癪娘の見る影もなく、自ら望んで絆されては凪いだ空気を身に纏って、)あらいやだ、今日は鬼ごっこもかくれんぼもしていないわ?書物のいたずら書きが先生に見つかってしまったぐらいかしら。だってあの人の授業、文字を読み上げているだけでと〜ってもたいくつなんだもの。(微塵も悪びれないふぜいは筒抜けのいたずら事情を詳らかに語って、彼女相手だからこそ気兼ねなく。誰に言い聞かされたって矯正に遠い性分とて、彼女の言葉ならなんだって欲しがった。わがままに誂え向きな疑問符が無防備に手向けられたなら、うふふと上機嫌に緩む様相は平穏に反して企み顔。)そうね、きっと、おねえさまの魔法の指先がわたしの頭を撫ぜでもしてしまったら、すぐに絆されてしまうわっ。(ふふんと作為的な答え合わせをあそばせて、冗句の軽口は喩え話の範疇内。後頭部に居座るリボンの先を弾むようにゆらし、ただひとりへと向く引力に従っていそいそと足向けた傍ら、)?なあに、 ──〜っんむ、(ただでさえかしましく雑音に暇のないくちびるから声が消えるのは、精々が夢路を彷徨っている折か、だいすきな甘味をあじわっている折ぐらいのものだ。ただしく現今のように。舌先に迎え入れる無抵抗は身に慣れた幸福を知って、ひととき喫驚に目弾きした双眸は右往左往と考える素振り。むぐむぐと咀嚼しては、ほころぶしあわせに満たされるのは何も舌の上のみならず、)………っ、おいしいぃ……!(惜しげなくまなじりがとろけた。)和三盆ね?わたし、おねえさまの和三盆がいちばんすきよ!いいえ、これだけじゃなくって、おねえさまの作るもの全部に違いないけれど…、ね、ね、もうひとついただいても良い?(ゆびさきは机に据えられたまま、あーん、と甘やかされたがりの受け入れ体制。そうして程よく色を変えた緑茶をひとそろいの陶器に注いで、片割れを彼女の前へと差し出そう。世の中の安寧を敷き詰めたような、日だまりの午後。) |
Published:2018/11/20 (Tue) 23:05 [ 7 ] |
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![]() 東路茉 |
(可愛らしい筆跡に散らばる花の便りは、丁寧に折り畳んで自室の黒漆の書箱にて眠ることになる。これまでの些細なものから少し特別な日の折に認められたかもしれない文章のひとつをとっても、彼女からの贈り物は一様に宝物だった。まなじりが細まって、ある仮説を冗談っぽく口の端の綻びとともに舌に乗せる。)今日のお誘い、そんなお邪魔ものからも逃れた猛者なのかしら?(つまらない、と切り捨ててしまうには教壇に立つ方々がかわいそう。されども、集中力はそんな事情もお構い無しに感覚に正直だった。麗らかな午後、暖かな日差しとぬくもるそよ風に瞼が重くなる経験は珍しくない。いけない子、と窘める響きは反面、面白がってくふりと笑う。)まあ!それは、とっても難しいことねぇ……。(わざとらしい驚きに見開いた瞳に口許を手のひらで隠す演技がかった仕草は、“難しいお願い”が着物の合わせに締め付けられた胸の奥でときめきに跳ねる鼓動をしたたかに抑えながら。甘い悪戯で気を引いて、砂糖が溶けてしまわぬうちに、すばやく畳の上を滑るように移動した。はしたなさは愛嬌だもの、戯れだもの。目指した彼女のお隣へ、向かい合うでもまだ足りず。撫でてと乞うなら尚更と物理的な距離を縮めては、芳しいあまったるさが満ちゆく間に。)わたしも、だいすきよ。(喜んでくれるあなたのことが。ええ勿論。「私の分も残しておいてくださる?」少し意地悪に、茉の指先が摘んだ梅の花は此度も彼女の唇へと吸いよせられていった。指についたほのかな名残を懐紙で拭えば、しあわせな顔をよりはなやかにしてくれると期待して片手を伸ばす。彼女の前髪辺りをなぞり、花弁よりやさしく、羽二重のいちまいを掬うくらいの丁寧さで少女の頭をゆるりと撫ぜよう。くすぐったくて微笑ましい、愛おしいばかりのひとときは、彼女がいるから成されるのだと分かっていた。) |
Published:2018/11/22 (Thu) 18:27 [ 8 ] |
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![]() 東雲華映 |
(ふくみを持たせて揺蕩うほほえみは悪戯の色濃く、叱咤にも満たぬ柔らかな忠言さえも望む虹彩へ迎合する。おとなのお小言はだいきらいだけれど、彼女の声に嗜められることは、その口吻ですらやさしさの一片だから却って嬉しい、なんてふくざつな胸裡は秘めやかに口許を緩めさせるばかり。ほら、また、彼女の笑みひとつが、秋晴れのそよ風なんかよりも余程この心を揺らすのだから重症だ。へ、と間抜けな呼気が零れ落ちるよりも早く、舌の上へ齎された甘味はしあわせそのもの。またたきひとつで意を奪われる単純を透かし上機嫌に笑みながら、ほこほこと幸福のかたちに細めた双眸が、然し、)んぅ、っ(ぱちり。不自然に上下する一瞬。まなじりが俄に染まる。)え えぇ、もちろん……、(真正面から受け止める言の葉は平素乞うて止まぬ甘言に他ならぬ筈なのに、不意打ち的に齎された情動がくすぐったく胸の内で身動いでは詰まった口吻が却ってしおらしくなる。らしくもない。どうしようかしら、って戯れに笑って、もっともっとと多くを口にするような図々しさとて呈したこともあっただろうに、追撃のひとひらを迎え入れてはあまさにあえぐ心臓がいっぱいいっぱいになって、結局はそれ以上欲しがることをやめた。もごもごと融ける砂糖菓子の余韻で口の中を満たしつつに、疑問符すら浮かべながら水面を踊る茶葉のかけらへと、落ちていた視線に、ふと影が降りる。ひとつの引力に誘われこうべを上げたら、)〜〜〜っ……(細く髪を梳く指先に、押し寄せたときめきは恍惚にも似て、主人に甘える犬のようにまつげを下ろしては顎を引く。ゆるやかに、籠る熱を逃がす所作で小さく吐き出す呼気へ紛れさせ、)おねえさまったらずるいわ……。(それは負け惜しみにも似た。血色の透く頬がきっと、照れ隠しの声色だと語ってしまっている。暫しその特別へと浸った夢見の眸子が目弾きの端の神妙を爆ぜさせ、「お茶が冷めてしまうわっ」なんて大真面目に日常に流れる空気を手繰り寄せたのはそれから幾許か。)賄賂のつもりだったのに、お代以上で返されちゃった……。(して温まった玉露で唇を潤わせながら宣うのは、菓子のみならず彼女に齎された数多のこと。前置きどころか逢瀬の冒頭へ置き去りにされたおねだりの内訳を、そうっと紐解く。)おねえさま、写真はお好き?……わたしはきらい。きらいだったのよ。(唐突な皮切りは相も変わらぬマイペース。レンズの向かいはお行儀の良さを強要される箱庭しか知らなかったから、悪態にも似た感想は、けれど。)うわさ話も流行りのまじないも、有象無象に紛れるみたいで興味はなかったのだけど。……九重葛の写真館のお話はご存知かしら?(すこし変わった館の話。運命の話。波紋のように広がり乙女たちの声を介し金魚のように泳ぎゆく風説に、このひととなら踊りたいと想ったのだ。)わたし、おねえさまとの写真が欲しいの。……お守りが、欲しいわ。(殊勝ぶって微笑んでみたって、見据えた視線にきっと不遜が滲んでしまっていた。だって、甘さでばかり出来た手作りの菓子みたいに、砂糖を纏ったみたいな視線の色はいつだって自身を甘やかして憚らないから。やさしいおねえさま。だいすきなおねえさま。元より否を唱えられたとてゴネる気概は十二分、結ばる約束を夢見るときは、もう少し、せめて茶葉の香りが夕暮れに連れ去られるまで。) |
Published:2018/11/24 (Sat) 20:41 [ 9 ] |
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