ブーゲンビリアをあなたに

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續.渺茫なる春嵐の向こうに
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万丈艶子
(万丈艶子が学園を去ったのは、姉のように慕ったひとりの生徒が去った二年後のことだた。そのまま婚約者と正式に結婚し、松ヶ枝艶子と姓を改めた。結婚後も、庭の花や樹に何くれと手を出していたこと以外はおよそ他と同じような淑女らしい人生を歩んでいたという。彼女の机には、ひとつだけ鍵がかかる抽斗があった。何が入っているのかを夫も子ら知りたがったが、ただこれだけは頑として「ひみつです」と言って決して中を見せはしなかった。無論、不貞を働いたわけでもなく。ただそこには大切な品が仕舞われていた、それ以上もそれ以下も無い。その中身が取り出されるのは、当人が世を去ってからとなる。松ヶ枝艶子の享年は七二。夫は先立ち、孫達の成長も相応に見届けての旅立ちだった。)

(抽斗の中には、特別高価なものは入れられていなかったという。少女が並んで写った一枚の写真、古びた植物図鑑、一粒の淡い青の瑪瑙。植物図鑑、桃が掲載されている頁には、随分と色褪せた花が挟まれていた。摘まれた時には鮮やかであったであろう桃の花が何故そこに挟まれていたのかは、無論当人しか知らないことであり――問うたところでひみつと言うのだろう。それが“ひみつ”というものなのだから。それらはひみつの当事者ふたりだけが知る、輝きと痛みと、恋の証。帰り来ぬ春の想い出。)
Published:2018/12/29 (Sat) 23:56 [ 40 ]