慕情の色彩

たまゆらに 昨日のゆふべ見しものを けふのあしたに 恋ふべきものか

先生のお話では、男性との逢瀬の後、残された女性が後朝の余韻に浸り詠った和歌なのだとか。わたくしは、共寝のぬくもりも知らず、男性のたくましい腕に抱かれたことも無いけれど──此の歌に篭めた女性の想いは誰よりもわかる気がするの。あの月夜を超えて、幾度も鳥篭のような部屋を訪れてくれたわたくしの特別。性を同じくするわたくしたちは、屹度、愛し合うことには向かないのでしょうけれど、だからといって、此の想いを止めることはわたくしにはできなかった。日々、狭まり、暗くなっていく世界に絶望もしたけれど、あなたの息遣いの優しさを、あなたの掌のぬくもりを、あなたの香りを、あなたの全てを斯うして鮮明に心に刻むことができたのは、もしかしたら、此の呪いのお陰かもしれないなんて、思ってしまうくらい。誰もいなくなってしまったわたくしの世界で唯一、あなただけが光だった。

絶望の中に、光を見つけて。不幸の中に幸いを見つけて。あなたの中に、愛を見つけた。けれど、今日わたくしは家へと連れ戻されることになる。屹度、もう、あなたの声を聞くことはできないのでしょうね。それどころか、家族や使用人以外と顔を合わせることすらできなくなるのかもしれない。この鳥篭を出られたとしても、すぐに別の鳥篭へと移される。はばたけるのは、あと僅か。だからね。あなたに出逢えたら、此の気持ちをお伝えしたいと思ったの。困らせてしまうかもしれないけれど、あなただけには知っていてほしいと、思ったの。この瞳が光を喪ってしまう前に、最期に映すのは、あなたがいい。ですから、どうか。笑わないで聴いて頂戴。わたくしの恋心が如何な色彩をしていたのか、見届けて頂戴。わたくしの、あなた。



きみにより 思ひならひぬ世の中の 人はこれをや恋といふらむ

けれど、わたしの恋は決してあなたにだけは告げてはいけないものなのでしょう。先日、授業で触れた和歌を口ずさみながら瞳を伏せる。まなうらに描くは、美しい虹彩の乙女。わたしの貴方。九重蔓の邸にて明かされた真実は、とても美しく、とても残酷なものだった。あの子の呪いを解くことだけを考えてすごしてきたはずなのに、いつの間にかわたしの心には揺らぎが生じる。「屹度つらい選択を」虹色の瞳の女主人より伝えられた言葉の意味、あれは屹度、彼女の想い人がわたしだということを指しているのだろう。どうして、あの方が其れを知りえたのか、考えれば直ぐにわかる。だって、わたし達は過日、互いを「運命の相手」と信じてあの扉を潜っているのだから。乙女のまま在ることが許される秘密の花園。いつか寄る辺とする美しき思い出。唯、其れを形とするだけだと思っていたけれど、形にしたいほどの想いなんて、特別に決まっている。その特別へ名をつけることを知らぬうちに怖がっていたから、神様はわたし達をお試しになられたのかしら。

この答えに行き着いたとき、一番初めに芽生えた感情が「よろこびだった」と伝えたなら、あの子はどんな顔をするのかしら。怒るのかしら、悲しむのかしら、それとも喜んでくれるのかしら。けれど、この気持ちを伝えることは、あなたから世界を奪うことになる。あなたの世界が、わたし一人に狭まってしまう。そして、わたしは、あなたを幸せにできるかもわからないの。御家のために生きてきた身、生きていかねばならぬ身、ちっぽけなわたしの存在価値なんてその程度で、あなたが全てを捨ててまで手にする価値があるかなんて、とても。嗚、それなのに。わかっているのに、わたしの心はその未来を描くと、悲しみに暮れる。あなたのことを、あいしたいと願ってしまう。ねえ、あなた。わたしの貴方。貴方の幸いは、どんな色をしているの。


誰がために 君を恋ふらむ恋ひわびて 我はわれにもあらずなりゆく

恋とは誰のためのものなのでしょう。愛とは如何な感情なのでしょう。ただ無垢なる少女が願ったのは、誰でもない自分で在れるときを、大切な人と穏やかに、甘やかに過ごしたいということだけ。