後日譚
渺茫なる春嵐の向こうに
邸の壁一面にアイビーの蔦が絡まる古びた洋館。嘗ては美しい女主人が写真館を営んでいたという。珍妙な瞳の色を持つとされた女主人は、誰と結ばれることもなく密やかにひとりの生を歩み、そうして──元号が大正より昭和へと変わるのを見届けることなく、肺を患い、静かに息を引き取ったそうだ。大層写真への思い入れが強かったとのことで、寝る間も惜しんで仕事へと取り組んでいたために、若くして儚く散った娘を見ても誰も不可思議に感じることは無かった。けれど。共に暮らしていた写真館の元主──すなわち、娘の祖母に当たる人物は、ひどく嘆き悲しんだ。そうして、様々な想いがまじらう邸での生活に耐えかね、邸を手放さんとした頃に、とある資産家が買取を打診したとか。
黒真珠の如き虹彩を擁くその資産家は、喪服を身に纏いどうか邸を譲って欲しいと頭を垂れたという。その頃には目を患っていた元主人は、その瞳を美しいと思えど、奇異なるものとは判ぜずに、資産家からの申し出に首を縦に振った。かくして、九重蔓の写真館は、その地域の郷土資料館として生まれ変わることとなる。壁一面に飾られるのは、街の情景を切り取った多くの写真。朝露に濡れる野花、ミルクホールの光芒が柔らかに灯る雨夜、月が微笑む夜空。モノクロといえど、全ての写真を見終えれば、もしかしたら気付くかもしれない。写真は全て日が沈み、或いは、日が昇る前の、街より人々が消える時間帯にのみ撮られたものであることに。人の目を忍び撮影されたかのような写真ばかりであることに。
郷土資料館として生まれ変わった邸は、いつだって扉に九重葛のリースを下げていて、誰をも歓迎する佇まいであった。けれど、1階の最奥──元は写真の現像作業のために設けられていた部屋だけは、館長を務めし資産家の女は誰の入室も許さなかったそうだ。初代館長──四条朋美は、私の曾祖母に当たる。写真に映ることを厭うていた彼女がどうしてこんなにも多くの写真を持っていたのか、私がこの邸に興味を抱いた最初の理由はその程度のものだった。地縁もないはずの片田舎の郷土資料館などさっさと手放したいというのが両親の本音なのだろうが、侯爵の位は随分と昔に失ったものの、未だ名家と謳われる家故に「地盤」を失うことは避けたいのだろう。そんな中で、三人姉妹の末に生まれた私が邸の管理を願い出れば、両親は二つ返事で了承を紡ぎ、そうして、小さな鍵を私に委ねてくれた。曾祖母の墓参りにて、黙祷と共に謝罪を紡ぐ。彼女がいっとう大切にしてきた空間へ、入ることをどうか許して欲しい、と。それから、そうっと差し込んだ鍵。開錠を告げる音はやけに大きく響いた。古びた木製の扉が開く。秘密の部屋の壁には、多くの写真が額縁に入れられ飾られていた。写真のほとんどは、女学生と思わしき少女が二人仲良さ気に映っているもの。互いを想い合う少女たちの稚い相貌は、とても愛らしく、そして、美しくて、思わず息を飲み込んでしまったほどだ。
そうして、ふ、と先日報道番組で見た情報を思い出す。江戸幕末から大正時代の頃に撮られたモノクロ写真をカラーに美しく復元する技術が最近生まれたらしい。モノクロでかくも美しい写真達が、本来の色を取り戻したらならばどれほど美しいのだろうか、と──そんな好奇心に突き動かされ、私は、いつの間にか飾られた写真のうちの何枚かに手を伸ばしていた。
ひとみが宝石のようになる病があるらしい。多感期の少女のみに発症する、確立した治療法の無いふしぎな病気。仏像の目をより本物らしくみせるために水晶の板をはめ込む技法──玉眼。神仏のまなこに嵌められた水晶のように、少女達のひとみが変わっていく病。罹患するのは、多感期の少女たちのみであり、発症のトリガーは「初恋に落ちること」。病の進行は、恋心の成長に伴うため人それぞれではあるも、初恋が叶うと其の瞳は本物の宝石のように変わり、その美しさを得る代償として視力を失う。医学界にて広く認知されるようになったのは、昭和の頃。それなのに、治療方法は平成最後の年になっても未だ確立しておらず、光無き世界から逃れる唯一の方法は、初恋を失う──即ち、失恋すること、と聞く。世界の彩を失わないことへの代償に、宝石のようでいて、けれど本物に比すると随分と翳りある虹彩と、恋を失った痛みを抱えて生きてゆくことを強いられる。
当時の色彩を取り戻した写真には、宝石の如き虹彩を湛えた少女が映っていた。あまりの美しさに、胸がきつく締め付けられる。嗚呼、焦れた理由は屹度これだったのだ。この二人の見目のみならず、二人が纏う甘く切ない空気に、私は惹かれたのだろう。初恋はかなわぬものと聞く。けれど、その言葉に秘められた真実が、“初恋は叶えてはいけないもの”だったとしたら──其れはなんと切ない運命の悪戯だろうか。