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終.慕情の色彩 |
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![]() 伊塚幸子 |
(ひっそりとした世界が、少女たちを夢の世界へと誘う頃。伊塚は慣れた足取りで、その場所へと向かっていた。いつもと違うとすれば、小さな風呂敷を背にしていることくらい。何ら変わらない、彼女に会うためだけに前へと進む足。けれど、ふたりだけの時間はもう少しで終わりを告げようとしていた。──初恋と引き換え。それがのろいを終わらせる唯一の方法。その相手は、あの日すれ違った殿方ではなかった。彼女の瞳は未だに光を取り戻さないままであったし、寧ろ日に日に光を失っているようであったからだ。ならば、彼女の心に宿る恋心は、その相手は──階段を上り、少し進んだ先にある扉を軽く手の甲で叩く。鍵はかかっていないはずだからと、ゆっくりと扉を開いた。)……未稀お姉様。(彼女の名前を呼んで、伊塚はそうっと中へと足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉めた。彼女がこの楽園に、この檻に囚われるのは、今日で最後。朝が来て太陽が再び姿を隠す頃には、彼女は別の場所へと行ってしまう。それが示すのは、ふたりの時間の終わり。永遠にも近い、さよなら。)ねえ、お姉様。私、此処に通う内に誰にも見つからない道を発見したんです。だからその、よければ、夜風に当たりに行きませんか?(ふと口に出したのは、そんな誘いだった。ゆっくりと彼女の方へ歩みを進めて、その顔を覗き込むようにして、いつもと変わらぬ微笑みを浮かべる。差し出す右手は、あの約束の日と何ら変わりなく。) |
Published:2018/12/17 (Mon) 15:31 [ 30 ] |
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![]() 種崎未稀 |
(もう荷物は殆どなかった。そう、この部屋とも、この箱庭の楽園とも今日でお別れだから。鳥籠の楽園だった場所から、もう誰と会うこともないだろう別の鳥籠へと移される。身勝手な人間に弄ばれる籠の鳥と同じだな、なんて少しだけ嗤ったけれど、──私には、唯一持っていけるものがある。この部屋で眸が映したものは少ない。月の光、霞む己の手、そして、彼女の笑顔。この眸がもう色を寫すことはなくても、最後に見えたものが彼女の笑顔であるのならばこれは奪うことなどできない。そう、唯一つ私が胸にそっと抱えてこれからを生きていく大事な大事な荷物。私が罪人でも、誰もこれだけは奪うことが出来ない。最後だからか、それともあの日交わした約束があったからか、眠れないままに月の光だけが窓から差し込んでいた。もう、ひとりで出歩くことなど無理となった眸は己では確認できないけれど今も宝石のように鮮やかな色彩を放っているいるのだろう。ベッドから身を起こし、腰を掛けて月の光を浴びる。ぼんやりとわかる月の灯りが静寂を縁取っていたけれど、聴こえた小さな物音を敏感になった耳が捉えた。それは、ここにきて数日、いや数週間か、─もはや長いのか短いのかわからない期間ではあるがその間に聴き慣れた密やかな足音。少し驚いたように耳を澄ませていれば、確かに足音がこの部屋に近づいてくる。どうしたのかしら、と不思議に思いながらも音のする方に視線を向ける)幸子ちゃん…?どうしたの?まだ、…朝ではない、わよね?(確かに今日は約束の日だ。日、だった。けれどこんなに早いとは、寧ろその約束を果たせるとは思っていなかったから驚いたように目を丸くしている顔が、月明かりに照らされて見えるだろう)え、ええ。……迷惑じゃないかしら…?(空気の動きと足音から距離が縮まった気がして、少し困ったように眉を下げる。手を差し出される気配に、少し考えるようにしながら探るように手を此方からも差し出す。手を重ねてしまえば、相手に迷惑をかけることになるのはわかっているのに。心が小さく叫ぶのだ。「今日で最期なのだから」と。) |
Published:2018/12/18 (Tue) 17:45 [ 31 ] |
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![]() 伊塚幸子 |
(この数日、否、数週間で慣れた足先は、軽やかに彼女の前まで歩みを進めてくれる。こうしてこの寂しい部屋に訪れることは幾らかあったけれど、それも今日で最後なのだ。それでも普段と変わらない微笑みを彼女に向けて、疑問を付随した言の葉にやんわりと頷いた。まだ朝ではない。そう、朝がやってくるには早い時間だ。約束の日にはなっているけれど、下手をしたら彼女が眠っている可能性だってある時間帯に、伊塚は無遠慮にやってきたのだから。驚いたように目を丸くした彼女の表情を見て、ふふっと優しく声を漏らした。)あら!迷惑だと思ったら、誘いになんて来ていませんわ!(そう告げ差し出した手に探るような彼女の手が重なったのなら、嬉し気に眉根を下げた。その手をやんわりと握り返して、伊塚は「それじゃあ行きましょう、お姉様」そう声をかけるとゆっくりと歩みを進めだす。向かう先は鍵のかかっていない扉の、鳥籠の、向こうの世界。──ゆっくりと階段を下りていく。彼女が躓かないようにと、慎重に。それでいて、ほんの少し急ぎ足でもあった。進んでいく足が正面玄関までたどり着いたのならば、伊塚は彼女の靴を下駄箱から取り出して、そっとその足元に置いた。)案外、正面突破の方が気づかれないんですよ。(まるで抜け出したことがあるように語る口元は楽し気に笑い続けているけれど、今の彼女にはこの表情は見えていないのかもしれない。それでも笑顔を崩さぬようにして、伊塚は彼女が靴を履き替えてくれるのを待った。履き替えてくれたのであれば早速と、玄関を超える為に足を進めだし、)……ねえ、お姉様。この間した約束のこと、覚えていらっしゃいますか?(ふとそんなことを語り掛ける。忘れるはずもないだろうけれど、思わず口から零れた質問。彼女の手を握る右手に、ほんの僅か力を込めて。) |
Published:2018/12/19 (Wed) 14:57 [ 32 ] |
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![]() 種崎未稀 |
(彼女の足音を心待ちにしていたのは、屹度伝わっていただろう。其れほどまでに此処は静かで、私の世界は暗い。其処に差し込む一筋の光に縋ってしまう私は愚かかもしれないけれど、それでも、密やかで軽やかな足音は確かに私の心を慰めた。この足音を聞くのも最後。だから、ゆっくりと心の中の箱にしまって大切に鍵をかけるつもりだった、のに。性急な逢瀬にも似た誘いにいつもであれば身支度を整えて迎え入れたけれど今日は寝間着と部屋着の間くらいの軽装だった。少し恥じらうような仕草の後におずおずと重ねた手をやんわりと握り返してくれる感触に知らずのうちに詰めていた息がほっと無意識のうちに漏れた)そうは云っても、矢張り気になってしまうわ。だって、私の手を引くだけでなく人の気配にも気を配っていただくのだから。幸子ちゃんにこれ以上迷惑はかけたくないわ。(嬉し気に下がる相手の眉とは対照的に困ったように下がる眉。『最後だから』、相手に迷惑をかけたくない。そう告げないけれど、表情は以前よりも雄弁に物語っていた。促してくれる声と手に身を任せ、一歩一歩慎重に歩を進める。屹度、小さな段差や些細な足元の変化にも声をかけてくれるから途中からは少しばかり慎重さも軽減された筈で)───ふふ、もう何度かしました、とでも言わんばかりの言葉ね。悪い子になりたかったと言っていたけれど、もう既に片足は踏み出していたのかしら。(引かれる手とは反対の手でくすくすと微笑う口元を軽く覆う。足元に置かれた靴をゆっくりと手探りのままに履けば、なんとも久しぶりの感覚にとんとんと何度か足踏みをしてから歩を進める為に足をあげて一歩を踏み出し)───約束?……幸子ちゃんが行ってくれた言葉ですもの。忘れる筈がないわ。(小さく微笑う。実際は、症状は進行してしまったけれど、心まで巣食う呪いに苛まれずにいるのは、他ならぬこの手を引いてくれている彼女が居たから。それだけで、約束は果たされたようなものだった。そう思っていたから、肯定する声音は穏やかに、微かに力の強まった手を軽く握り返した) |
Published:2018/12/21 (Fri) 12:07 [ 33 ] |
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![]() 伊塚幸子 |
(彼女の言葉を耳にして、繋いでいない方の手を胸元でそっと握りしめてしまう。今の状況で誰よりも、そして何よりも苦しいのは彼女であるはずで、けれどこうして伊塚のことを気遣ってくれる。そのことが何よりも嬉しくて、また何よりも切なくて。そう、何にせよ今日で“最後”であることは変わらない。たとい彼女の呪いを打ち破ったとしても──否、打ち破れなかったとしても、彼女は此の楽園から離れていってしまうのだろう。それを望んでいようと、いまいとも。)お姉様は迷惑をかけていると思っているみたいですけれど、私、一度も迷惑だなんて思ったことないんですよ?(だからこそかけて欲しかった。これが最後となるのであれば、迷惑をかけて、そうして我儘を言って欲しい。そう願うのは、きっと身勝手な、それこそ伊塚の我儘でしかないのだろうけど。)ふふ!眠れない夜とかに、ちょっとだけ抜け出したことがあるんです。悪い子になるのって魅力的だけれど勇気がいるから、少しずつ悪い子になっていったんですよ?(なんて告げる声はかろい音で響く。悪い子になりたいと告げたのはいつのことであったのか、彼女が未だ両の瞳に光を写している頃であっただろうか。あの頃から幾らも時間は経ったけれど、彼女の隣にいられていることが嬉しく感じられた。──あの頃は、こんなことになるとは想像すらしていなかったけれど。)ええ、そうよね。お姉様が、私との約束を忘れるはず……ないですものね。(彼女の手を引いて、軽く握り返される手に勇気付けられるように、伊塚は一歩一歩足を進めた。外に続く扉を開くと、夜の風が優しく頬を撫ぜる。空を見上げれば、宝石のように輝く星が見えた。)お姉様、私ね、不謹慎ですけれど、……お姉様とふたりで過ごす時間が、すごく楽しくて、嬉しくて、この時間がもっと続けばいいのにって。そしたら他に何もいらないのにって、そう思ってしまうんです。(小さく告げて、進めていた足をふと止めた。正面扉から少し出ただけのその場所で、伊塚は空に輝くよりも美しい彼女の瞳を覗き込む。)こんな風に思ってしまう私は、悪い子ですか?それとも、悪い子じゃないって言ってくださる? |
Published:2018/12/22 (Sat) 18:27 [ 34 ] |
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![]() 種崎未稀 |
(眸と云う硝子体が像を確りと映さなくなってから短くはない時間が経った。其の内の多くの時間を、密やかな逢瀬として共に過ごしていたとは云え見えていない相手の心情を全て察することは出来ないし其れをもどかしいと思うことすら出来ない。だって、もう眸は幾許かの光しか捉えないのだから。だからこそ、彼女が慕ってくれた『自分』という存在を変えたくない。『最期』まで、彼女が誇れる『お姉様』に限りなく近い存在で居たい。其れが、最期の我儘と言ったら彼女は赦してくれるだろうか。紡いだ縁<えにし>を縁<よすが>に生きていくのだ。心に秘めたちくりと胸を刺しながらも柔らかく包み込んでくれるような温かさをもったこの感情の名前を、私は知っている。知っているから、──秘めるのだ。心の中の大切な箱に仕舞い、何重にも何重にも鎖を巻いて鍵をかけよう。だって、彼女は私の光だから。光は、闇の中で輝くから光なのではない。光であるからこそ、闇を照らすのだ。)そう云われてしまうと、そうなのかしら、と頷くしかないわね。幸子ちゃんの感情は幸子ちゃんだけのものだもの。でも、少なくとも私の眸が文字通り異彩を放ってから幸子ちゃんに迷惑をかけたと私は思っているの。私のことについて、いろいろ言われたでしょう?私は、貴女の誇れるお姉様のままで此処を巣立ちたかったのだけれど……。(もうままならないものね、と苦笑めいた呼気を漏らす。軽やかな声音で響く少女の言葉には、もう、と嗜めるような声もついつい出るけれど)悪い子に憧れるのは、幸子ちゃんが真っ直ぐだからね。自分にはないものに、人は憧れるものだもの。(悪い子に、という言葉を聞いたのは今までの何度かあった筈だ。其れは今となってみれば殆ど戯れめいた響きだったかもしれないけれど、其れも彼女からの小さな悲鳴だったのかもしれない。そう、今は思えるのに私の手は彼女を導くことは出来ない。其れが今はとても苦しい。忘れる筈がない、と告げた言葉を繰り返す相手の手を軽く握れば緩やかに上下に揺らそうか。其れは若しかしたら、あやすかの様な緩やかさを感じるかもしれない。少ししてから扉の開く音と風が頬を撫ぜる感覚に、視覚という機能の大部分を喪った眸を細めた。そして、耳が拾う小さな告白。懺悔めいてすら聞こえるその言葉に少し考えるような間が空いて)───私も、楽しかったわ。不謹慎かもしれないし、屹度罪なことを云っているのだという自覚もあるのだけれど。だから、…そうだとしたら、私も悪い子、ね。幸子ちゃんにとって、私は悪い子かしら?(問いに問いで返すのは狡いとわかっていても。足を止め、眸を覗き込むような近さの少女に向けて微笑う) |
Published:2018/12/25 (Tue) 00:03 [ 35 ] |
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![]() 伊塚幸子 |
それもそうかもしれないけれど……。お姉様のことについて、言われたには言われましたわ。でも、それでも私の中のお姉様はずっと変わらなかったんです。ずっとずっと、誇れるお姉様のまま。だから安心してくださいませ!(明るい声音に、見えているかはわからないものの朗らかな笑みを添えて。彼女が幽閉されてから、親しい友人は確かに色々と言葉を向けて来た。その言葉の中にはわざとらしい毒を添えているものもあったが、それで挫けるような伊塚ではない。毒には毒を返し、そうしている内に遠巻きにしてくる友人も出てきたものの、気にするような性格でもないからこそ。淑女というには、誰も彼も、余りにも子供であった。)真っ直ぐ?ふふ、お姉様の中の幸子は真っ直ぐな子なのね。でも、そう言われると尚更悪い子に憧れてしまうわ。(憧れるばかりで、悪い子として旅立つには幾分も足りない。然しそれでも憧れがいつか本当になって、悪い子になれたのであれば──そうは思うものの、優しい彼女が伊塚を悪い子だと思う日はないように思えた。思えただけで、実際にどうなるかは分かったものではない。何より彼女を呪いから解放する術を持っているのに、手の内を明かそうとしないのだから。触れる風が、優しく髪を揺らす。彼女にかけた言葉の返答を待って、そうして聞こえた声にそうっと笑みを浮かべた。)お姉様もそうなら、良かったですわ。そうですわね、お姉様は私から見て、──……悪い子。だったら、よかったのに。(問いに問いで返され、少しばかり悩んだ伊塚は彼女の双眸を瞳に映して困ったように笑う。彼女が悪い子であったのなら、きっと彼女の手を取る事に罪悪を抱くこともなかったと思う。そうであったのなら、彼女の視界を、光を奪ったことに心を痛めることもなかったと、思う。)お姉様はいつだって良い子、でしたわ。いつだって良い子で、素敵で、……私ね、お姉様。私、まだ、……ずっと、お姉様の傍にいたいって思ってしまうの。ねえ、お姉様。お姉様はどう思っていらっしゃるのかしら?私のこと、どう思っていらっしゃるの?ねえ、お願い。幸子に、お姉様の気持ちを教えてください。(聞いてはいけないことのように感ぜられた。だからこそ尋ねる声は何処か緊張を秘めていて、そして何処か、期待するように震えていた。) |
Published:2018/12/28 (Fri) 18:42 [ 36 ] |
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![]() 種崎未稀 |
だって、…ッだって、そう居たかったのだもの…!(安心してください、と明るい声の主の顔は、もう殆ど見えることはないけれど。屹度、此方を真っ直ぐに見ているのだろう。そんな、そう、そんな相手だからこそ、朗らかに笑う相手の言葉を遮るように叫ぶような声で遮った。けれど、自分からそんな声を発したことに驚くように繋いでいない手を口元にあてる。自らを落ち着かせるように口元に当てた手を胸元に落とし、息を吐く。何度か胸を上下させて)そう、まっすぐ。本当に悪い子は、悪い子になりたいとは思わないものね。良い子だからこそ、善い子だからこそ──…。(言葉を迷うように一度、人のものとはかけ離れた色をした眸の石が揺れた)幸子ちゃんがどう思おうと、…私は、悪い子よ。本当にね、…。嬉しかったの。幸せだったの。淋しかったけれど、…満たされていたの。あの部屋は、私の最後の鳥籠。解き放たれる為の、鍵は…幸子ちゃんだったのかもしれないわね。最後だから、最期だから──そう思っていたのだけれど、…。(問われる声に言葉をと切らせる。勿論、と咄嗟に答えそうになる心をひき止めるように喉が震える。だって、彼女は優しいから。彼女は、悪い子であり良い子だから。望んでしまえば、屹度。…そう、わかっているのに)………私ね、幸子ちゃんを好いているの。そう、其れは誰よりも何よりも。だから、一緒に居たいわ。共に、この学園を私が巣立つまで。最期まで、微笑って一緒に居られると思っていたの。でも、…こんな私とは、一緒に居てはいけないでしょう?駄目よ、幸子ちゃん。(一緒には居たいけれど。居たい。居たい。でも、…其れは叶ってはいけないことだと、判っている。判っているから)────幸子ちゃんは、幸せになって。其の名前の征く通り。幸せに終わるように。 |
Published:2018/12/31 (Mon) 11:06 [ 37 ] |
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![]() 伊塚幸子 |
(静けさを抱いた夜に、彼女の声が響く。悲痛に聞こえるその声が耳朶を揺らして、伊塚は思わず口を閉じた。彼女を見つめる視線は柔く、優しく向けられている。けれど恐らくは、彼女に伊塚の視線は伝わらないのだろうと思え、思わず視線を落とした。出会った頃と変わらない。この学園も、この世界も。然し彼女は、あの頃よりも深く不安を抱き、どうしようもない恐怖に襲われているに違いない。そうは分かっていても、伊塚にはその不安を取り除く方法は何も──否、ひとつだけ。上げた視線の先で、彼女の瞳が揺れた。)……未稀お姉様。(自分を悪い子だと告げる声に、最期だと告げる彼女に、ゆっくりと呼びかける。自分が瞳に光を宿す方法を知っているということを、彼女は知らない。そういった意味であれば鍵を持っているのは確かであろうけれど、その鍵を使うかどうかを彼女自身ではなく伊塚に託されているというのは──酷く残酷なことだと思えた。)──ごめんなさい、お姉様。(告げた声が、思ったよりも震えていた。小さく息を吸い込んで、吐き出す。ごめんなさい。あなたの瞳に、光を戻せない。)あのね、お姉様。私も、お姉様のことが……お姉様のことが、好きなんです。だから、お姉様といることが、私の幸せなんです。(告げてはならない返答を向ける。どちらが正しいのか、伊塚にはわからない。分からないからこそ、ただただ自分の心に従った。繋いだ彼女の手を、強く握りしめる。)知っていますか?外国では結婚を誓うとき、どんなときも共にいることを誓うんだそうです。私は、……私も、お姉様とだったら誓えますわ。苦しいときも、楽しいときも、……どんなときでも、お姉様のお傍にいることを。だから、ね、ふたりで抜け出しましょう。(握りしめた彼女の片手を、もう片方の手で包み込む。両手で彼女の手を包んだまま、祈るようにして。彼女を思うならば、この想いを隠すべきであったのかもしれない。それができなかった。できなかったからこそ、どうか。)それで、……それで、ふたりで終えましょう?ねえ、お姉様。私、お姉様と一緒にいたいんです。だから、……だめ、ですか? |
Published:2018/12/31 (Mon) 13:53 [ 38 ] |
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![]() 種崎未稀 |
(自らのせいで周囲の人から何かを言われていることも判っていた。けれど、来なくていいのよ、とは口先だけでしか言えなかった。本当に『善い』お姉様ならば、きつい言葉でも駄目だと断じなくてはいけなかったのに。其れを出来なかったのは、──そう、此れが恋だと気づいてしまっていたから。焦がれて、恋いて、しまったから)本当は、もう貴女に『お姉様』と呼んでもらう資格なんてなかったのかもしれないの。でもね、でも、……こんな気持ち、赦されないでしょう?赦されちゃいけないのよ。だから、…貴女の優しさに甘えた私の罰なの。そう、…(そうなの、と告げようとした唇が震えるのをやめた。それは、聞こえた声が自分の声以上に震えて聞こえたから)幸子、ちゃん……?(ご免なさいと告げる相手の表情は見えない。けれど、何故だろうか。受け取られてはいけないこの想いを、確りと受け取ってくれたような、そんな気がした。そう、この力の強まった手が、彼女が、)…駄目よ、貴女には未来があるわ。屹度、…この学園のことが心の想い出として、柔く微笑んで旦那さまと、そしてややこを愛おし気に見守るような、そんな未来があるのよ…。私と居ても、幸せにはなれない、…なれないのに、…………わかっている、のに、…それでも、……………やっぱり、私は悪いお姉様だから、……(包み込まれた両の手に、縋るように額をくっつけ息を吐く)………今、ひどく嬉しいの。駄目ね、本当に、駄目なお姉様。………一緒に、終わらせて、くれるの…?(駄目ですか?と問う相手に返すのは、本当にそれでいいのか?と問う狡い声。此れが最期の問いかけだと云うように、手から額を離し天然の石なのにどこか人工物めいた鉱石の眸がじっと、自分よりも幼い顔を見た) |
Published:2018/12/31 (Mon) 16:01 [ 39 ] |
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![]() 伊塚幸子 |
(秘めなければならない想いは、けれど口に出してしまえばそれまでである。それでも口に出してしまったのは、まだ伊塚が子供であるからかもしれない。大人であれば、それこそ周りの望む淑女であれば、いとしい人から光を奪うような選択はしないのだろう。)未来なんて、……お姉様がいらっしゃらない未来なんて、私には必要ないわ。私が欲しいのは、望んでいるのは、たったひとつ。お姉様の隣にいられる未来、ですもの。(彼女の手を握る手に、柔い頬が触れた。壊れそうなくらい柔い感触に、そうっと瞳を細める。自分の未来を案じる言葉には酷く心が揺さぶられる感覚がした。)ええ、お姉様。もちろんですわ。……一緒に終わらせましょう。私にとって、それが一番の幸せなんです。お姉様と一緒に居て、一緒に過ごして……──一緒に、最期を飾れることが、何よりのしあわせ。(向けられた視線に、伊塚は視線を返す。人工物のような美しい宝石のひとみ。彼女から光を奪った瞳は、けれど優しい色を宿していた。誰もが疎んだ瞳が、伊塚には何よりも綺麗に見える。どうしてこんなに美しいものを不気味と言えるのかしら。どうしてこんなに美しい心を持った人を、呪われていると避けられるのかしら──伊塚は彼女の手を握る力を強めて、愛おしげに笑みを向ける。)たとい此の世界が私たちを祝福しなくても構いませんわ。だからお姉様、ずっと……ずっと、私と一緒に居てくださいませね。(それは誓いの言葉であり、呪いの言葉でもある。彼女の瞳から光を奪い、挙句彼女を世界から奪おうというのだから。あゝけれど、どうしてこうも幸せな気持ちが溢れるのだろうか。誰にも祝福されない世界で、彼女とふたり──誰よりも、しあわせな終わりを彩ることができるのだから。) |
Published:2018/12/31 (Mon) 17:16 [ 40 ] |
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![]() 種崎未稀 |
(お姉様と呼ばれようと、この鳥籠の女学院の中で最上級生であろうと、所詮は未だ年端の行かぬ少女なのだ。其れは彼女も、そして己も。望まれた姿で居ようとした末路には、嗚呼なんて素敵な結末なのだろうか。繋いだ手のぬくもりは確かに其処にあって、確りと暖かく強い。)私の未来は、もう光を見ることはなくても…それでも、貴女が私の分まで、光の中を進んでくれるという、それだけで、…それだけで、よかったのに。(そう、あの部屋の扉が先程開かれるまでは思っていた。心の底からの、本心だった。けれど、差し出された手が己の手を握ってくれたから)私も、…幸子ちゃんと一緒に居られれば幸せよ。其れがどんな意味を持とうとも、私は、…屹度、ううん、絶対に、世界で一番幸せよ。(一滴だけ、輝く眸から雫を零せば今までで一番の微笑みを浮かべた。強まった手を握る力に、同じだけ返して)世界が祝福してくれなくても、私は幸せよ。だって、私の光はずっと、あの桜の吹雪く日から貴女なのだから。(光がなくなった理由は知らない。判らない。そして、彼女の約束してくれていた呪いを解く、という言葉の意味も判らないけれど。約束をしてくれたのは、彼女だけだったから。信じる信じないという、そんな次元ではない。この甘い呪いを、一身に受け止めよう)───手を、離さないでね。最後の、最期まで。(其れが遠い未来でも、近い将来でも、次の瞬間でも。そう、最期まで離さないで、と) |
Published:2018/12/31 (Mon) 18:06 [ 41 ] |
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