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弐.春はディミヌエンドに |
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![]() 伊塚幸子 |
(約束の日。即ち彼女と噂の写真館へと写真を撮りに行く事を誓ってから七日が経った其の日、伊塚幸子は普段より身支度を入念に整えていた。いつもと変わらない緩い三つ編みのおさげに袴姿。然しいつもとは何処か違う其の日を今か今かと待ち侘びていた時間は、思った以上に長く感じたものだ。それでも漸くとやって来た期日に、珍しく薄い桃色の紅を引いた唇は嬉々として弧を描いていた。──前以って待ち合わせていた時間より数十分早く花洛学園の正門に辿り着いたのも、彼女と過ごせるこの日を心より待ちわびていたからである。彼女の姿が見えれば満面の笑みで「未稀お姉様!」と声を掛ける。どれ程待っていたか問いかけの一つでもあれば、私も今来たところですの、なんて常套句を口にした事であろう。そうして彼女の隣、ゆっくりと街へ続く小路を歩き、足先は目的の洋館へと向かっていた。)──ね、お姉様。私、噂の写真館に行くの、これが初めてなんです。だから、こう見えてとっても緊張しているんですのよ。(そう言葉を零したのは、目的の洋館が見えて来た時のことであった。言葉を零すと同時、不意に立ち止まり、真っ直ぐ前へ向けていた視線をゆっくり彼女の方へと持ち上げる。少し背の高い彼女と視線が交われば、懐っこそうににこりと笑い掛けた。)お姉様も私とおんなじ気持ちでいてくれたら……ちょっぴり、嬉しいなって思うんですけれど。お姉様は、如何ですか?(反応を楽しむようであり、それでいて正直な気持ちのようであり。たといどのような答えであっても気を損ねる事は無いが、彼女が同じ気持ちであれば言葉通り嬉しいと感じるのも事実。だからこそ彼女の気持ちをひとつ、答え合わせするように尋ねてみたのだけれど。) |
Published:2018/11/24 (Sat) 23:33 [ 13 ] |
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![]() 種崎未稀 |
(約束の日までは、あっという間だったような長かったような。そんな不思議な感覚を覚えながらも、浮足立つ心地で約束の今日を迎えた。朝の稽古に身が入っていないと父から苦言を呈されたけれど、年頃の乙女だったのだなと自分でも苦笑しながら急いで支度を整える。伯母と出掛けたときに見つけた小振りなレエスの髪飾りは、上背のある自分でもこれくらいならばいいだろうかと買ったもの。鏡を見ながら髪にあて、挿す。いつもと少しだけ違う、そんな特別に心躍らせながら支度を終えれば最後に母の形見の紅を小指で一筋引く。鏡の中の自分の口角を両の指でくいっと上げてから約束の場所へと赴くのだ。──予定よりも早く。誘ってくれたのは彼女だったのだから、先について待っていようと思っていたのに待ち合わせの場所には既に先客、勿論、約束の相手が居た。少し驚いたように目を瞬かせたけれど、聴き慣れた己を呼ぶ声が聞こえて無意識に少しきつめの眦が下がる)早く来て待っているつもりだったのに、負けてしまったわね?(常套句を口にする相手に、本当かしら、と悪戯めいた視線を向けるかもしれない。自分よりも身長の低い少女の隣、歩調を合わせるように気持ちゆっくりと見慣れた街を歩く。女学院で生活をして、もう何度だって歩いたことある道なのに隣に居る相手が違うだけでこうも、…こうも、心が温かくなるのか。そんな心地で目的の洋館へと)緊張?……ふふ、そうは見えないわ。私も、初めて。初めて同士ね。(あそこかしら、と傍らの少女に聞こうと視線を微かに下げようとして、瞬く。──最近、稀に感じる目の奥の違和感。じわりと熱を孕むような鈍い感覚と、自分に視線を向ける少女が滲んだ気がしたがそれも一瞬にも満たない刹那で消える。返答に、半拍程度間が開いてしまったかもしれないけれど)どうせなら、貴女の手を引いて堂々と扉を潜りたいところだったけれど、……不思議ね、あまり緊張なんてしないと思っていたけれど。高揚感と、少し、…そうね、緊張しているわ。(確かめてみる?だなんて己の胸に軽く手を添えて微笑う。緊張、と問われて初めて気付く。そうか、これは緊張なのだなと認識すればなんとなく納得がいったように)緊張が顔に出なければいいわね。噂を確かめるのに、緊張した顔が残るのは少し勿体ないもの。…どうしたら、幸子ちゃんの緊張が解れるかしら?(どう?と今度は此方からの問いを。戯れのような、かろいものではあるがどんな回答が来るのか楽しみと眸の色は隠さない) |
Published:2018/11/28 (Wed) 10:24 [ 14 ] |
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![]() 伊塚幸子 |
(待ち合わせた正門前で彼女の姿を見掛け、朗らかに挨拶を交わせば歩き出す。普段と何ら変わらないふたりのやり取りも、今日は少しばかり違うように思えたのは確かな約束が其処に存在しているからなのであろう。待っていた時間もふたりで過ごす刻を思えばこそ苦には感じられず、寧ろ楽しくも思えたわけだが。)うふふ。だって、だいすきなお姉様を待たせるような事があってはいけないもの!(楽しげに、また軽やかに告げる言の葉には冗句を混ぜて笑みを浮かべる。“だいすきなお姉様”を待たせるような事はあってはならぬと、前以って用意していたのだと言いたげに足元を浮かばせ、ほんの僅か跳ねてみせる。隣にいられる特別な時間を少しでも長く感じていたいからと行動したに過ぎない。彼女が約束の時間より早めに来てくれた事が此度の約束を楽しみにしていたのは自分だけではないと思わせ、その事で思わず浮き足立ってしまう。)ええ、そうですわ。私、こう見えて緊張してるんですの。……初めて同士だなんて、なんだか素敵な響きです。(浮かばせた笑みをそのままに彼女の事を覗き見たのなら、ふとした違和感──それはほんの瞬きの間に消えてしまったが──を感じ、ふと小首を傾げる。然しすぐに、彼女の言葉に頬を火照らせたのなら。)まあ!お姉様に手を引いて貰えるのなら、私、すごく嬉しいわ!洋館の人以外、だあれもいないんですもの。きっと怒られたりしないでしょうし、是非、手を引いてくださいません?……よかった。私一人だけだったらどうしようかと思ってましたわ。ふたりで緊張しているのなら、心強いですものね。(彼女が胸元に手を添え微笑む姿に一瞬ぱちくりとまたたきするも、直ぐにくすりと笑い「お姉様が嘘をつくはずありませんから、大丈夫ですわ!」と、器用に片目を瞑ってみせた。)そうですね……。私、お姉様が笑っていてくだされば、緊張が解れると思いますわ。お姉様の笑顔は、私にとってどんなお薬よりも効くんです。(問いかけられた言葉に人差し指をぴんと立て、思いつくまま言葉を落としたのなら、)だから、写真を撮るときも今みたく綺麗な笑顔を見せていてくださいね、未稀お姉様!(そうして片手をそっと差し出すと、先の言葉の通り手を引いて貰いたそうに、そっと笑みを向けてみせた。) |
Published:2018/11/29 (Thu) 22:02 [ 15 ] |
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![]() 種崎未稀 |
(女学院でほぼ毎日顔を合わせているというのに。今日はたった二人で出掛けるというだけで、足取りが軽く思える。いつも通りの挨拶も、どこか明るい声音になっている気がする。それは自分も、そして彼女もそうだと思うのは自惚れだろうか。)遅れてくるとは思っていなかったけれど、待たせてしまったのは申し訳ないわ…?(苦ではないと全身で伝えてくれているが、少しばかり苦笑めいて。それでも、“だいすきなお姉様”という響きを真っ直ぐに向けてくる少女に眸を柔らかく細めた)若しかしたら、緊張してなにか失敗なんてしてしまうかもしれないけれど、…ふふ、屹度其れも、ふたりなら楽しい思い出になるかもしれないわね。(初めてと初めて、だから何があるかわからないけれど。自分を真っ直ぐに見つめてくれる相手と一緒なら其れすらも楽しいだろうと、何処か確信したように口元に手を当ててころりと微笑った)だから、──、ッ…そうね、折角だもの。そんなに喜んでくれるなら、もっと気の利いた言葉で誘えればよかったけれど。じゃあ、お手を頂戴な、可愛いお嬢様?(すっと口角を上げて余裕のある笑みを作ろうか。)緊張するわ?だって、噂を確かめる以上に、…幸子ちゃんとのお外へのお出かけだもの。(嘘を付くはずがない、と言われてしまえばやはり苦笑を浮かべるけれど。差し出された手をそっと取ってから、きゅっと軽く握って。行きましょうか、と写真館の扉をくぐる為に扉に手をかけた)────御免くださいませ?(カラン、と音を立てて写真館の扉を開けて、手を引く。行きましょう?と視線で促し)さあ、噂を確かめに。(彼女だけに聞こえるような、愉しげな声を小さく響かせた) |
Published:2018/12/02 (Sun) 20:22 [ 16 ] |
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![]() 伊塚幸子 |
あら。ならその申し訳ないという気持ちの分、今日、私にとことん付き合ってくださいませ。それなら、いいでしょう?(申し訳ないと思うのならばと提案するには些か大雑把な提案を楽しげに口にして、そうして小首を傾げる。“だいすきなお姉様”に申し訳ないと思われるよりも、今日という日を共に楽しめる方が特別な一日になると、そうっと浮かべた想像にくすりと声を落として。)確かにそうですわね!ふたりの思い出になるのなら、どんな失敗もきっと楽しいって思えますもの。……何より、こうしてお姉様と一緒にいられるだけで楽しいですし。(ぽっと頬を赤らめ、何処か照れ臭そうに言葉を落とす。ころりと微笑う彼女を見て、釣られるように笑みを返した。)どんなお言葉であっても誘ってくださったことが嬉しいですから。ふふ、光栄ですわ。(余裕のある笑みを作る様に目を細め、少しばかり首を傾げて答えてみせた。)……!お姉様ったら、そんなことを言われると……私、浮かれてしまいますわ。(手を握った際に伝わった彼女の体温に、少しばかり上昇した心拍数。浮かべた笑みがほんの刹那、驚いたような表情に変わったものの、いつも通り──否、いつもより柔らかく頬を緩めて。写真館の扉を開く彼女の少し後ろ、手を引かれれば視線に頷いて返した。)ええ。そのために来たんですものね。(愉しげな小さな声に、同じく小さな声で返す。と、そんな時に聞こえて来たのはどちらの声でもない第三者の声だ。驚いたように顔をあげれば、更に驚いたように一瞬言葉を失くす。噂には聞いていたけれど、まるで宝石のような瞳に、然し見つめ続けるのも失礼かとついと視線を逸らしてしまった。「二人で寫眞を?」そう向けられた言葉にはっと顔をあげて、)──ええ!ふたりで撮りに来たんです。(告げると「撮影室へ」と返す宝石の目を携えたその人が案内してくれるままに、彼女と手を繋いだまま進んで行くことにしよう。そうして案内された撮影室を一望し、興奮したように頬を染めたまま彼女の方へと視線を向けた。)ね、ね、お姉様!折角ですし手を繋いだまま撮りませんか?きっと、とっても仲良しに撮れるわ!(いいでしょう?と、彼女に微笑みを向けて。) |
Published:2018/12/04 (Tue) 18:14 [ 17 ] |
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![]() 種崎未稀 |
申し訳ない気持ちで付き合うというのもなんだか悪いから、…申し訳ないと思った気持ちの分だけ楽しいの気持を膨らませて一緒に居ましょう。(それでどうかしら?と頬に手を当てて軽く小首を傾げて見せる。まるで相手と鏡合わせのような仕草で浮かべた笑みは、そうしましょうと既に決定しているかのように。負の感情から始まる一日ではなく、楽しい感情で居られるように、と。)どんな失敗でも、幸子ちゃんが可愛いことはわかりきっているものだもの。私にとっては、何が起きても楽しいもの。幸子ちゃんの前では、出来れば素敵だと思ってもらえる私で居たいけれど…。………ふふ、そうね。(どんな言葉でも、どんなものでもいいと言ってくれる少女に胸が温かくなる。浮かれて、と聞こえた言葉にころころと笑い声が零れた)折角だもの、浮かれましょう?伊勢参りに向かう珍道中のような浮かれっぷりだと少し驚いてしまうかもしれないけれど、それでも楽しそうな幸子ちゃんを見られるのならば私も嬉しいわ。(重ねた手が温かい。手汗などかいていないだろうか、練習の後汗を流したけれど大丈夫かしら、という心情は勿論見せない。だってこれは、素敵な思い出を重ねる時間なのだから。浮かれてしまうのは、そう、彼女だけではないのだと。重い、それでいてどこか小気味のいい音と更に出迎えてくれた声。声をかけたのだから声が返ってくるのは当たり前だが、重ねて繋いだ手に微かに力が籠る)───ええ、そう。…そうなんです。(一瞬がとても長く感じた。その眸に魅入られるように瞬きを忘れていたが、手を繋いだ少女の声にはっと我に返ったように。案内されるがままに、今度は少女に手を引かれるのだろう。馴染みがあるわけではない、寫眞という文化。それは、準備をする間にも興味津々に、けれど表には極力出さないようにという矛盾した表情で眺めていたことと。いいでしょう?と微笑む少女に、小さく呼気を伴わせ)ええ、勿論。素敵な、運命のようなものですもの。幸子ちゃんの好きなように、…いいえ、手を繋いで撮りましょう?(繋いだ手をきゅっと確りと繋ぎなおそうか。そう、何故かざわつく心を誤魔化す様に。今は唯、夢のような、お伽噺のような、甘くかろい時間を過ごすのだと。)この瞬間の幸子ちゃんは、私だけの幸子ちゃんね。それだけでも屹度、特別だわ。(店主からの説明を受け、硝子のレンズに相対しながらそんなことを小さく、相手にだけ聞こえるように。──そのあとは、写真の出来上がりについて浮足立つ心を抑えながらも、ふたりの時間を慈しむように過ごしたのだ。見慣れた街も、見慣れない道も、相手と一緒であればそれはいつもと同じ様で違う時間。折角だから、と普段はいかないような場所にも連れ立ってみようかしら。屹度、その手は未だ繋いだままだから。どこかざわつく胸は、今だけは見ない振りで──) |
Published:2018/12/05 (Wed) 18:35 [ 18 ] |
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