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續.渺茫なる春嵐の向こうに |
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![]() 東路茉 |
(これは余談である。東路家はたとえ盲目となり嫁の貰い手がなくなった娘がいても没落するような家ではなかった。父は堅実で、弟は幼い頃の病弱さは嘘のように健康で、勤勉に実直で跡取りとして申し分なく育った。姉弟間の関係は良好で、家から出られない姉を慮る設備は出来るだけ揃えられる資金も手腕もあった。ただ、茉はすべて断った。なにも言わなかったが、長生きをするつもりは屹度なかった。目が見えない身体は自ずと動くことをやめ、部屋に篭もり窓辺で外界の音を聞くだけの生活は、ゆっくりと命を削り取っていっただろう。いつか安らかな眠りにつく。それだけを待つ人生にあったのは、ひとつのひかり。まなうらに閉じ込められた笑ばんだ面影、軽やかな足音、揺れるリボン。美しい恋を美しいままで、どうか、終わらせたかった。もしも、彼女の人生が私のせいで寂しいものになるのなら忘れてほしかった。死者は美しい思い出になれても、生者の時間を追うことは出来ない。盲目は時の止まった生者のようで、未来に突き進む彼女を追いかけることは二度と出来ない。東路家は茉が見えない目で外を歩く心配が故に軟禁状態であるだけで、外からの来訪者を拒みはしなかっただろう。何度か会うことが叶った逢瀬があったなら、それはまばゆいひかりに安らぐときであり痛む心をひた隠す地獄であり、そのすべてを愛していた。戻らない幸せも、これから感じられる幸せにもすべてに彼女がいた。わたしの人生はそれだけで心から幸せだったから。だから、わたしの知らない横顔で笑いかける誰かに黒い気持ちを覚える前に、最後まで。ただの宝石みたいに、あなただけを想っていたい。) 眼を開けても、窓を開けても、光の明暗も分からない暗闇の中で欲しいものは、あなたの声とぬくもりだけ。えいえんに、ずっと。 (東路茉は静かに生きた。この世でたった一人だけを愛して逝った。それだけは確かだった。綺麗な純黒に染まる瞳の眼差しに込める思いはあたたかく、はげしく、一途だった。) |
Published:2018/12/29 (Sat) 23:42 [ 31 ] |
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