ブーゲンビリアをあなたに

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肆.スピカが流れた日
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仁科忍
(この噂を止めるにはと何度も何度も、昼も夜も考えた末。解決するにはきっとこれしかないと思い立った次の日には、あの写真館へ向かっていた。二度目の道はすっかり覚えてしまっていて、難なくミルクホールを見つけることが出来たし、その二軒隣の写真館の重々しい門も、以前来たように気圧される事なく押し上げることも出来る。)この後、ミルクホールでも行こうかしら。……いや、でもひとりならつまらない、か。(門を抜けながら独りごちて、隣にいつもある温もりがないのを心寂しく思う。扉の前、以前とは違って殺風景な印象に違和感を覚えるけれど、何が違っているのかはピンとこないまま、沈んだ気持ちを浮上させる事なく開いた。)あ、……ごめんください。ちょっと、お尋ねしたいことがあって。(扉が開いてすぐ普通とは違うふたつの瞳がこちらを向けば、驚いたように身体を縮める。来客がいて当然なのに、何故かその事について全く想像していなかったのがいけなかったのか、それともふたりの瞳の輝きが色は違えどあの子のものと似ていたからか。聞くのは今しかない、と思えるほどの好機だ。奥へと促される間に、ごくりと唾を飲み込んで喋る準備を。通されたソファにちょこんと腰をかけて、出されたカップをみてはありがとうございますと消え入りそうな声で例を告げた。写真館の女主人が対面に腰掛けて、もうひとりの女性が去ろうとするのを見ては慌てて「貴女にもお聞きしたい事が」と引き止めよう。すれば不思議そうな顔をしつつも、女主人の横に腰をかけるだろう。好意で出していただいたマグカップに手をつける事なく、膝の上で手をもじもじ、唇をきゅっと噛みながら、ちらりとふたりを見る。首を傾けて、こちらが話し出すのをゆっくり待っていてくれている。早く話さなければ。喉を潤すために、カップに淹れられたお茶を飲んでから唇を開こう。)あの、……この前一緒に写真を撮った子、覚えていますか。その子が、その、……お姉さん達と同じような眼になってしまったのです。(ふたり同時に目を見開くのが、なんだか可笑しかった。きっと仲の良いふたりなのだろうと関係性を察すれば自然と表情が綻ぶ。笑っている場合ではないと表情を戻して、真剣な眼差しを向けよう。)お姉さん達は、どのようにすればあの子が再び光を取り戻すか、ご存知でしょうか。もし、知っているなら、どうか、どうか。教えてくださいませんか。……僕の大切な人を、助けたいのです。(頭を下げながら最後は絞り出すような声で告げる。シンと部屋が静まり返る部屋で、目の前のふたりはどんな表情をしているのだろう。知らないと困惑しているのだろうか。私たちでは助けられないと言うのだろうか。誰も何も言わない時間が永遠のように感じられる。どうすればいいのだろう。此処は嘘ですごめんなさいとでも告げて、逃げ出したほうがいいのだろうか。でも、あの子を思えばそんなことも出来ない。ちらりと顔を上げれば、漸く女主人が口火を切った。ふたりともその病に侵されたこと、その様な病があること、その原因は初恋ということ、治すには初恋を忘れること。それらをゆっくり時間を掛けて聞き届ければ、明るかった窓の外はすっかり暗くなっている。「私たちもそうだったのよ」と隣の女性が言えば、何となくだがふたりの関係性が見えた様に思う。なかなかの衝撃的な内容ではあったものの、治す内容が知れたのは幸運だった。ちゃんと治った人を、同時にふたりも見られた事で信憑性も高まった。ふたりに深々と頭を下げて礼を述べれば、暗くなった帰り道を辿ろう。)…………そっか、千歳ちゃん好きな人、いるんだ。(冷えた空気が頬を撫ぜる。早く寮へ帰りたい。ゆっくりお風呂に浸かってから、またあの最上階へ行こう。大切なあの子の顔が今は無性に見たくて仕方ない。でも、誰の事を想っているのだろう。知りたいけれど、知りたくないような。複雑な心境を胸の内に抱えたまま、僕は、わたしは、あの子の前で以前と同じ様に笑えるだろうか。)
Published:2018/12/15 (Sat) 23:43 [ 32 ]