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終.慕情の色彩 |
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![]() 葛城翔子 |
(二人で写真を撮りましょう。そう約束した時はあんなにも時の流れを遅く感じてまだかまだかと焦れたと言うのに、彼女との別れが迫っているとわかった途端に何倍もの速度で日々が過ぎ去るのだから皮肉なものだ。三週間も待ち切れるかしらと期待に膨らんだ胸はとうに萎みきっていて、その日が来なければ良いのにと願いながら最後の夜を明かす。彼女と揃いで買った服に袖を通し上掛けを羽織ったなら、同室の少女を起こさぬよう部屋を抜け出すのも、足音を立てぬよう階段を駆け上がるのも、慣れたもの。けれど初めて訪れたその日に比べて足取りは重い。扉の前に立ち、戸を叩く前に自らの頬を弱く叩いた。決意は固まっていない、知り得た真実を告げるべきかもわからない。婚約破棄を受けてからも彼女の視力は快復しなかったのだから、誰か他に、今でも想い続けている人が居るのだろう。それを思うと、ずきずきと胸が痛むけれど、)………牡丹ちゃん、向かえに来たわ。入ってもよろしいかしら?(不甲斐なく凍った表情を指先で揉み解し、それから平常通りに名を呼んだ。許可が下りれば戸を開け彼女の側に寄り添って、他愛ない世間話をしながらその手を取る。)調子はどう?私、そわそわしちゃってよく眠れた気がしないのよ。子供みたいで笑っちゃうでしょう?(そんな事を言う合間に立ち上がれるかと尋ねつつ、問題なさそうならばその手を引いて部屋を後にするだろう。皆はまだ寝静まっていて、遠くから漸く鳥の声が聞こえて来たくらいに早い朝。一段ずつ踏みしめるように、ゆっくり降りても差し支えない。寮を後にして、写真館への道のりを歩きながら、徐に呟いた。)ねぇ牡丹ちゃん。私ね、呪いの解き方を聞いたの。………もしも、視力と引き換えに、大切な気持ちを失うとして、あなたはどちらを選びたい?(美しく淡い朝焼けから、夕焼けのような燃える赤へ。視線を移し問うたその声は小さく、震えていた。言うべきか、否か、答えはまだ揺れているけれど、問わずにはいられなかった。) |
Published:2018/12/17 (Mon) 16:01 [ 26 ] |
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![]() 茅倉牡丹 |
(目覚めたのは、まだ日の昇らぬうちであったように思う。暁闇の空を知る術も失われて久しく、寝ても覚めても、一寸先には闇がある。昼夜の感覚さえ曖昧な中で、最早規則正しく鳴り響く鐘の音と時折訪れる足音の主だけが時の便りだった。何もかもが手探りで、時間をかけて髪をくしけずり、一つ一つを確かめながら服を着かえ、ようやっと身支度を整える頃には時計の針が一回りもしているだろうか。そうして、ひとつきりの椅子に腰かけるころには、ひどく疲れたような気分になってしまう。見えないことの不便さも、何一つできないことの苛立ちも、日常になりつつあるけれど、それも今日で一区切りの終わりを迎える。その前に、一つだけと我儘を言って、期日を伸ばしてもらったのは記憶に新しい。じっと椅子に座って、ひとつの訪れを待っている様は、大きな人形のようであったかもしれない。ややあって聞こえた叩扉に「どうぞ」と声を返して、物を映さぬ瞳を抱え惰性のままに扉の方へと首を巡らせた。)道理で。随分御早いものだと思ったわ。本当なら、今度は私がお迎えに上がりたかったのに。(声と足音とてのひらの感覚。見る以外の全てで、新しく彼女を覚えた。「私も楽しみだったわ」と言葉に乗せて、あたたかな手を借り立ち上がり。)私、足手まといにはならないように頑張るから、どうか置いて行かないちょうだいね。(繋いだそっと手を握る。或いは縋る様であったかもしれない。一人では下りることも叶わぬ階段を一段一段確かめて、寮を出たのはいつぶりのことだろう。ひんやりと冷えた空気が、頬を撫ぜて朝焼けの色を教えてくれた。静謐の小道を歩きながら、引く手の主の鈴声に耳を傾けて。)――あら。姉さん、これが呪いだって信じているの?私、すっかり何かの病気なのだと思っているのだけれど……。(首を傾げて、幾らか驚いた様な声が出る。呪いを解けば元に戻るなんて、そんな御伽噺みたいなことがあるものか。けれども、彼女の声に感じるものは冗談の類ではないように思われた。)聞いて、姉さん。(歩くことは難しくとも、止まることは容易い。ぴたりと足を止めると同時に、やわらかな手を引き留めよう。)もう私には何も残っていないの。学園にはいられない、御家の為にも生きられない。今更この目が見えるようになっても、それは変わらない。だから私は、このまま想い一つ抱えて生きていくのもいいと思っているわ。(小道の片隅で、向き合うことが叶ったなら、空いた手もまた彼女を探す。触れることはできるだろうか、なめらかな白い肌、やわらかなその頬に。) |
Published:2018/12/19 (Wed) 15:42 [ 27 ] |
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![]() 葛城翔子 |
(部屋の主が今日で去ると分かっているからだろうか、訪れた部屋は随分と寂しく感じる。味気ない室内はうら若き乙女の輪郭を強めるようだった。ドアを開いた先で滑らかな黒髪が艶めき、彩を深めた瞳が此方へ向けられる。向けられているはずなのに、その眼差しにはかつての真直ぐな光は無く、火花を散らすような煌きを内包した輝石があるばかり。焦点が合わない事からも、もう彼女の視界には殆ど己が映っていないことが分かっていた。)いてもたってもいられなかったの。いっそ牡丹ちゃんの目覚ましに代わろうと思って来たのに準備ばっちりなんですもの、ちょっとびっくり。それはそれでお願いしてみたかったけれど……牡丹ちゃんが迎えに来てくれるのを待ちきれなくて、私も部屋を飛び出してしまっていたかも。(彼女の手を取り、ふらつく事など無いよう確りと支えを務めながら、その仮定を想像しては恥ずかしそうに小さく笑む。一人で先走ることの無いよう一歩を踏み締めながら、彼女の手を握り返した。)足手まといだなんて思うものですか。それに置いて行ったりしないから安心して?そうするくらいなら牡丹ちゃんをおぶって走るわっ。(段差に躓かぬよう、先に何があるかを口頭でも告げながらゆっくりと進んでいく。寮を出てからは周囲に目を光らせ、その時折で彼女の顔を盗み見ていた。朝焼けを受けるその横顔は知る人の中で一等美しい。)だって、呪いだと思った方がまだ幾分救われるでしょう。病気には長い研究や特効薬の開発が必要だけれど、呪いならばその元凶を叩くか、王子様の口付けか、そういう分かりやすい鍵があるじゃない?(ぴんと上向きに立てた指がくるくると宙を混ぜる。魔法の呪文でも、王子様のキスでも、薬でも、何かあれば良かったのに。驚いた様子の彼女へ、冗談めかした口調で返せば繋いだ手を幼子の様に揺らした。)……そんなこと、ないのに。(足を止めて、振り返る。まだ朝陽を浴びていない風が冷たく二人を撫でていく。自分には何もないと言い、朝焼けを背に此方を見据える彼女は、夢の様に美しかった。彼女自身の世界はもう殆ど黒く染まっているだろうに。伸びた手を取り、包むように重て引き寄せ頬に添える。)……その想いを断てば、また見えるようになるのに?そうまでして、誰を想っているの?(呪いとは恋煩い。失恋の痛みこそ特効薬。そんなものを患う程に彼女の心を、瞳を焦がしたのは一体何処の誰なのだろう。胸が締め付けられるように痛んで、眉間に皺が寄る。絞り出した声はか細く震えてしまって、遠い鳥の歌声にも掻き消されてしまいそうだった。) |
Published:2018/12/19 (Wed) 23:20 [ 28 ] |
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![]() 茅倉牡丹 |
(声の主を探して、ゆらりゆらりと首を傾げるように頭を振る。視線を向ける代わりに、耳を傾ける。見えないものを、ひとつ残らず取り落とさないように。この目に映る世界はどんなに尊いものだっただろう。私を連れ出す貴女、今、どんな顔をしているの。)……もう。私だって子供ではないのよ。昔は翔子ちゃんの方が大きかったけれど、今は私の方が少し大きいわ。(彼女の声と、爪先の感覚と、繋ぐ手を頼りに足を進める。まだほんの歩き始めたばかりだというのに、写真館までの道のりが随分と遠く感じられた。けれども、流石におぶわれることを想像してみればなんだか滑稽で、眉間の皺をわずかばかり深くしては、冗句に対して不満げに訴えてみせる。年下ながらに背丈では勝っていた――はずだ。確かに、そのはずだ。「……そうだったでしょう?」と幾らか自信なさげに付け加えて。光への未練が首をもたげるようだった。顔が見えない。姿が見えない。どんな服を着ているの。どんな表情をしているの。貴女と私の在り方さえ、見失ってしまいそう。導かれるままにてのひらにやわらかなぬくもりを確かめれば、そこに光が見える気がした。脳裏に描く面影を辿り、指先で頬のまろみを撫ぜ。)……治してくださるって、そう仰っていたのだものね。探してくださったのね、私の為に。(ゆっくりと瞳を瞬かせ、戸惑いを吐息に混ぜて。頬をなぞり、輪郭を辿る。羽で触れるような軽さで、肌の上に指を滑らせる。少しくらいは表情に触れることができるだろうか。ふつふつと、胸の奥で揺らぎ始めたものがあった。ずっと蓋をしていた、何か。)――……私、呪いなんかより、もっとずっと、おぞましい想いを抱いているのよ。これが呪いなのだとしたら、最早私が自ら断てるような、浅い想いではなくなってしまったということだわ。(焦点の合わぬ虚ろな瞳は、それでも赤々と燃えている。彼女の声と、触れるぬくもりだけがすべてになるようだった。夜明けを歌う鳥の声さえ何処か遠い。見えないから、触れて確かめるしかない。それは詭弁に過ぎないのかもしれない。吐息には、諦観が滲む。なめらかな肌を確かめる指先は、やがて彼女のくちびるに触れるだろう。)……ずっとこうして、翔子ちゃんにふれたいと、おもっていたわ。私は、ずっと……(ぽつりと零れた言葉は、木枯らしに攫われるように、冷たい朝に溶けて落ちた。) |
Published:2018/12/21 (Fri) 22:09 [ 29 ] |
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![]() 葛城翔子 |
(見えない代わりに、少しでも多くのものを届けられるように。ここに居ると伝えるようにその傍らに寄り添い、手を取り、何か言う時は何時もよりほんの少しゆっくりと紡げるよう意識する。不満げな彼女の声音には笑声で咄嗟に謝罪するけれど、反省の色はない。)ええ、ほんとうに。いつの間に越されてしまったのかしら、少し悔しいわ。(未だ開きのある身長差、この先ぐんと背丈が伸びるとは思えないから、きっとこの差が埋まることはないのだろう。「悔しいけれど、まぁ、これもこれで悪くは無いのよね。」と呟いては繋いだままに絡めとり、その腕に密着しながら肩に頭を預けた。身長差があるからこその、恋仲の二人のようなそれは、側から見れば仲睦まじい女生徒二人としか映らぬであろう。ともあれそれが、見えぬ彼女の不安げな問いかけへの答え。今も変わらず、あなたの方が、と。)………約束したもの。なのに、ごめんなさい。本当は牡丹ちゃんに、何一つ失って欲しく無いのに…どちらか一つを諦めなくちゃいけない道しか、見つけられなかった。(確かめるように触れてくる指先は暖かくて、優しくて、何故だか無性に泣きたくなった。もっと嬉々として伝えられるような内容であったなら、どれだけ良かったろう。目の奥がじんわりと熱くなっては、強く目を閉じやり過ごして、もう一度ゆっくりと瞼を持ち上げて。此方を見据える炎の煌めきと視線が交わる。咄嗟に開いた口は何を言うこともできなかった。『おぞましいだなんて言わないで』だって、そんなこと、彼女の胸の内を何も知らぬ己が言える訳がない。言葉を飲み込むように口をつぐむのと、その指先が唇に触れるのはほとんど同時であったろう。触れたところから全身が痺れて、心が跳ね上がる。)そ、れは…………それはつまり、…………えっと。(鳥の声が遠くなる。朝焼けは薄く滲み、彼女の赤だけが鮮烈に焼きつく。混乱に白んだ思考の中で、指先の感触だけがリアルだった。先程までの感情を暗色とするならば、今はきっと真逆の明色に染まってしまったことだろう。頬が熱い。鼓動がうるさい。無意識に緩みかけた口元に気付いては慌てて引き結ぶ。触れたいと願っていたのだと言う、彼女は、わたしに。それがどういうことか分からないほど鈍感ではない。)………牡丹ちゃん、ゆるして。(触れた指先を掬うこと。その瞳を焦がしたのが己だと知って、歓喜に心震わせたこと。それがどういうことか分かっていながら、言葉にせずにはいられなかった。堪えきれなかった。)私も、………私もよ。貴女に触れたい、……ごめんね、でも、牡丹ちゃんが、だいすきなの……。(込み上げる熱が視界をぼかす。貴女の世界を閉ざすことを、――どうかゆるして。) |
Published:2018/12/23 (Sun) 19:54 [ 30 ] |
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![]() 茅倉牡丹 |
(本当に本当に、彼女がいなければ何もできないようになってしまったら、或いはそれは口実を手に入れることになるだろうか。この目が一条の光さえ拾うことが無くなって、手を引いてもらわなければ暮らしてゆくことさえ難しくなったら、それは。手を取って、連れられるままに歩いてゆく様は、幼少の思い出に似ている。けれども、いつの間にか背丈が違ってしまったように、傍らのぬくもりに感じるのは安堵ばかりではなく。肩に感じる控えめな重みが心地良かった。)私がおのこだったなら、もっとスマートにエスコートして差し上げたのに。(目の見えていた折であれば、人目を気にすることもしただろうけれど。今は世界との繋がりさえ彼女を介してでしか成立しない。それをどこかで喜んでいる節さえあるのだからたちが悪い。彼女が交わした約束のために奔走してくれたという事実は喪失の痛み凌駕する。)…姉さん、悲しい顔をしないで。謝らなければならないのは、私の方だわ。(相変わらず、この目に映すことは叶わないけれど。声の調子、微かな震え、僅かなりとも拾い上げては、心のうちに思い描いた。幾度も心に描いた、乙女のかんばせを。)私はずるいのよ、姉さん。姉さんにそばにいてほしくて、姉さんに私を見てほしくて、そういう浅ましい願いが、私の目を閉ざしたのかもしれない。姉さんがお優しいのを知っているから、私の元へ来てくださると信じていたから。(するすると口から出てゆく言葉は、これが最後と知っているからだろうか。或いはそれこそ、彼女の顔を見ることができないからかもしれない。淀みなく繕うことも忘れてこぼれてゆく。彼女の困惑が聞こえる。名残惜しむ指先を柔肌から離し、彼女に触れた指で、己のくちびるをなぞる。そこに温度が残っているように。そのくちびるで、忘れてね、とでも告げようとした刹那。彼女の言葉に、はさとまつげを震わす。ゆるす?許しを請うは此方の方。彼女の声が、その言葉が。嗚呼、私はやさしさにつけこもうとしているのかもしれない。許されるなら、叶うなら、私は。そっと彼女の腕を引く。距離を縮めることが叶うだろうか。抱擁の距離、或いは。額を合わせる距離にいても、この瞳に彼女を映すことはもうない。けれども、まなうらには確かにそのかんばせを思い描いて、密やかに囁こう。)……ゆるして、翔子ちゃん。(想い続けることを。あきらめきれないことを。恋をしてしまったことを。この手が離れても、あなたを想い続けることを、どうか許して。永久に光を失うのだとしても、私は愛を選びたい。) |
Published:2018/12/26 (Wed) 02:04 [ 31 ] |
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![]() 葛城翔子 |
(写真館はまだずっと先。歩む道のりは長いけれど、それでよかった。触れ合った箇所から広がる温もりを一分でも一秒でも長く感じていたかったから。何時もならそろそろ窘められるであろうものだけど、彼女にその気は無いらしい。ちらりと瞳だけで見上げた彼女は前を向いていて、今の状態であれば甘えきった表情が見られることは無いと分かっていても少しだけほっとする。)ふふっ、ざぁんねん。……なんてね、おのこでなくていいし、エスコートも別にいらないの。牡丹ちゃんが牡丹ちゃんとして、こうして隣にいてくれるだけで満足なのよ。(性別など関係無い。今の彼女がいい。「今は私がエスコートするわ。背は敵わないけれど。」と言う声音はまるで代替案とばかり。組んだ腕を解かぬまま、ゆっくりと進んでいった。)いいえ……牡丹ちゃんだって、謝ること、ない。(力なく首を横に振る。此方を思い遣る様子に胸が締め付けられた。続けられた言葉にも。――仮に、彼女のその願いが契機となったのならば、やっぱり己とて視力を奪われるべきだ。)私……やさしくなんか、ないわ。牡丹ちゃんとずうっと一緒にいられたなら、って願っていたもの。目が見えなくなった牡丹ちゃんの手を引けるのも、頼られるのも、心のどこかでは喜んでしまっていたの。(白い指が、己の唇に触れていたその先が、今度は彼女自身の唇に乗せられたのを見て、言い知れぬ感情が渦巻いた。沸々としたそれは全身を巡り、体温が上がった様な気がする。零れた雫が幾筋も頬に跡を残し、何度拭おうと止まる事は無かった。ああ、遂に。言ってしまった。彼女の言葉に応える事、それがどんな未来に繋がるかを分かっていたくせに。小さく繰り返したごめんなさいは、彼女に腕を引かれ、正面からぬくもりを分かち合う事になってやがて細く消えていく。鼻先を掠める、一際強い彼女の香に破裂しそうなくらい心臓が鳴っていた。)ゆるさないなんてこと、あるはずないでしょう?…………私たちは、恋しただけ。悪い事も、許しを請うようなことも、何もしてないわ。……何もしていないのよ。(神様は残酷だ。箱庭で生きる日々の中で、ただ、初めて、恋い焦がれただけなのに。狭い世界を一層狭めて、一縷の光すら閉ざして、そのくせ代償とするのはこんなにも美しい輝き。見上げた先、深い赤色がゆっくりと滲む。瞬けば澄み渡るけれど、またすぐにぼやけた。だからいっそと伝う雫はそのままに、彼女の背中に腕を回そう。それから、そう、もう一度。「貴女がすき。」小さく紡いでは踵を浮かせて淡く口付ける。――例えもう二度とこうしてぬくもりを重ねることが無くとも、この想いが消える事は無い。)……行きましょうか。(下ろした腕を再び彼女のそれに絡め、空いた手で目元を擦る。それからはもう視界が滲むことは無かった。通じ合った想いを胸に訪れた写真館で、目当てのそれを差し出してくれた館の主人は、まるで全てを見通したかのような眼差しをしていたが、言及することは無く、ただただ二人見送ってくれた。寮への帰り道、もう随分と明るくなった空を見上げてつい口遊んだのは町で流行の甘い恋歌。ぴとりと寄り添いながら、彼女を想って歌った。)……ねぇ牡丹ちゃん、いつか遠くへ行きましょうか。(誰も何も知らないところへ。二人で、いつか。 寮の屋根が見えた頃、ふと足を止めてはそんなことを呟いた。口約束でも、夢物語でも、希望が欲しかった。)…その時にはまた、私がこうしてあなたの手を引くの。(買い物にだって行きましょう、と叶わなかった約束ももう一度。遠く離れても、忘れない。いつか必ず、迎えに行く。決意して浮かべた笑みはいつも通りの、彼女の記憶に残っているそれであったろう。) |
Published:2018/12/27 (Thu) 22:38 [ 32 ] |
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