ブーゲンビリアをあなたに

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壱.いとけなくとも戀の花
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宝生花雨

(それは麗らかな日差しの午後。微睡むような気温は、秋の色が濃くなった時節にしては少し暖かすぎるくらい。羽織一枚も必要としないくらいだけれど、まるで社交界で踏むホウルへの絨毯の様に足元へ広がる赤は確かに、深まる季節を感じさせていた。秋風に揺れる黒髪はレエスに飾られてさらさらと背で揺れて、熱心な姿を探しす黒曜の瞳は幾つかの花壇をゆっくりと見やってゆく。そこに小さな姿を見つければ、綻ぶくちびるは微笑みをかたどって軽やかな足取りで紅に染まった葉を舞わせた。足音があればまるで娘の奏でる音楽のように、またはゆったりとリズムを刻む円舞曲の如く。)艶子さん。(呼ぶ声は柔らかく、それから淑やかに。大和撫子として恥じぬ振る舞いの傍ら、呼ばわった後に膝を折ってふわりと彼女の隣へと並べば、目線を合わせるように同じ高さで笑いかける。覗き込むように首を傾げば黒髪とレエスがまた揺れて、眦に滲ませたいとおしさを隠しもせずに今日は何の花へ熱心なのかを彼女と同じ目線から知ろうとする。そんな熱心な瞳の色を知りたがるようにして、きっと実家にいてはそうそう出来ない仕草を彼女の隣でしよう。まるでないしょにして下さいね、なんて言わずとも彼女が秘密にしていることを知っている素振りで、躊躇いもなく淑女は少女のように振舞った。)今日はこちらの花壇にいらしたのね。この子のお名前は何というのかしら、教えてくださる?(この子、と示したのは今日、彼女が熱心に触れている花のこと。彼女が教えてくれるから、彼女ほどではなくても草花への造詣は人よりもきっと多いほう。季節に添った花ならば、元より見知っているものも多い。けれどその花が例え見知った色形のものであっても、宝生の長女たる娘は彼女へ教えてと問いかける。いつだって、この女学校で隣り合っている時はずうっと。本日もそれに漏れず、返る透き通るような声を待って微笑んでいた。)
Published:2018/11/15 (Thu) 18:39 [ 3 ]
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万丈艶子
(夏の間に、少し髪が伸びた。整える程度に髪を切りはしたが、黒髪は相変わらず長いまま。丁寧なラヂオ巻にするのは日課でもあり、この髪型が気に入っているからでもある。可愛らしく着飾れるのは何時までかも知れないのも理由のひとつではあるけれど。木々の葉も夏とは違い、低木も花も変わりゆく。季節の移ろいと共に姿を変える花壇や庭の景色の中、裾も気にせずしゃがみ込んでいる姿を見た生徒は「またあの子だわ」と思うのかもしれない。気にも留めず花の様子に変化が無いかを観察し手入れを続ける姿は、優雅とは言い難い。懸命には見えるだろう。花へ向ける思い故に集中していた為、花壇を目の前にしていなければ必ず気付く円舞曲を拾えぬまま。けれども己の名を呼ぶ響きは、耳がしっかりと拾い上げた。軽やかな所作で顔を上げる。)花雨お姉さま。(呼ばう声と笑みを染める慕わしさは、誰から見ても明らかであった。繊細な砂糖菓子に似た甘ささえも含みながら、姉に懐く妹のように。同じ目線の高さとなって隣に並んだそのひとへ、指先で花弁を撫でながら微笑みと共に唇は開く。)この子はコスモスです。こう見えて菊と近しい種類だそうで。形も色も可愛らしくて、わたくし、この時期はコスモスが楽しみなのです。勿論、他の子達もたまらなく可愛らしいのですけれど。(赤、白、それから桃色。色様々に咲く姿は可憐で、この学舎に集う少女達にも似ている。いくつか手折って、花瓶に活けても良いだろう。だが手折るのを躊躇うのは、そこに自分の姿を重ねるからかもしれない。少女のままでいられる時は短く儚く、隣に在るひともまた同じ。)秋も深まってきましたから、また違う花が盛りを迎えます。きっと綺麗に咲かせますから、どうぞまた見てくださいませね。(小さなお願いは幼子のような声の響き。稚さ残るかんばせは、頬に柔らかな色を乗せている。それからふと口にする。)今日も花雨お姉さまのお声は、宝石のよう。(感嘆と賞賛と、美しさに対する陶酔に似た憧憬。人を惑わせる花の香にも似たその声を聞く時、いつも幸せであると思うのだ。)
Published:2018/11/16 (Fri) 00:45 [ 4 ]
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宝生花雨
(丁寧なラヂオ巻の黒髪と、花壇の傍でしゃがみ込む姿。とても艶ある姿とは言えないけれど、艶やかに咲く景色のなかに在る姿は優雅でなくとも可憐だとこの黒曜の瞳には映りこむ。そう映っていることさえひみつと思うのは、特別に誰かの同意を得ようとは思わないからだ。この所感はわたしのもの、それでいい。それがいい。足元に紅舞う円舞曲はひとりぶん。呼んだ音にしっかりと応えてくれる慕わしい声に綻ぶ花のような笑みを浮かべ、繊細な砂糖菓子の甘さを含む妹のような可愛いひとを見つめる眼差しはやわらかい。口に出来たのならきっと、やっぱり、甘いのでしょうねと思わせるその姿。花弁を撫でる指先は優しく、撫でられる花弁と同じ色の頬はまるで彼女自身が花のようだと娘に思わせる。だってほら、微笑みと共に開く花唇もまた花弁のようなんですもの。)秋の桜というのに、菊に近しいだなんて不思議ですね。けれどええ、可愛らしいところはあなたにそっくり。それともお世話しているひとに似るのかしら。(可憐な姿で色とりどりに咲く子たちを見つめつつ、綻んだ花唇が控えめに笑みを落とす。手元に飾っておきたいけれど、手折ってしまうのはかわいそう。折角綺麗に咲いているのに、態々寿命を縮めるようなことをするのは気が引ける。短く儚く、少女の如く瑞々しいその姿は、出来るだけ長く見つめていたいもの。いつか萎れてしまうのが同じでも、命短しその時は等しく他と同じであるのがいい。それは秋と言う季節に盛りを迎える花に限らずに。)ええ、ええ、もちろんです。艶子さんの咲かせたお花はいっとう綺麗ですから、楽しみにしていますね。(次はどんな花を見せてくださるのかしら。妹のおねだりを聞くのは姉の役と言わんばかり、けれどそれだけではなしと柔らかに浮かべた微笑みはまるでほんとうの姉妹のように彼女へと向けられる。けれど頭を撫でないのは、やっぱりまことに姉妹ではないから。似て非なる想いは今が少女であるから、箱庭の中でだからこそ許されるものと知っている。)そうでしょうか。……あなたの声も、水晶のようでしてよ。(この声が宝石のようであると彼女は言うけれど、娘にとっては彼女の声こそそう聞こえる。透き通った玉に淡く色がついたような音で呼んでもらうのを好いている。甘く胸に響く音にときめきを自覚したのはいつだっただろう。いつだって彼女の姿を見つければ、知れず笑みが零れると知ったのは――そんな風に、三日月の様に微笑みを形作っていた薄い唇が、ふと何かを思い出したように淡く開く。)艶子さんは、九重葛の館のお話をご存知かしら?(問いかける話題に乗せた九重葛の館は、流行り廃れに大きく左右されない娘でも知っている。近頃の学園ではよく聞く話にもよく出てきている筈だけれど、彼女はどうだろうか。)
Published:2018/11/17 (Sat) 00:34 [ 5 ]
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万丈艶子
(例えば社交界で見せる顔は、もっときちんとした淑女らしい振る舞いが出来る。そのようにしなさいと教えられ、そのようにすべきと枷をつけられているのだから。けれども学園に於いては万丈家の三女よりも先に少女として在るのが許される。実際、教師達がそのように思っていなくとも、摘まれる前、大人の女になれと言われるまでの儚い自由なのだから。何度も聞いた円舞曲で誰であるか分かってしまうのは秘密のまま。弦を撫でた時の音よりも心躍るその音は自分以外の誰かも心躍らせるのだろうか。けれど、誰にも教えません。自分に向けてくださる瞳の優しさや美しい笑みは、ふたりの間で小さな秘め事を重ねてきたからこそなのだと。)桜は薔薇に親しいのに、何故秋の桜と書くのでしょう。名付けた人は秋に於いては桜に比すると思ったのでしょうか。――もう、花雨お姉さま、お戯れを。花は手をかければ応えてくれる、とても素直な子たちなのです。(誰に言われるより、このひとに言われるのがいっとう嬉しくなる。可愛いという言葉だけでなく、多くの言葉が。このひとの唇から紡がれるだけで言の葉が言霊になり、玉とも言える美しい輝きを帯びる。その美しさを永遠に、例えば硝子の箱の中にとっておけたらと思うこともあるけれど。この瞬間に産み落とされる輝きをただただ、見つめては胸の中にそっと仕舞う。永遠など無いと知っているからこそ、手折らず仕舞わず、隣に在りたいと。)ではわたくし、常以上に張り切ってお花のお世話をいたします。一番美しい姿をお見せしたいのは花雨お姉さまですもの。(桜が盛りに花弁を散らす理由が今なら分かる。誰かに美しい姿を見てほしいから。いつか終わる箱庭の中だけはいつでも、絢爛な季節がどれもあるように。今がどれほど得難く、そして容易く失われてしまうのか。もっと自由に生きられたらと、時折空飛ぶ鳥を見上げることもあるけれど。)水晶…?そのように言われたのは、初めてです…。(元から丸っこい目を更に丸くして、小さく首を傾げながらも頬に薄紅を乗せる。歳の割に低い身丈もあって幼く見えがちだけれども、今ばかりは歳相応に見えるかもしれない。胸の内、震えるものに名前こそつけてはいないけれど。その正体は知っているのだから。)写真館、でしたか?運命の人と共に写るといっとう美しく写る、とか…(元々、腕が良いらしいとは聞いていたけれども、運命云々のくだりは少女達が集まる中でどこからか生まれた戯れなのだろう。けれど並んだ姿を形に残せるのはとても素敵だと思う。二度とは無い今の痕跡が、この先もずっと手元にあるのは。切なくも幸せに違いない。)
Published:2018/11/17 (Sat) 16:51 [ 6 ]
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宝生花雨
(家名があればこそ、それはいつだって少女に淑女と言う枷を与える。その枷をどう認識するかはそれぞれだろうけれど、宝生家の長女として在ることを重荷に思ったことはない。そういうものと、ずうっと認識しているものだから。それでも学園に於いてはただの少女であることを許されるならば、その自由に準ずることもまた娘らしさと言えよう。軽やかな円舞曲を踏むことも、弦を奏でるその指と音色も、すこうしだけ違うのだと知るひとはいなくていい。この瞳が見つめるその先の、重ねた小さな秘め事と同じようにしまっておければいいものだから。)花びらの形かしら。それとも、秋にも桜が見たいと思ったからかしら。――まあ、戯れだなんて。思っていることを素直に口にしただけですよ。(可愛らしいと思っているからこそ、そのまま伝えたくなるもの。そうして伝えればもっと、よりうつくしく咲いてくれるのかしらと思うのだもの。嬉しさに綻ぶ可愛らしい蕾が花開くその瞬間を知っているからこそ、ひとひらの瞬間を輝かしく思うもの。まだそれが許されるから、許されるうちに。永久の刹那を信じてみたいと夢を語れるうちに。)ふふ、とても嬉しくてよ。でも、これ以上張り切ってしまったら、わたしが声をかけても夢中で気づいてもらえなくなりそうね。(うつくしさは永遠ではない。盛りを過ぎれば衰えるものならば、盛りのうちに散ればうつくしいままの姿だけが残る。桜の在り方と自分たちは似ている。多感な少女である時期から、少女でなくなる前に淑女としてあることを求められ、箱庭の外に出たその時には大人とならなくてはならない。巡る季節はまたやってくるけれど、今は決して戻らない。だからこそ得難く、容易く失われてしまうからこそ束の間の自由を謳歌しようと小鳥が囀る様に思い想いを形に残す。)透き通っていて、けれど万華鏡のようにひかりを反射してきらめいている。この子たちや、他の子たちと同じようにいろとりどりを見せて、聞かせてくれる。……ね、水晶のようでしょう?(同意を求めるように微笑みながら、薄紅散らした頬をやっぱり可愛らしいと肩を揺らす。幼いように見えて、けれど歳相応に乙女な姿が純粋な印象を強くして、やっぱり思い浮かぶのはきらきらの水晶だった。いつまでだって見ていられて、惹かれて止まないもののひとつ。そうと知ったのはいつだったかしら。)ええ、ご存知でしたのね。それでわたし、艶子さんと一緒に行きたいなと思ったんです。(運命のひとがどなたかはわからないけれど、いっとうきれいに写るかたの心当たりならあるものだから。ふたり並んだ姿を形に残して、いちばんきれいに笑えるのは彼女の隣だと言いきってしまえるほどの確信が何故だか、その話を聞いた時に胸に広がったものだから。そんな理由を語ればその瞳はまたまんまるになるのだろうか。そんなことをちょっとだけ思いながら「一緒に行ってくださる?」と誘い掛ける声は、花の香のようなほのかな甘さを帯びて。)
Published:2018/11/19 (Mon) 00:54 [ 7 ]
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万丈艶子
(自分の母もまた、良妻賢母と呼ぶに相応しいひとだ。美しく優しく、時に厳しくあれども、愛され育てられてきた。母のような女性になりなさいと父は言った。けれどいつだか、一番上の姉が耳打ちをしてきたのだ。お母様のようにならねばいけないのよ、自分が望む望まないに関わらず。もう嫁いだ姉は母に似ている。かつてこの学園に在籍していた頃に、どんな風に過ごしていたいのかはよく知らない。姉にもきっと、ひとりの少女としての花盛りがあったのだろう。自分が今、姉のように慕うひとと秘めやかに笑う日々のような。)確かに花の形や色は全く似ていなくも…。けれど花に限らず出会う季節が限られているものは、その季節に出逢ってこそと思われませんか? ――花雨お姉さま、あの……嬉しい気持ちはとても、あるのですけれど……(気恥ずかしさもあって、と蚊の鳴くような声で告げる時には、顔をそっと両手で隠す。耳まで真っ赤になっていると分かる、だって体中が熱い。むずがる唇は何かを言おうとするけれども、うまく言葉にならない。花雨お姉さまは可愛いよりもお綺麗で、れえすがいつだって黒髪にお似合いで。やっと言葉が頭の中に浮かぶまでには随分と時間が掛かっていただろう。そのくせ顔の赤さは抜けきっていない。嗚呼、この心地は何と言うべきなのだろう。けれどもぱっと顔を上げれば、言い切るかの如き口調で。)絶対に気付きます!わたくしが花雨お姉さまの声に気付かないだなんて有り得ません!(靴が変わっても主が分かる円舞曲。歌のような声は朝露に似ている。今の季節しか、少女の時しか共に在れないのであれば。今この瞬間を、命燃やさずしてどうするのか。散る様さえも見て欲しいと望む。その時が美しいならば、その目にどうか焼き付けてほしいと。同じように自分も焼き付けて、耳の奥には音色を刻み込む。決して戻らぬ、過去になるしかない少女の季節を。)…わたくし、花雨お姉さまのようにうまくは言えません。花雨お姉さまは……譬えば、透き通るようなきらめきもあるけれど、優しく包み込むような色でもあって…春の空に薄く雲が掛っている時の空気にも似ていて…柔らかいけれど弱いのではなくて…ぴんと張った弦のようにしなやかで…(次こそは自分も、思うこと感じることを伝えよう。そう思うのに、滑らかな口調とは程遠い。途切れ途切れに、相応しい言葉を探しながら。あまりにも自分が、言葉を知らなすぎた。雪解け水の小川にも、あえかなれえすの飾りにも似ている。とても、美しいひと。)宜しいのですか?(思わず一言、反射のように口をつく。語られた理由には予想通りに目を丸くして、けれども目元にも薄紅をやわく敷いて微笑むだろう。)写真を撮る機会もそう多くはありませんし、花雨お姉さまとなら、是非。噂を差し引いても腕が良いと聞いておりますから…きっとどんな宝石より素敵な思い出になります。(お隣にいると、春がいつまでも自分を包み込んでいるかのよう。去らない季節に咲き続ける花になるかのような心地。それが永遠でないと知っていても、花と咲いていられるのは。この季節もたらす貴女ありてこそ。)
Published:2018/11/19 (Mon) 18:13 [ 8 ]
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宝生花雨
(良妻賢母の鏡となるはきっと、良家の子女の誰もに課せられる義務。良き妻となり母となり、またその娘が同じようになるべくとして脈々と続いていく血筋。そんな中にどれだけ少女として、娘としての自由があり、その花の盛りとはどんな色だったのか。今自分が見ているような、秘めやかなれどもきらめきに満ち溢れた日々に似ていたのだろうか。)それも同じように思いますけれど、だからこそ面影を追ってしまうのかも。もしかしたら、春を待ちきれなかったのかもしれませんわ。――まあ、……ふふ。恥ずかし気なあなたも可愛らしいものだから、と言ったら……意地悪かしら。(この季節の葉の様に紅に染まった花顔は、散る葉ではなくまるで咲き始めの花のよう。耳まで色付く愛らしさに、唇を白い指先で隠してみたけれど漏れる笑みまでは隠しきれずに肩を揺らし、レエスに飾られた黒髪が零れ落ちた。まろむ眦と同じように、眼差しもやわらかに見つめていたものだけれど、彼女が顔を上げればぱちりと瞼を上下させ瞳をまあるくした。そんなにも勢いよく、否定されるだなんて思っていなかったものだから。)まあ、まあまあ。(思わず驚いたような感嘆がくちびるから零れ落ちて、あり得ないとまで言いきるその声音にじわじわと胸が熱くなる。今この時しか得られないこころは、いずれ過ぎ去る少女の頃の儚くもうつくしい思い出になる筈で、瑞々しい音色を響かせた季節をきっと懐かしむ時が来る。その時に微笑めるよう、きっと焼き付けることが出来たなら。)じょうずになんて、必要ありませんのよ。艶子さんが一生懸命伝えてくれるなら、それがいちばん嬉しいわ。(一生懸命にだからこそ途切れ途切れに、いっとう似合いの言葉を探しながら伝えてくれるのなら、それがいちばん嬉しいこと。難しい言葉じゃなくたって、簡単な言葉でいいの。花を引き立てるみどりのようで瑞々しい一輪でもある。そよ風に揺られる可憐さだけれど、しっかりと根付いたその姿がまぶしいあなた。そんなあなたが譬えてくれる自分はとても高尚なもののようだけれど、ほんとうはそんなことはくって。けれどとても嬉しいと微笑みがレエスに透かされた木洩れ日のような温かさを帯びる。そんな風にいられたらと、頑張ってみようと思える。)わたし、艶子さんと行きたいわ?(もう一度、今度はより強い希望として繰り返し伝える意思は、宜しいのではなくあなたがいいのと。微笑み浮かべる姿に至極嬉しそうに綻ぶ花顔を見せるのは数拍を置いてのこと。まるで花開くようにゆっくりと、やわらかに描く表情は年齢よりも幼ささえ感じさせる少女の如く。)ひとりではなくふたりで、が良いと思ったの。きっと素敵にとって頂けるわ。そうしたら、ふたりだけの思い出がまた増えますね。(季節に関係なく、切り取られた花は時が経っても褪せることなく変わらずに咲き続けるだろう。永遠でないけれど少女の季節を確かに花と咲かせ、あなたとともにあったのだと。「帰りにはカフェーか、ミルクホウルにでも寄りましょうか。折角のデエトですもの」それは男女の逢瀬に使うものと知っているけれど、いつもよりもおめかしをして二人出掛けるのだからそんな気分と少しだけ悪戯に笑って、秘密めいた約束を飾る。)
Published:2018/11/20 (Tue) 21:56 [ 9 ]
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万丈艶子
(良家に生まれていなければ。そう思ったことはない。この国でどこに生まれようとも、性別が女であれば求められるものはおよそ似ている。元より歴史を紐解いても女性のまことの名前すら遺されていない頃よりは良いのかは分からないけれど。いつか摘まれる身なりに、今を謳歌し、このきらめきを身体中に刻み付けていくしか術は無い。指先に、唇に、瞳の奥に。)待ちきれない…確かにそれも分かります。美しい花には、焦がれるような心地さえ覚えますもの。季節もそう。こと春は、美しいですから。――意地悪というより…(いつの頃も美しい姿を持つものは人々の心を乱すもの。桜はこと、古くから愛されて久しく、如何程の数、人の心を捉えたのか。きっとこの学園に身を置く皆、どこか春の桜に似ている。姉のように慕うこのひともそう。美しい黒髪の流れ行く様は、たとえ意地悪であったとしても己の目を惹き付けてやまない。声には出来なかった続きは心の中で。まだ熱が残る頬は幼く見えようか。美しい花の前で恥じらう気持ちとは斯様なことを言うのだろう。けれども強い言葉は、少女を譬えるによく使われる花とは違う様相だろうか。)わたくし、花雨お姉さまほどお慕いしている御方はいませんもの。この学園でまたお会いできて、どんなに嬉しかったか――(其れは熱情を孕みながらもその自覚薄い声。初めての春に鳴き始めた鶯が美しく上手に鳴けぬように。時にあらずと黙していることも出来ないのは何故なのかも掴めそうで掴めない。水も風も形は無くとも確かにそこに在るように。肌を撫でるかのよな優しい声を、今もずっと好きだと思う。)そう言っていただけると、とても安心いたします。けれど時々、どうしてこんなにも言葉を知らないのだろうと思いもして…(勉強がとても優秀などとは言えない。けれども清く美しい姿や心を表すのにもっと言葉を知っていたら、今も愛される歌人達のように言えるのかもしれない。そう思うと口惜しい。とても短いものでは表しきれず、美しい、という言葉に思いを詰め込めば器から溢れてしまう。言葉はとても便利であり時に芸術であるというのに、あまりにも不便だ。そんな思いも繰り返される言葉に雪のように溶けてしまうのだけれど。)わ、わたくしも花雨お姉さまと行きたいです…!(負けじとばかりに紡ぐ言葉は率直が過ぎるかもしれない。けれど切り取られれば与えられた水だけを飲み、慎み深く淑やかに生きねばならないから。声は今だけの命を熱として。)ふふ、とても素敵です。ふたりだけの思い出なら…これから先も、誰かに取られてしまうようなこももありませんもの。――デエトならわたくし、お気に入りの着物で参りますね。(いつまでもは続かないと知っているから、切り取られたその一瞬だけでも。そう願って共に並ぶ一枚はこの世でたったひとつだけの宝物になる。密めく約束に唇はやわく綻んで、絢爛と寂寞が共に在る季節の中、此処だけは去らない春が在るかのようだった。)
Published:2018/11/22 (Thu) 19:12 [ 10 ]