bougainvillea for you

恋の熱が、世界を焦がす

恋の熱が、世界を焦がす

Story

「わたくしたちはね、此処を出たら御家のために女になるのよ。」
「けれど、この学園に居る間は、私達は私達のためだけに女の子で居られるの。」

花洛学園。其れは清廉なる乙女達のための学び舎。
無垢なる乙女達が、乙女としての最後のひとときを過ごす箱庭。

教員の外には男性の居ない世界。全寮制のため俗世との関わりは薄く、
乙女達は小さな箱庭の中、のびやかに生活を続けていました。

多感な少女たちが夢見るものは、いつの時代も決まっています。
すなわち、恋。いとおしい人と過ごす甘やかなとき。
されど、この園に住まう乙女達は知っていました。
自分たちは決して、いとおしいひとを結ばれることはないのだと。
だからこそ、彼女たちは、決して其の想いを明示することはせず、
そしてまた、心に芽吹いた感情に名をつけることもせず、ただ、
視線に、相貌に、所作に、──言葉以外の様々なものに熱だけを込め、
密やかなる恋を育てていました。

けれど──
恋とは知らぬうちに根を張り、花を咲かすもの
愛とは知らぬうちに熱を帯び、心を侵すもの

戯れに頬へと触れれば紅の花弁がはらりと落ち、
秘密よ、と声を潜めれば思い出の中に熱が燈る。
知らぬ恋を融かした瞳で見詰め合えば、忽ち世界には、たったふたり。

何よりも美しい想いを寄せ合って、
鏡合せのように互いを見つめて、
決して叶わぬと分かっているからこそ、
残された僅かなとき、二人が女の子として過ごせる瞬間を全て、
鮮明に胸へと刻んでいきたい。
そんな健気な願いのひとつくらい、屹度、叶う筈だと思っていました。
いえ、若しかしたら──心のどこかで願ってしまったのかもしれません。
焦がれてしまったのかもしれません。
いつの間にか知らぬうちに名をつけてしまっていたのかも。

「──っ。」

始まりは、小さな痛み。大切なあの子を見つめるたびに瞳の奥がつきりと痛みます。
其の痛みは徐々に質量を増し、熱を帯び、乙女から世界を少しずつ奪っていきました。


「恋心は、星屑のように耀き、宝石のように美しく、野花のように芳しく、陽光のように温かい。  ──けれど、いつの間にかその熱は苛烈さを帯びて、少しずつわたくしの世界を焦がしていくの。」


此れは、前作「ブーゲンビリアをあなたに」から凡そ100年前。
玉眼症が未だ奇病として認知されていなかった頃のお話。
美しき病に侵された乙女と乙女の物語。
淡い恋心を胸に秘めた乙女達の“九重葛の世界”──今此処に開幕。

More

時は大正後期。都心から離れた長閑な街にある全寮制の名門女学院──私立花洛学園。貞淑と純真そして慈愛を校訓として掲げる学び舎の門を毎年くぐるのは上流階級の家庭にて蝶よ花よと育てられた麗しい才媛たち。そんな乙女達の秘密の花園が「ブーゲンビリアをあなたに【喬】」の舞台となります。
彼女たちは、聡明で清廉な、理想の良妻賢母となるために勉学に励む日々を過ごしていました。そう。大正の時代──華族の女性の存在意義は、あくまでも家を存続・繁栄させるための道具という側面が強く、花洛学園に通う少女たちも、皆、卒業をすれば親が決めた相手との結婚を強いられます。 けれど、学園にいる間だけは、ひとりの乙女として生を謳歌することが許される。だからこそ、乙女達は「恋」を求めました。──あまやかな蜜へほんの少し触れる日々を慈しみました。 始まりも終わりもない、名すら与えられぬ恋の日々。いつか誰かのものになってしまう級友と交わす戯れのふれあい。契ることも、唇を重ねることもできないけれど、ささやかな光が乙女達にとっては最大の支えだったのです。

他方、1年ほど前。都内の病院にひとりの娘が診察に訪れていました。 娘の瞳は、神仏のまなこに嵌められた水晶のように変質しており、視力ももうほとんど無いような状態でした。 先例のない症例に医師は惑い、海外の文献にまで手を広げ娘のために手を尽くすも、施した治療は何一つ奏功しません。 治療方法の無い不治の病──そう断じ、せめて娘の瞳が完全に光を失うまでの時を少しでも伸ばそうと投薬を続けることに。 娘も、彼女の両親も、治療に当たった医師も全員が悲しみに暮れる日々が1ヶ月ほど続いたとき──ふしぎなことに、娘の視力が完全に快復したのです。
うわさでは、娘が視力を取り戻した日、彼女のシーツの上には、いくつもの涙の痕が残っていたとか。

これが、わが国における玉眼症の初めての症例。後に、研究が進み、昭和の初期には「玉眼症」という病名は医学界においては有名なものとなっていきます。 玉眼症に罹患するのは、多感期の少女たちのみ。発症のトリガーは「初恋に落ちること」です。 病の進行は、恋心の成長に伴うため人それぞれではありますが、初恋が叶うと其の瞳は本物の宝石のように変わり、その美しさを得る代償として視力を失ってしまいます。 治療方法は現代に於いても未だ確立しておらず、光無き世界から逃れる唯一の方法は、初恋を失う──即ち、失恋すること。

初恋はかなわぬものといいます。
けれど、その言葉に秘められた真実が、
“初恋は叶えてはいけないもの”だったとしたら──


恋心が色を作って、光を作って、ひとみに集って、形になって、耀きを放つ。けれど、その代償として、「視覚」という感覚を失っていく。視覚以外の五感は残っているからこそ、好きになる心は留められない。だけど、好きになればなるほど、そのひとを見られなくなってしまう。宝石という形で具現化されていく恋心の美しさと、愛おしい人をみられなくなってしまう切なさ。甘いだけではない初恋の熱で、その身を焦がしてはみませんか?

FAQ

玉眼症<ギョクガンショウ>
多感期の少女たちのみに発症する“恋心が強まるに伴い瞳が宝石化する”不可思議な病。 研究が進み、現代(平成30年)においては下記の情報が周知されているが、 「喬」の時代(大正時代)においては、奇病として認知されていない。 したがって少女たちは、自らの視力が失われ、瞳が宝石のようになっていく理由については分からないままである。
・発症するのは10代後半の少女のみ
・発症のトリガーは、初恋に落ちること(但し全員が罹患するわけではない)
・症状の進行は人それぞれ。恋心が強まると速まる。
・初期症状は、目の奥が熱を持ったように痛み、時折視界がぼやける程度。
・中期から虹彩の色に変化が始まる。また、視覚も徐々に衰えていく。
・初恋が叶うと、瞳が完全に宝石のようになり、視覚も失う。
・初恋が叶わなかった場合、瞳の色彩がややくすんだものに変わり、視力は回復。

花洛学園<カラクガクエン>
全寮制の由緒ある名門女子学院。花組、星組、月組、雪組とクラスが割り振られており、部活動も盛んである。特に、演劇部は学園の花形であり、一部の生徒には熱狂的なファンもいるという噂も。生徒は上流階級の才媛達。