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参.ペイル・ムーン・シャドウ |
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![]() 種崎未稀 |
(おかしいな、と思った時には既に遅かったのだろうか。いや、遅かれ早かれ屹度この眸は、眸としての機能を廃していったのかもしれない。ぼんやりと月明かりを眺めるのは、ひとり閉じ込められるように連れてこられた寮の最上階。此処には自分の鼓動と、風の音しか聞こえない)────寫眞は、出来たのかしら。(大分、物の輪郭を捉えなくなった眸。気付いたのは、普段であれば避けられる稽古の一撃を真正面から受けたときか。それとも、畏怖に塗れた同室の少女の顔を朧げに見たときか。数日前の筈なのに、もう随分と昔のことのようにも思えるのは此の場所に来てからひとりでぼんやりとしているからか。呟いた言葉に返事があるわけではないけれど、そういえば、というように言葉が零れ落ちる。そう、思えばあの日も兆候があったのだ。けれど、疲れているのかも、屹度気のせい、なんて気にも留めていなかった)……………これは、浮かれた私への罰なのかしら。夢を、…もっと、この場所に居たいだなんて分相応でもない願いを、…夢を、請うてしまったから。ねえ、……ねえ、神様、………。(勿論、答えなどない。ぼんやりと見える視界で、月明かりに翳す様に手を見る。確かに、あの日あの時、この手の先には─彼女が、居た。けれど、もうこの手は、誰かの手を取ってはいけない。そう、私は『のろわれた者』だから。彼女のような光を、陰らせるなんて出来ない。したくない、のだ…) |
Published:2018/12/05 (Wed) 18:59 [ 19 ] |
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![]() 伊塚幸子 |
(静まり返った廊下で足音を立てぬよう、慎重に歩みを進めた。陰鬱な雰囲気に呑まれた学園では、誰も彼女を助けようとする者はいないらしい。──彼女が寮の最上階に据えられた一人部屋に移された事を知ったのは、つい最近の事である。瞳の色が代わり、そうして件の噂の矢面へと立たされた彼女に会いに行く事はやめはしなかったけれど、噂に怯える学友が伊塚の足を如何にか止めようとするものだから、彼女と会える時間が此処数日減っていた。もし誰も伊塚の足を止める者がいなければ、彼女の姿が見えない事にもっと早く気づけたことだろう。然し口惜しい事に、教師から極力接触を避けるよう通達されたとき、伊塚は彼女を取り囲んでいる現状を初めて知る事ができたのだ。──ゆっくりと足を進める。忍び足なんてした事が無いからこそ、時折足元から軋んだ音が響いてひやりとして辺りを見渡した。だが、月が天辺へと登りつつある此の時間、起きている生徒は勿論、教師もそういないらしい。ほうっと安堵の息を吐き出して、再び足を進める。たったひとり、優しいあの人の心が、寂しさで凍て付いてしまわないように。そうして漸く目的の部屋の前に到着すると、伊塚は用心深く辺りを見渡してから、控えめに扉を三度叩いた。)──もし、お姉様。私です。幸子です。(叩いてからそうっと扉を開き、こっそりと扉の隙間から顔を覗かせて。彼女の姿を見つけると、緩やかな微笑みを向けた。)未稀お姉様、その、勝手に開けてごめんなさい。それで早速なんですけれど、お部屋に入ってもいいかしら?じゃないと私、先生方に見つかって怒られてしまいますわ。(静かな廊下の向こうへ一度目配せを。誰も気がついてはいないだろうから、恐らくは大丈夫であろうけれど、上がらせて貰う口実に一つ言葉を付け足して。いつもと変わらぬ笑みを向けたまま、伊塚は彼女の反応を待った。) |
Published:2018/12/05 (Wed) 23:28 [ 20 ] |
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![]() 種崎未稀 |
(音が、聴こえた気がした。そんな筈はないのに。だって此処は、のろわれた私の居る場所だから、そんな処を訪ねてくる人なんて。食事だけは、扉の前に置かれていたけれどそれすらも屹度、良心の呵責に耐えられなかった誰かが置いていったのだろう。若しかしたら、教師に促されて渋々、かもしれないけれど。だから、こんな場所を訪ねてくる筈はないのだ。あってはいけない。これは、罰なのだから。だから、この音は、…視覚が乏しくなった今、過敏に鼓動の音と風の音だけを聞いていた鼓膜は、……そうであればいいのに、と浅ましくも想う心が聴かせた幻聴。そうでなければいけない。いけないの、に…)─────ッ…(扉の前で止まる音。食事は、もう疾うにとったから、食器を片付けに来たのよ。そう思うには、足音は軽すぎた。まるで秘密の逢瀬を果たす為にそっと人目を忍んで来るような、そんな、そんな)駄目よ。(名を呼ぶ声に咄嗟に出たのは拒絶の音。勝手に開けて、というのだからもう扉は開いているのだろう。けれど、其方を見ず窓の方を向いたまま背を向けるように、声だけを投げる)夜の出歩きは、怒られてしまうわ。(駄目よ、来ては駄目)それに、知っているでしょう?(駄目よ、来ないで)私は、(お願い)のろわれているのよ。(来ないで)だから、誰かに見られてしまう前にお戻りなさい。(震えそうになる声を、息をしっかりと吐くことで抑えて) |
Published:2018/12/06 (Thu) 14:05 [ 21 ] |
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![]() 伊塚幸子 |
(此方を振り向こうとしない彼女の背が見えた。月明かりが窓から差し込んで、彼女の後ろ姿だけがぽっかり空いたように見える、寂しい空間。彼女から向けられた言葉も、何処か寂しさを感じさせる言葉であった。)……わかりましたわ。(そう答えた言葉とは裏腹、伊塚はそうっと一歩足を踏み入れ、扉の内側に入りゆっくりと後ろ手に扉を閉めた。そうして一泊の間を開けてから、)──なあんて、いうと思いまして?(微笑を含めた声でそう告げると、距離を縮めようとはせずに、扉を背にしたまま言葉を続ける。)お姉様は知らないかもしれないですけれど、私、そんなに良い子じゃないんです。夜の出歩きはいけないことって知っていますし、こうして許可もなく人の部屋に入るのだっていけないことだって知っています。でも私、良い子じゃないからやってしまいましたわ。(そう言ってくすりと笑う声は、何処か悪戯っ子が悪戯に成功したときのように何処か浮いていた。小さく笑って、そうした後に小さく息を吐き出す。仄暗い室内を見て、手をぎゅっと握りしめた。)あのね、お姉様。私、一度でいいから悪い子になりたいんです。……いいえ、もう悪い子ですわ。だって、いけないことをしたんですもの。悪い子の幸子は、のろいなんて怖くないんですよ。(小さな笑みを落とし乍ら、伊塚は彼女に視線をひたと向け続ける。けれど「それともお姉様は、悪い子はお嫌いですか?」続けてそう訪ねた声は、少しばかり不安げに揺れていた。) |
Published:2018/12/06 (Thu) 22:07 [ 22 ] |
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![]() 種崎未稀 |
(振り向いてはいけない。だって、屹度この眸は異端だから。優しい年下の彼女の表情が凍るところなんて薄っすらと実像を結ぶこの眸が映してしまったら心が砕けるかもしれない。『仕方がない』、『どうしようもない』そうこの部屋に半ば幽閉されるように連れてこられてから何度も繰り返した言葉も、崩れ落ちそうになる身体をなんとか立ち上がらせていたのは5年を過ごした学園生活の優しさと柔らかさ、中でも──春からの、優しく眩しい時間。その光を齎してくれていた少女からの怯えたような視線を目の当たりにしたら、屹度心は砕けてしまう。わかりました、と聴こえた声と扉の閉まる音に安堵するように胸に手を宛てて息を吐いた瞬間)──ッ!………どう、して……(悪戯に跳ねるような、驚かせることに成功したような、そんな声が聞こえて動きが止まる。扉が閉まる音が聞こえた。だから、彼女は、この部屋に居る)……貴女がどうであろうと、私の前では、少しおしゃまな、良い子よ。今だって、………こうして独り居る私を哀れんで、人目を忍んでやってきてくれたのでしょう。優しいもの、幸子ちゃんは。…………でもいいのよ。私は、独りでも大丈夫だから。(努めていつものように。─最も、いつも、というものがどんなものだったのか、今では霞の様におぼろげなのだけれど─優しく言い聞かせるような、そんな声音も、続けられた言葉に一度途切れる)…悪い子は、自分を悪い子だなんて言わないわ。悪い子に憧れる、可愛い幸子ちゃん。でも、駄目よ。(駄目、ともう一度重ねて)貴女が呪いなんて怖くない、と言っても私は怖いわ。…私が呪われるのは怖くない。仕方ない、そう言い聞かせることもできる。でも、…貴女がそんな目に遭うというのならば別よ。駄目、貴女がそんな目に遭うかもしれないのを許せるような私ではないの。……駄目よ。(視界の制限された身は、他の感覚器官が鋭くなると云う。揺れる様な声音は、相手が此方を不安げに伺っていることが手に取るようにわかった。わかった、けれど。胸に宛てた手をぎゅっと、着物の合わせを掴むように) |
Published:2018/12/08 (Sat) 22:41 [ 23 ] |
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![]() 伊塚幸子 |
(どうして、であるのか。火を見るより明らかな答えを向けることはせず、伊塚は小さく笑みを零すばかりであった。聞こえて来た言葉にほうっと一息零したのなら、)ふふ。お姉様はお優しいのね。……けれど、私はお姉様を哀れんで来たわけではありませんわ。お姉様は、お姉様の為に私が此処に来たと思っているみたいですけれど、違うんですの。(優しく言い聞かせるような声音に返しながら、扉の前から動かさぬままであった足を一歩前へと進めた。彼女の言葉に首を緩やかに左右に振って、そうして正面を見つめ直す。月明かりにぽっかり空いた穴は、大切な彼女の形を象っていた。呪いに怯える、優しく大好きなお姉様──もう一歩と、足を進める。)お姉様は、私に呪いが移ることが怖いのね。……お姉様。お姉様は自分が思っているよりも、ずっとずっと繊細なおひとです。その証拠に今だって、自分ではなく私のことばかり心配してくださる。(ぎゅっと、胸の前で祈るように両手を握りしめる。優しく繊細な彼女のことを思って、ゆっくりと瞳を一度閉じ、そうして再び開いた。優しい彼女の言葉を、無下にすることはしたくはない。だからこそ、二歩だけ進めた足を一度そこで止めて。)……ねえ、お姉様。お姉様は呪いの力を恐れているけれど、でも、それ以上に私を信じてくださっていると思っているんです。だから、私がお姉様に近付くことを許してくださいませんか?私は呪われたりなんてしませんから。それにもし、許してくださるのなら……(伊塚は祈るように組んだ手を解いて、片手を彼女に差し出した。)──許してくださるのなら。お姉様の呪いを、他でもない幸子がきっと、解いてみせますわ。(にっこりと笑って、彼女に手を差し伸べたまま反応を待った。) |
Published:2018/12/09 (Sun) 17:33 [ 24 ] |
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![]() 種崎未稀 |
(息を吐く音が聞こえた。震えるような、己の吐息とは違う息の音。優しい、と言われれば首を振るけれど言葉を遮ることはせず)…だったら、何故来たの?私を憐れみに来たのでないのならば、私を嘲りにきたの…?(優しげな声に、それはないとわかりつつつい聞いてしまうのは花園の友人だと思っていた、慕っていた級友や教師たちからの視線を思い出したから。)貴女が、自分の為に此処に来ることに、なんの利もないのよ。見つかれば咎められるでしょう。叱責もされるわ。後ろ指だって、…指されるかもしれないのに、……(一歩踏み出す音が聞こえた。駄目よ、という声は音にならず首を左右に振る。もう一歩、踏み出す音が聞こえる。来ては駄目、と音にならない悲鳴じみた感情で首を強く振る)私はいいわ。だって、もういつでも此処を飛び立てるから。外聞もなにも、…あのお家には関係ないから。私が望めば、此処から去ることもできる。でも、貴女にはまだ時間がある。この砂糖菓子のような淡く脆い夢を揺蕩うことができる。私は、…私は、貴女には笑っていてほしい。無邪気に、笑っていてほしい。こんな、悪意や懐疑の視線に曝される必要はないのよ。…………私、は、…(繊細と言われ、違うの、と何度も首を振る。そう、此れは勝手なエゴだから。私が眩しいと感じ焦がれる光に陰ってほしくない、ただそれだけの身勝手なエゴだから。怖いのは、己の身に振りかかった病ではない。怖いのは、その光が陰ること。その原因が、己であること、ただそれだけ)呪われたりしないという、根拠は…?そんなに真っすぐ、「呪われたりしません」だなんて、言い切れるのは何故?信じたいわ。いいえ、信じているわ。でも、…そんな心、こんな呪いの前で何になるというの。私は怖いわ。自分が怖い。貴女に、呪いを寫してしまうことが。(近づいた距離、足を踏み出したわけではない空気の動き。嗚呼、彼女は此方に手を伸ばしている。背を向けた私を、掬おうとしている──) |
Published:2018/12/11 (Tue) 13:30 [ 25 ] |
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![]() 伊塚幸子 |
嘲るわけがありませんわ。私は、お姉様にそんなこと絶対にいたしません。何があっても、絶対に。(彼女の言葉を聞けば聞くほど、その柔い心に幾らも冷たい棘が刺さったのだろうと思えた。思えて、ぎゅっと唇を噛み締めた。けれどそれを解いたのなら、にこりと変わらず笑みを向けて。)たといお姉様に会いに来たことで咎められたとしても、後ろ指を刺されたとしても、お姉様に会えないことと比べれば痛くも痒くもないですわ。(一歩と進める度に彼女の首が左右に揺れて、まるで表情を──その感情をひた隠すように此方を向こうとはしない後ろ姿に、つんと胸が痛んだ。一体どんな顔を浮かべているのか想像も出来ないけれど、きっと悲痛な色を浮かべているに違いないのだろうと思えたからこそ。)……お姉様。私ね、確かに笑えますわ。どんなときでも作り笑いなら、幾らでもできる。でもね、お姉様。私が無邪気に……心からの笑顔を浮かべることができるのは、お姉様と一緒にいて、お姉様が心からの笑顔を浮かべてくださったときだけなんですのよ。(首を振る彼女を見て、伊塚はそうっと瞳を細めた。彼女がこれほどまでに怯えている本当の理由を知ることはないのだろうけれど、それでも近づくことは出来るはず。否、たとい出来ないとしたって、それでも彼女にできるだけ寄り添っていたかった。ただただそうしたいという思いが、我儘が、伊塚を此処に立たせているのだから。)根拠?根拠と言われると難しいのですけれど……だって、そもそも私、のろいだなんて思っていないんですもの。(悩むような声音が、その答えを出すのがむつかしそうに言葉を紡いだ。)お姉様の瞳の色が変わったからと言って、お姉様は何も変わっていないんですもの。私にとってののろいは、お姉様自身が変わってしまうことなんです。だから、私にとってお姉様のそれは、のろいではない。だからのろわれるなんてこと、ありえないですわ。(むつかしそうに言葉を紡いでいた声音から一転して、伊塚は自信を込めて言い放つ。そのまま「でも」と続けた。)お姉様がそれを呪いとお呼びになるのなら、……お姉様が苦しめられるのなら、私がお姉様の心に巣食う“呪い”を解いてみせます。だからどうか、お姉様。……私を信じて。ひとりぽっちに、ならないで。(こんなさびしい場所に閉じこめられないで、どうか──その心に触れさせて。伸ばした手はそのままに、切実そうな声音は、彼女の背中に向けられて。) |
Published:2018/12/12 (Wed) 14:27 [ 26 ] |
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![]() 種崎未稀 |
…絶対に…。(問う声音ではなく、確認するような自分自身に言い聞かせるようなそんな声音。そんな、自らに優しげな声音を向ける人は騒動がおきてから唯一人だって居なかった。そう、今私に声をかけてきている、彼女以外は)貴女は、そんなことしないでしょう。でもね、でも、……貴女に、私と同じような目に遭ってほしくはないのよ。(駄目だと声を発さずとも、こうして首を振っているのに。声にできないのは、それでも逢いに来てくれたことが心から嬉しいと思う自分の弱く浅ましい心。自らの立場を危うくするかもしれないのに、それでも来てくれたのは唯一人だけ。この風の音と自らの鼓動の音しか聞こえぬこの場所で、凍てつく心を溶かすような音は聞こえない。小鳥の囀りも、楽園の乙女たちの笑い声も、此処では全て遠い夢物語のようなものだったから。いつの間にか着物をつかんでいた両の手はぎゅっと強く胸元で祈るように組まれていた。望んでは駄目、優しい少女を、此方に誘うようなことなどしてはいけない。いけない、のに…)私と一緒にいることで、貴女の笑顔がなくなることがいちばん、一番厭なのに……。そんな風に言われたら、…縋って、しまいそうになるじゃない……。(そんなことは駄目よ、と霞む視界が繋ぎとめる理性が叫ぶのに。擦り切れそうな心が、その腕をとりたくなる。とって、縋って、泣き喚いてしまいそうになる。『どうして私なのだ』と、世界を呪いたくなるから)若しかしたら、症状が進行したら私は私でなくなってしまうかもしれないわ。眸から光を失うだけではなく、自分を喪ってしまうかもしれない。それが、本当の呪いかもしれない。…………それでも、…私は、貴女の手を取って、いいの…?(ゆっくりと、はじめて振り返る。もう、朧げにしかその姿を眸が捉えることは出来ないけれど。ぼんやりと見える、此方に手を伸ばす姿に自然のものとは思えない程鮮やかな色の眸から一筋雫が零れた。伸ばされた手に、怯えるように躊躇いながらそっと手を伸ばし────その先を知るのは、ふたりと月の光だけ。密やかな約束を。哀切なる約束となるとは、今は未だ知らず──) |
Published:2018/12/14 (Fri) 19:44 [ 27 ] |
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