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弐.春はディミヌエンドに |
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![]() 万丈艶子 |
花雨お姉さま。(校門で待ち合わせるひとの姿を捉えた時、ほろりと零れた声は秋よりも春に似ている。学園に持ち込んでいるものの中でもいっとう上等な着物を出して、丁寧に着付けた。いつもと同じくラヂオ巻きにした黒髪に白いレエスの飾りをつけたのは、共に行くひとを意識して。深まる秋に似合う落ち着いた緑に臙脂色の袴。散る模様が華やかであるから、大人びすぎたものを纏っている印象にはならないだろう。優しい色の紅を乗せた唇は、世の儚さを知らずに咲く花に似た色。遠からず課されるもの、奪われるものを知っているけれども、今をかいなにいだく少女であるのは誰から見ても明白だった。)とても良い日和になりましたね。写真館への道すがらも、気持ち良く歩けそうです。(約束をした一週間前よりも深くなった紅葉の色。朝晩の寒さも身にしみる。けれど太陽があたためてくれる昼は、やはり過ごしやすく心地良い。肌を撫でる風は、髪も少しだけ乱してしまうけれど。同時に、待ち人の髪もまた揺れるのを見れば他愛無い悪戯だと許せてしまう。写真館へと歩む足取りは、自分も円舞曲に乗せるかのように軽やかとなるだろう。同じ程に優雅にはなれずとも、ホウルで踊る華やかな時間とは違う喜びに満ちて。立派な殿方と歩くより素敵な時間に違いなく、元々年齢よりも幼く見えがちな顔の彩は数日前とも少し違う。より鮮やかに。そこに潜む熱の輪郭をゆっくりとなぞりながら呼ばう。)花雨お姉さま。今度、花雨お姉さまの楽器の音色を聞かせていただきたいのですけれど…お時間いただくことはできますか?(ふたりきりで、とはまだ言わずに。あの音色を独り占めして、この姿を独り占めして。同じ場所、同じ時にいることを感じていたかった。今日だけでは足りないと喚く強欲な自分を自覚しつつ、問い掛ける声そのものは控えめに。) |
Published:2018/11/25 (Sun) 13:36 [ 11 ] |
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![]() 宝生花雨 |
お待たせてしまいましたか?(デエトの約束をしてから一週間。待ち合わせた時間よりも早く来たつもりだったけれど、既にその姿があるのを遠目にも見つければ少しだけその足が早くなる。駆けるまではいかずとも、その傍にはやくと言わんばかりに。現在の手持ちの中でもいっとうお気に入りに袖を通し、慣れた手つきで着付けた着物に羽織が一枚。背に流した髪へ飾るレエスが揺れる。彼女の髪を見やれば、お揃いですねと綻ぶ頬もあっただろう。涼やかな青はけれど深みがあるから季節外れには見えぬだろうし、かといって重すぎるわけでもないのはその模様がうつくしく繊細であるからこそ。彼女に比べれば大人びた印象は、だからこそレエスや小物は可愛らしい印象のもので揃えて。薄紅を乗せた花唇が彼女の名を呼べば、それだけで甘くなるような日和はおまじないの甲斐もあっただろうかと。)ええ、そうですね。てるてる坊主を作ってみた甲斐がありました。(深まる色が秋雨に濡れてしまわないよう、そう願って形作った小さな姿に感謝を込めて。あたたかさを感じられる日となりそうだと仰いだ空は高い。頬を撫でては髪を揺らしていく秋風は僅かに冷たいけれど、白昼だからこそ丁度よく。並んで奏でる円舞曲はホウルで踏むよりも余程に楽しいものとなる。真っ直ぐに街までの小道を辿る途中、鮮やかな輪郭に「今日のあなたはいつもよりもとびきり、可愛らしいわね」とその彩も含めて。呼ばれれば自然と向ける眼差しは、木漏れ日にとけるような色彩で。)ええ、もちろんです。艶子さんはどんな曲がお好きだったかしら。(二つ返事で頷く次の約束は、だって断ることなんて一つも考えていないのだからすんなりと。響く弦の音を鼓膜の音で反響させる様に思い出しながら、どんな音を彼女に贈ろうかと考えるだけで今日が終わってもいないのに楽しみになる。稲荷を祀る神社の鳥居を横切って、三叉路を左へ。程なくすればレンガ造りの洋館に、目印のブーゲンビリアが見えるだろうか。他愛ないと言える会話を彼女と続け、新たな約束を結びながら、時折霞むような視界はきっとひかりの屈折によるものと、そう思っている。近頃多いように思うけれど、瞬きを幾度か繰り返せば元通りなものだから。) |
Published:2018/11/26 (Mon) 00:56 [ 12 ] |
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![]() 万丈艶子 |
いいえ、全然。少しも。(気持ちが逸って待ち合わせ場所に来たものだから、時間より早いのは分かっていた。けれども待っている時間も楽しいとあれば長く待っていたとは感じない。ふわりと解けるように、それでいてどこか幼さもある笑みと共に。やっぱりレエスの飾りが今日もお似合いでいらっしゃって、お着物も綺麗だから、云々。頭の中で考えながら、“お揃い”の言葉に淡く頬を染める。勿論、そのつもりでいたのだけれど、当人の口から言葉が出ると、やわい声であるのに随分と力を持ったものに感じられる。並ぶと何を口にしたわけでもないのに甘い味がする。)てるてる坊主。わたくし、そのようなことには全く思い至りませんでした…(折角の機会なのだから、てるてる坊主のひとつも作って窓辺に吊るしてみても良かったと今更に。けれども共にゆくひとが作った白い人形が今日の秋晴れを連れて来てくれたのであれば、大層ありがたいものだ。次の機会があるならば、自分もめいっぱいに気持ちを込めて作ってみようと決めて歩む道。秋の空気を肺腑に満たせば指先まで季節に染まるよう。「今日の花雨お姉さまはとてもお綺麗です。いつも以上に。柔らかな薄絹を何枚も重ねても、こんな風にはなりません」と、滑らかに唇から出る言葉に嘘はひとつもなく。大人と子供のあわい、少女であるが故の儚さを持ちながらもひどく美しい。ともすればすぐに失われてしまうのではと感じることもありながら、確かに此処にあるとも思う。少女であれる時間は短いと、己のことも含めて考えながら。)ありがとうございます。優しい曲が好きなのですけれど…あまり速くはなくて、穏やかな曲が。(具体的にどの曲を、とお願いすることも出来るだろうけれど、自分の希望を条件に選んでもらえるのならとても贅沢で嬉しいことだ。遠からぬ日の音を思いながら、今日ばかりは地に足ついていないような軽やかさで歩む道の楽しさよ。他愛無い言葉を交わすのがこんなにも楽しい。そして目的の洋館、扉にかけられた飾りに唇を綻ばせた。)まあ、ブーゲンビリアですね。素敵。(花の名を紡いで程なく扉を潜れば、異人の血を引くと言われているらしい女性が顔を出す。確かに黒い髪に、明るい青色の瞳だった。宝石のようにきらめいて――まるで本当に、中に宝石が埋め込まれているのではないかしら。そう思うほどに。) |
Published:2018/11/26 (Mon) 22:37 [ 13 ] |
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![]() 宝生花雨 |
そうでしたら良いのですけれど。(待ち合わせの常套句に、実際がどうあれ彼女がそういうのならばそういう事に。いいえもちろん、ほんとうに?と問いたい気持ちもあるけれど、せっかくのデエトの時間をそんなつまらないやり取りで使ってしまう方がもったいないから、ふわりと解けた幼さの残る笑みに甘えることにしよう。深追いしないのも淑女の嗜み。代わりに揃いのレエスに目を留めて、わたし合わせてくれたのかしらとひそやかに自惚れておこう。染まる頬があるからこそ余計に。)では、次のデエトの時には一緒に作りましょうか。(今日のためにひとりつくった白い影。ふたりで作ればその影もふたつ並ぶはずだから、今日はひとりで秋晴れに揺れる人形も次にはさみしくないはずと、そんな戯れごとをちゃっかりと次なんて約束と共に提案を。デエトの日ばかりではなく、デエト前の時間さえもふたりでいることができる口実には、色付く葉よりも深いこころを隠して。「ありがとう。艶子さんとのデエトのためにとびきり、はりきりましたもの」少女と言うには大人びて、淑女と言うにはまだすこし幼いわたしたちは正しく乙女と言うに相応しい。だからこそ儚い時の中に甘さを融かして、あなたのためともこころから口に出来る。それが許されているから、許されているうちは秘めることなく口にしておきたいと、他でもないあなたに知っていてもらいたいと思うから。)穏やかで、優しい……花壇の前にいる艶子さんみたいね。ええ、ではその時までに選んでおきましょう。楽しみにしていらして。(思い浮かんだ姿に思わず自然と唇が綻ぶ。薄紅が三日月のように形よく笑みをかたどれば、はしたなく緩んでしまう前に着物の袖でそっと隠す。そんな動作さえ何気ない仕草の中に潜ませて、風に遊ばれる黒髪をそっと背に流せば瞬きのうちに霞んだように思う視界も元通り。軽やかに弾む音は二人分の円舞曲にのせて、洋館の扉を飾る濃桃色を目にすればそれもより顕著なものになろう。敷居を跨いだ先で噂に違わぬ館の主人が顔出せば、その宝石のようにきらめく瞳を見つめて思わず感嘆の吐息がほうと漏れる。角度によって色めきが変わるその瞳は万華鏡を思わせる不思議な色を灯していた。)写真を一枚、お願いいたします。とびきりきれいなものを。(やがて、おっとりと微笑んでお願いする口振りは少女が歌うような音で。了承と共に撮影室へと案内されれば隣に並ぶ可愛いひとの手を取って、少しだけ向い合せるような形で手を繋いで残る形に出来れば幸い。) |
Published:2018/11/27 (Tue) 22:59 [ 14 ] |
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![]() 万丈艶子 |
そう、良いのです。(何も問題はありませんと、少し胸を張ってみせる。実際のところ、待った時間は長くないのだ。たとえ長かったとしても短く感じられるほど楽しかろう。けれど顔を合わせて並べばもっと楽しいのは言わずもがな。今日は自分の髪のうえでも、白いれえすが揺れている。何も顔立ちが似ているわけではないのに、本当に姉妹になったような気分。このようなことも“お揃い”と微笑みと共に許されて、隣に並んで、けれども姉妹ではなく。指折り数えるほどに、何と贅沢なことだろうとしみじみ思う。季節は秋でも、頬だけは春の色に染めたまま。微笑み浮かべる様はきっと、乙女らしくあっただろう。)是非、ご一緒させてください。折角ですから、可愛らしいてるてる坊主にいたしましょう?(真っ白の姿には他の色がよく映えるだろうから、襟巻きのひとつくらい巻いてあげれば随分違う印象になるだろう。並ぶ人形の頬に、ささやかに紅を乗せるのはやり過ぎだろうか。次の機会の為の戯れが、幼いこどものようでも楽しいに違いないから、承諾に続ける提案の声は軽やかに。「ならばわたくし、花雨お姉さまがはりきる度に心臓が試されてしまいますのね」と。戯れめく響きで告げる言葉はどこまでも本音。まだ大人ではないからと許される、ふたりだけの時に満ちる甘く儚い美しさは。いつか散ろうとも心の奥に刻まれる。)わたくし、花雨お姉さまはいつだってそのようにあられると思っていますよ? 今もそうですもの。だから尚更、花雨お姉さまに甘えてしまいます。(甘えるのは勿論、自分がやめようとすればいいだけの話なのだが、隣にいられる時間が長くはないと知っているから、特等席を占拠している。黒髪がどんな風に揺れるのか、柔らかい瞳の輝きのゆらぎかた。淑やかでありながらまだ大人ではない、乙女の姿を一番知るのは自分であると。自惚れと、優越感と、何よりの――嗚呼、これは口にしてはいけない。そう思うから、そっと抽斗に仕舞う。決して女二人で踊りはしない円舞曲と共に足を運ぶ道の先、顔を合わせたひとの瞳に感じるところあったのはふたり同じであったよう。写真をお願いされて笑みと共に準備を始めてくれるその姿は仕事熱心といった印象で、瞳以外に特別不思議なところは見当たらない。だからこそ瞳が、より印象的なのかもしれない。撮影室で重ねた手の、嫋やかさはどれほどのひとが知っているのだろう。いつも緑に染まった指先こそ綺麗だけれども、少し手荒れのある肌を重ねるのが忍びなくもある。けれども喜びがずうっと勝るから、はにかむように微笑んで、それから。切り取られる一瞬を待っている時の表情は、ただ貴女だけが知るのでしょう。不思議な瞳を持つ、あの撮影者を覗いては。) |
Published:2018/11/29 (Thu) 12:03 [ 15 ] |
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![]() 宝生花雨 |
(胸張る様子に少しばかり幼き日が重なれば、浮かべた笑みがまた深い色となる。“お揃い”の白いレエスはまるでほんとうの姉妹が並ぶかのような心地でもあり、けれどそうではないからこそ一際にとくべつを感じる。頬を撫でる風も届く香りも、秋のものだというのに瞳に映る色めきが春を纏っているものだからなんだかこちらまであたたかく、それから気恥ずかしくなってしまいそう、と乙女心がかしましく胸のうちで騒ぎ立てるような。)ええ、喜んで。そうですね……お花を飾れば可愛らしくなるかしら。(真白い姿に乗せる色を思い浮かべて、襟巻きも素敵だけれどと浮かべたるは染まった花弁や葉なものだから。折角だからいろいろと試してみて、一番可愛いものを飾るのも素敵かも知れない。幼き頃にした戯れを彼女と共に新たな形で試みるは思い出を辿るようでいて、違う色を乗せるような心地。確かなことはどんな形になろうとも、きっと楽しくてふたり笑みが耐えないということ。「試すだなんて。姉と呼んでくれるお声に見合う姿でありたいだけですよ」妹の手本として、というにはすこうしばかり秘密めいた想いがあるものだけれど、本音だからとすべて形にするものでもないので。儚く散りゆくその瞬間までは、奥底でそっと大切に出来たなら。)そう聞いてしまうと、選曲に迷いますね。甘えていただけると聞けばなおさらに。(甘えてもらえるのが嬉しいなんて、これだってあんまりよろしくはないのだろうけれど、つい。こうして甘やかしてあげられる時間が限られていることがわかっているからこそ、それが許されるうちは出来るだけと思ってしまう。隣にいてくれる間だけでも、その瞳が見つめる先を独占していたい。揺らめく乙女の瞳の色と、そのきらめくひとときをこの刹那の間だけ。いつか思い出の中では永久となる夢幻を今は色鮮やかに。そんな目に見えぬ鮮やかさを形にしたような瞳の色を持つ方だと、撮影機の前に立つひとへの印象を持ってふたり隣り合って並ぶ。重ねた指先をそっと包み込んで触れあわせるてのひらは、いつだって優しさが見て取れるもの。温度は彼女の方があたたかい。それははにかむ笑みにも同じことが思えて、涼やかな目元が柔らかく蕩ければそれは彼女だけが知る表情となろう。切り取られる一瞬を知るのはわたしだけ。同時に、あなただけでもある。撮影を終えれば不思議な瞳の彼女へと礼を告げ、館を後にする。九重葛に背を見送られ、歩き出す足取りはまた円舞曲を思わせて。)次はどちらへ参りましょうか、艶子さん。(弾んだ声音がデエトの続きを問いかける。折角おめかしをしてきたのだもの、まだまだ終わりには早いと花顔を覗き込めば、眼差しの奥がつきりと痛んだ。塵でも入ったのかしら?) |
Published:2018/11/30 (Fri) 15:42 [ 16 ] |
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![]() 万丈艶子 |
(本当に姉妹であったならば、胸の内にこれほど眩しいものを秘めはしないだろう。血縁の無い他者であるからこそ。世には血の繋がりすら乗り越えるものも存在するのだろうけれど。胸の中にあるのは去らない春、冬を知らない庭。現の春がどれほど儚く終わろうとも、此処に根を下ろした春は命尽きる時も在り続けると思う。確証などない、ただ確信はある。故に微笑みを浮かべて隣に立てるのだ。この春は唯一の、一生に一度だけの春だから。)まあ、それはきっと可愛らしいですね。小さい花も…色付いた葉を使うのも良さそうです。白なら様々な色が映えますから。(例えば、ちょっとした端切れ。秋の花の花弁ひとひら。釦や刺繍糸。ままごとのような戯れに似て、きっと楽しいだろう。白い人形ひとつでこれほど考えも広がるのだから、共に何をしようとも楽しみは限りなく見つけられる。笑い合って過ごすふたりだけの時間は、ふたりだけのもの。「その姿が素敵であられるから試されてしまうのです」と告げる声は変わらず、戯れめく響きであるけれど。響きの奥に秘したものが多くあるのは確かで、秘したもの故に“試される”とは勿論言わない。ふたりだけの秘め事。そのふたりの間にも、互いに自分の胸の中だけに留めているものがある。秘めるのは悪いことではない、だって告げてしまえば終わってしまうものも、この世にはうんと沢山あるのだから。)……それなら今、甘えさせていただきたいことがひとつあるのですけれど……あの、花雨さん、と…お呼びしても、宜しいでしょうか…?(つけ込むような真似をしていると自覚しながらに、震えそうになる唇は紡いでしまう。言葉によって引かれていた線の内側への道筋を。空音をはかりなどいたしません。これは函谷関でも逢坂の関でもないのですから。堂々とした響きとはとても言えない、そろりと様子を伺うかのような声は、幾分なりとも恥じてのこと。随分と直接的に問うてしまったと、頬を再び春色に淡く染めて。――隣に並べる時間は、あとどれくらい残されているのでしょうか。いつまで許されるのでしょうか。明日摘み取られるとも知れぬ身であれば、乙女の盛りをどうして惜しもうか。合わせた手のあたたかさ、肌のなめらかさ。匂い立つよなかんばせを見る時、自分の中で多くが蕩けてしまう感覚が分かる。写真には残されない、そのいっとき。ふたりだけが知る一瞬。撮影が終わってもふわふわと夢見心地であったのはきっと、こんな風に手を重ねるだなんて思いもしていなかったからだ。撮影者に礼を言う時も少し上の空で、外で秋の空気を再び吸い込んでようやく足取りが元に戻る。円舞曲が再び始まれば、安定感のある軽やかさが宿るだろう。)ええと、カフェ―かミルクホウルか…悩ましいところ…。…どうかされました? お加減が優れませんか?(かんばせが、少し歪んだような気がして。顔色悪くは見えなかったけれども、もしやどこか具合が良くないのだろうかと。問う声と表情は、心配によって雨中の花に似た。) |
Published:2018/12/01 (Sat) 15:19 [ 17 ] |
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![]() 宝生花雨 |
(春めく想いはあたたかく、いつだって穏やかな様相をしている。まるで箱庭の中の儚い常春だ。決して過ぎ去らぬからこそ切なさを与え、根ざしてゆきては鮮やかに。褪せても枯れぬ春は一生に一度、唯一の在り方として胸の奥で息衝くだろう。いつか尽き果てるその時まで、忘れ得ぬ春として。)迷ってしまって決められないかもしれませんね。(大きな花を一輪飾るのも、小さな花を冠のようにするのも、葉飾りで彩を添えるのも、どれだって美しいものとして白い影を飾るだろう。お揃いのリボンを飾るだけでも十分すぎるだろうに、あれやこれやとまるで着せ替え人形のような戯れはいろとりどりを広げるからこそ楽しさも増す。晴天へのまじないごとひとつでこれほどに限りなく笑いあえる時間、そのすべてがふたりのもの。これを贅沢と言わず何と言おうか。戯れめいた響きにだって「ではどうしたら試さずにいられるのかしら」なんて口づいてみたりして。秘め事は女を飾るものの一つと誰かが言っていたけれど、どうかしら。ふたりだけの秘め事と、わたしだけの秘め事と、そうした秘匿は魅力の一としてその瞳に映るのかしら。)ええ、……もちろんです。ふふ、なんだか新鮮ですね。あなたの声でそう呼ばれると他のどなたに呼ばれるよりも。(まあるくなった瞳がゆっくりと瞬きを零し、それから花顔が微笑みを象る。駄目なことなどどうしてあろうか。姉と呼ばれることはもちろん嬉しいけれど、ひとりとしてその声に呼ばれる事だって嬉しくないはずがない。春色に染まった頬へ指先で触れてしまいたいのを我慢して、是を示す声は甘く呼び声を甘受しよう。今自分は、誰に対するよりもとくべつな笑みを彼女へと向けていると自覚をしながら。――いつか必ず訪れる、けれどいつまでかは分からぬ時を数えるのは止めましょう。けれど決して忘れずに、乙女の盛りを惜しまず謳歌いたしましょう。合わせた手のあたたかさを懐かしむ日がきっとくる。瑞々しく咲くよな花顔と、瞳の奥に灯るきらめきに焦がれるように胸をあたためる日がきっと。その時にそれが胡蝶之夢ではなく現であったのだと、その一瞬を切り取って証といたしましょう。写真には残されないものも、写真を見つめて思い出す一時となりますよう。自由であった乙女の日々の、かけがえなきものをかたちとして。撮影の後ももう少しだけ、その手を重ねていたかったなんて口にしたら彼女は困ってしまうかしら。肩を並べての一礼はそんな思いを残しつつ、秋晴れを仰いでからの円舞曲は次の行先に迷いながら。その途中、そっと覗き込んだ瞳の上へ白い指先を添わせてふるりと首を横に振る。)いいえ……でもなんだか、目に塵が入ってしまったみたい。(擦りはせずにぱちりぱちりと瞬けば、痛みはすぐに引いていった。黒い瞳の奥がまるで虹彩とは違った波打つ縞模様を見せるかのような、勿論瞳が変化するなんてそんなことはないのだからあくまでも感じ方だけれど。「だいじょうぶよ」と問う声へ告げて「心配をかけてごめんなさいね」と微笑めば、雨中の花に日を差すことはできようか。)ねえ艶子さん、ミルクホウルにしませんか?甘いものならそちらのほうが多いといいますし。(それから先の声もしっかり聞き届けているのだと、ひとつ提案を続けて促すデエトの続き。それはまるで春の夢のような想いを欠片に散りばめて、色めく秋の思い出を乙女心とともに彩るだろう。) |
Published:2018/12/02 (Sun) 19:10 [ 18 ] |
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![]() 万丈艶子 |
(女の役割を果たせと命じられるその時まで許される、短き季節を何と呼ぼう。囲いの中に集った少女達は、正しく箱庭の中に居る。その中で更に、ひっそりともうひとつ箱庭を作って秘めやかに笑うふたりの時間。現の春よりもずっと儚く美しい、二度とは来ない永遠の輝きに満ちた場所。常春ならば此処にあると言えるほどに、優しくあたたかく。この心を満たしていくもの。)それなら、ひとりひとつと言わず沢山作りましょう?リボンも花も、選び抜くのは難しそうですもの。(もう既に、多くの候補から絞り切る自信はちいとも無かった。だったら沢山の人形を作れば、候補が複数あっても問題ない。晴天を願うまじないであるならば、どうかこれからの自分達の短い時間も晴れていますようにと願いと祈りを乗せたい。「……それは、天地がひっくり返っても難しいのではないかと……」などと返す言葉は、戯れのような響きを伴いながらも至極真面目である。実際、心臓が早鐘を打たなくなるなど想像が出来なかった。何故それほど難しいのかは、まだ己のみの秘め事。ふたりだけの秘密の中に、それぞれの秘密。秘密はいつか芽吹くのでしょうか。花咲く日が来るならば、貴女の目に美しく見えるものであってほしい。今だって自分がもっと、美しくあったらいいのにと思わずにはいられない。)その、以前からそうお呼びしたくて…お姉さまとお呼びするのも、勿論好きなのですけれど…(優しく、甘い声。春風に攫われた花弁がするりと頬を撫でていくかのよう。蠢動を過ぎて、芽吹くものの名前を知ってしまったから。染めた頬そのままに、照れを隠しきれぬまま浮かべた笑みは乙女という言葉には幾分足りない稚さが残るだろうか。それでも確かに、今を謳歌する乙女であるに変わりはないのでしょう。――レースの髪飾り、花壇に咲いた花、一枚の写真。全てがいつか過去になっていくのは分かっている。けれどもいつかの日、ふと振り返った時。美しい日々だった、愛おしい日々だった。そう思えるならばきっと、幸せと呼ぶに値するのでしょう。この円舞曲が今日終わっても、遠からずまたふたりで踊るのを信じてやまない。儚い日々の中にも明日があるという、確証のない考え。それに気付けていたら、何か変わるものがあったのだろうか。)擦らないようにしてくださいね。風で塵が飛んでいるのでしょうか…(頼りなく眉を下げて、そろりと周囲に視線を巡らせる。秋風の仕業だろうかと思いつつ、何となく胸がざわめくようで。けれども微笑に対して、いつまでも雨に打たれているわけにはいくまいと。)それならミルクホウルにいたしましょう。美味しいものに出会えたら、また素敵ですね。(あっという間に雨は止んで雲は流れ、日差しの下に出るかのように。浮かべた笑みに影はなく、先程までの根拠なき憂いの気配も無い。するとどうしてか、明日もまた来るのだと、根拠の無い考えが当たり前のように戻ってくる。いつ終わるとも知れないと、誰しも知っているというのに。箱庭で共に過ごす時間があまりにも心地良くて、きっと、終わらぬ夢を見たくなったのだ。常春の座す箱庭で、ずっと共に居る夢を。) |
Published:2018/12/04 (Tue) 19:28 [ 19 ] |
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